「めがねの街・鯖江」で希有な成功モデルを築くフレームメーカー、終わらない挑戦
「めがねのまち」で知られる福井県鯖江市。この眼鏡枠の一大産地に本社工場を構えるシャルマン。中国に展開する2工場と合わせ、高付加価値の眼鏡フレームを自社ブランドで製造販売し、世界の約100カ国に供給する。独自のチタン合金の素材と加工技術による差別化戦略で、高付加価値フレームという新たな市場を創造するとともに、メディカル分野にも進出した。2020年、新たな成長戦略をスタートする矢先で新型コロナウイルス禍に直面したものの、汎用フェースシールドなど社会が求める商品をいち早く投入する機動力と攻めの経営で果敢に挑む。
発売11年、ヒット商品を支える技術
「ほら、小さく震えているでしょう。指が震えているのではありません。これぐらい弾性があるということなんです」。本庄正享社長は自らの眼鏡をするっと外しながらこう語る。テンプルと呼ばれる眼鏡の弦(つる)の部分が振動するさまは、しばらく続いた。
これは同社の主力ブランド「Line Art CHARMANT(ラインアート・シャルマン)」。フレーム全体がチタン製だが、テンプルにはエクセレンスチタンと称する、弾性に優れた独自のチタン合金を使っている。実際にかけて見ると非常に軽く、顔の輪郭に柔らかくフィットし、優しさに包まれているようなかけ心地がある。レーザー微細接合技術が織りなす、美しく繊細なフォルムも特徴的だ。ラインアートの商品化をテコに同社は、国内で小売価格が4万円以上の眼鏡フレームでシェア5割超(同社推定)の座を築いている。
ラインアートの素材、加工技術は産学連携の賜(たまもの)だ。チタン合金の開発は東北大学金属材料研究所と、レーザー微細接合技術は大阪大学接合科学研究所と共同研究を重ねた。眼鏡フレームメーカーで材料そのものを開発するケースは珍しい。2009年のラインアートの発売はデフレに見舞われた当時の小売り市場で、高付加価値という商品特性をあえて訴求し、潜在需要を呼び起こした。
200から300もの工程数がある眼鏡づくり。産地は伝統的な分業制があり、シャルマンも1956年創業当時は一部品を作る小規模工場だったが業容拡大に挑み、70年代には一貫生産体制を構築。問屋を通さない直接卸売りも展開し、80年代には世界市場にも打って出た。
世界ブランドの一角に、後発のシャルマンが参入できた秘訣について本庄社長はこう語る。「眼鏡は顔の中心に来るもの。消費者の志向を調べると、一番は自分に似合うかどうか。有名ブランドかどうかは選択順位は4、5番目。低価格化の進む市場の中で、あえて付加価値の高い商品づくりで市場開拓し、差別化したポジションを切り拓いてきた」。
実は眼鏡フレームメーカーでは自社ブランドだけで収益を上げる企業は少なく、実際はOEM(相手先ブランドによる生産)を中心とする例が多い。こうした技術力や戦略が眼鏡の一大産地において、同社がいまなお希有な成功モデルとして輝き続ける背景にある。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、眼鏡も他のビジネス同様に打撃を受け、日本、欧米主要国の小売市場は4~5月にほぼ全面停止した。ただ眼鏡は、ファッションの要素と、視力矯正の生活必需品の両面性を兼ね備えていることから、「ウィズコロナ」のもと日常生活が再開すると、店頭の客の戻りが比較的早かった。同社の販売は4~5月がほぼゼロに落ち込んだ後、6月は前年の6~7割に戻り、以後さらに回復傾向にある。「揺り戻しは意外に早かった。元の水準に戻るのはまだまだ先だが、ありがたい」と本庄社長。
一方、眼鏡ビジネスが止まっていた間に、新たな商材の取り組みが動きだしている。代表例がコロナ感染対策の汎用フェースシールドだ。額にベルトで止めるタイプの商品が多く出回る中で、同社商品「シャルマンシールド」はバネ性のあるプラスチックのフレームで、眼鏡の感覚でかけ外しが簡単で、蒸れが少ない。
もともとメディカル事業で手術医が使う高機能フェースシールドを商品化しており、その知見と、眼鏡づくりで研究した日本人の頭部サイズのデータに基づく設計だ。テンプルのR曲線と、前面部は頭のおでこ部分をM字形状にしてシールドフィルムを支える。ウェブ上に設けた受注フォームで効率よく一般注文に対応し、また営業マンが小売店、各種の接客・サービス業へ提案。関東エリアの大手コンビニエンス店の採用も決まった。
8月上旬から商品を拡充。医療用の高機能シールドフィルムと同レベルの低反射性と防曇性があるフィルム(2枚組み)を一般向けに投入し、また髪の毛を止める『カチューシャ』風の新型フレームとフィルムのセット品も発売した。
汎用フェースシールドは当初は中国工場で生産を計画したが、国内で新たな連携先を見つけ、ジャパン品質での生産・供給に変更した。安価な製品を試しに使った顧客が、かけ心地の良さや品質の信頼で、シャルマンシールドに切り替える例が少なくないという。海外販売も順次進める予定で、売れ行きしだいで日本と中国の2拠点体制で需要に応えていく計画だ。
医療現場からの要求に応える
メディカル事業は眼鏡フレームに続く新ビジネスとして、8年前にチタン材料と精密加工の知見で進出した。眼科、脳外科、心臓外科の医師らが手術で使うはさみ、ピンセットなどの鋼製小物に挑戦し、一つの手術具で部位ごとに適材適所のチタン材を使い、「神の手」を持つと称される医師の繊細な要求と向き合った。医師の間で横展開するための改良、医療機関の購買部との接点づくりなど、商品展開における試行錯誤もあった。
そして現在は「開腹、開頭手術用のはさみ、ピンセット」「手術ロボット用のアタッチメント」「内視鏡を使う低侵襲の手術具」の3分野でシャルマン製品の地歩を築いた。眼鏡で部品の精密加工の腕を持つ地元企業とも連携して、アイテム数は400点まで拡充した。この1、2年が事業拡大の基盤を固める時期と位置づける。
企業価値はまだまだ伸ばせる
本庄社長は20年3月に社長就任。商品企画部門をアジア・欧州で長く担当し、直前は米国で販売法人の社長を務めた国際派だ。コロナ禍の暗雲が広がる中で、攻めの経営、研究開発の強化、明るい職場の3点を基本方針に、「この会社の企業価値はまだまだ伸ばしていける」と社内を鼓舞する。経営の成果を出して社員に手厚く還元し、それをベースに地域を活性化させる姿を描く。策定した新たな経営戦略のもと、「当社のビッグバンと位置づけ、仕事の改革を進め、変化適応力を高める」と精力的に動く。目玉の商品開発でも「市場に衝撃を与えるラインアートのような眼鏡フレームを3年以内に市場投入する。もちろんラインアートはさらに強化する」と展望を語る。
折しも、眼鏡産地・鯖江はイタリアの大手メーカーが大型生産拠点を建設中で、20年末にも稼働する見込み。コロナ禍と相まって産地には大きな変化の波が押し寄せるなかシャルマンの挑戦は、眼鏡産地のさらなる活性化をも占う動きとなる。
▽所在地=福井県鯖江市川去町6の1▽社長=本庄正享氏▽創業=1956年▽売上高=177億円(2019年12月期)