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時代の波に乗る圧力計メーカーの気づき 「事業の変革には常に人との出会いがある」

大阪のものづくり人材育成にも尽力 木幡計器製作所
時代の波に乗る圧力計メーカーの気づき 「事業の変革には常に人との出会いがある」

社会のさまざまなニーズに応える製造現場

新型コロナウイルス感染の感染拡大第一波が日本を襲っていた4月21日。木幡計器製作所の木幡巌社長のもとに、以前から交流のある病院から1本の連絡が入る。「新型コロナウイルスの感染防止に必要な器具が調達できない。ものづくりに携わる皆さんの力で助けてくれないか」。検査時などに、患者の頭部を覆うアクリル製の被覆具がなく、医師や看護師を感染から守れないという切実な要望だった。

新型コロナ 治療の最前線支える

木幡社長はすぐさま、近隣の中小企業経営者に会員制交流サイト(SNS)を通じて協力を求めた。すると、6社から連絡が入った。同日午後から早速、オンラインミーティングを開催すると「工場にアルミニウム端材があるからフレームにできる」、「切断や曲げ加工、穴開けは任せて」、「仕上げのバリ取りはやります」、「組み立てはうちの工場が使えるよ」など、続々と段取りが決まった。翌日には組み立ててテストもし、12時半に病院に持ち込んだ。依頼を受けてからわずか25時間後のことだった。

木幡社長は「日頃から地域のモノづくりの活動を通じて、お互いのことが分かっていたからこそ実現できた」と振り返る。同社がこれまでに医療分野という未知の分野に飛び込み、試行錯誤をしながら、医療のニーズをすくい取る努力をしてきたことが、いざという時に頼られる存在となっていたことも背景にありそうだ。

祖業は「ブルドン管圧力計」の国産化

木幡計器製作所は1909年(明治42年)創業の老舗企業。家業の金物製造技術を生かして、当時輸入に頼っていた「ブルドン管圧力計」の製造に成功したことが始まりだ。同社のブランド「錨印(いかりじるし)」の圧力計は、造船業界など多くの産業分野で採用されている。

圧力計メーカーは国内で約30社。「業界のすみわけができており、安定はしているが、大きな成長も期待しづらい」(木幡社長)事業だった。木幡社長は大学卒業後、大手空圧機器メーカーに入社。営業職として顧客の厳しい要望に対応する日々を経験した後に、家業を継ぐべく同社に入った。「前職とのギャップに悩み、このままでいいのだろうか」(同)というのが率直な思いだったという。

「錨印」で知られる主力事業の圧力計(右上がデジタル)

インターネットやホームページという言葉が世の中に浸透しだした1997年には、パソコン教室のフランチャイズや企業のホームページ作成の受託事業など、本業とかけ離れた分野を手がけた。母親は反対したが、当時社長だった祖母が「やりたいなら、やってみればいい」と背中を押してくれた。

同社の事業の変革には、常に人との出会いがあった。圧力計にデジタル化の波が到来した時のこと。当初は海外から製品を調達していたが、それでは利益が出ない。なんとか自社生産できないものかと考えたが、デジタルに詳しい人材が社内にはいなかった。

そんな時、大阪商工会議所の人材マッチング事業に参加したことろ、大手電機メーカーを離職したエンジニアが25人も同社に関心を示した。最終的に2人を採用し、彼らを中心にハンディタイプのデジタル微差圧計の自社開発を実現させることができた。

7代目の社長となる木幡巌氏

医療機器への参入も人との出会いがきっかけだ。最初は名古屋の楽器店から「人の呼吸の圧力を測りたいが、なんとかならないか」という要望が舞い込んだことからだった。吹奏楽器の上達には呼吸のトレーニングが重要で、測定するものが欲しいという。なんとか呼気圧計として製品化したが、売れ行きはそこそこといった程度だった。

ある時、岡山の川崎医療福祉大学の先生から「お宅の呼気圧計を、患者さんの呼吸リハビリ研究における測定用途に使いたい」との連絡が入った。そんなニーズがあるのかと思いながら、研究に関わる理学療法士からのヒアリングが、医療分野参入へと結びつく。呼気の圧力と流量を同時、かつ手軽に測定できるものがないと分かり、開発に着手した。経済産業省のものづくり補助金や大阪府の地域創造ファンドなど、さまざまな支援も得て「携帯型デジタル呼吸筋力測定器」の開発にこぎつけた。

新規事業として取り組む呼吸筋力測定器

同社は現在、滋賀医科大学や関西医科大学と連携協定を結び、新たな医療機器開発に取り組んでいる。木幡社長は「医工連携を成功させるには、医師が旗を振って導いてもらうことが重要。その点、当社はいい先生との出会いに恵まれた」という。

木幡社長が今も心にとどめているのは、国立国際医療研究センターの藤谷順子先生に言われた言葉だ。「製品は医療従事者が直感的に使えるシンプルなものにしてもらいたい。患者さんの前で使い方が分からないと、信頼されませんからね」―。開発する企業は、せっかくならあれもこれもと機能を付けたくなり、操作も複雑になりがち。それよりも使い勝手の良いものが求められていると気づかされた。

医療機関向けに陰圧テントも製造、納入している

6月には、成光精密(大阪市港区)、ワーク21企画(同浪速区)と同社の3社で、「大阪ものづくり企業認定職業訓練協会」を設立した。中小企業の人材育成を中小企業自らが行うことを目的に、職業訓練校の認定を大阪府から取得した。民間企業が共同で職業訓練に取り組むのは異例だ。今後は木幡社長をはじめ、地域の経営者や各社の技能検定合格者らが指導役となって、人材育成を進める計画だ。

また同社は自社の工場に、製品の試作ができる3Dプリンター装置や試験機などを設置し、ベンチャー企業や研究者に開放するオープンイノベーション拠点も設けている。

「モノづくり人材を地域で育成していきたい。2025年の大阪・関西万博が開催時には、地域の仲間と連携して、ものづくりで医療の課題解決をはかるサテライト展示が、ここでできれば」(同)と未来を見つめている。

【企業概要】
▽所在地=大阪市大正区南恩加島5丁目8番6号▽社長=木幡 巌氏▽創業=1909年▽売上高=1億7000万円(2019年11月期)

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