【東大人気講座】生物進化に設計思想はない!エンジニアが生物から学ぶべきこと
東大・工学部の超人気講義が待望の書籍化!物理好き(かつ生物嫌い)の学生の知的好奇心を刺激するため、試行錯誤の末に生まれた一冊です。エンジニアが設計に関して、生物から学ぶべきことは何でしょうか。今回は、その一部を抜粋して紹介します。
機械設計と生物の設計思想を考えよう。我々の身体器官は、38億年前の生物の誕生以来、長い進化の過程で発達してきた。たとえば、図1のような眼の進化の過程を考えてみよう。
さらに、網膜は奥に入り込み、眼の入り口にくびれを作ることで、光を絞り込めるようになった。この窩状眼により、ピントが合わせられるようになり、形態視ができる。さらに、光量を確保するために、レンズに相当する水晶体を発達させた。現在、この水晶眼の恩恵を我々は享受している。
生物の進化に設計思想はあるか
このように述べれば、眼は漸進的に改良されてきた印象を受ける。エンジニアならば、この改良プロセスから何らかの設計思想を学びたいところだ。しかし、残念ながら、ここに設計思想は存在しないはずだ。もしあるとすれば、神が存在することになる。進化には特定の方向性や目的はなく、進化の源泉は、DNA の突然変異、すなわち、ランダムなプロセスである。突然変異には改良もあれば、改悪もある。ただし、改悪された生物は子孫を残せないので、我々にはそのような失敗作を知る術がない。
したがって、進化には方向性があり、設計思想があるように思えてしまうが、それは錯覚である。実は、進化ではあらゆる可能性が試されている。また、改良か改悪かは、そのときの環境に依存することも忘れてはならない。さらに、進化による設計が最適解である保証は全くなく、未だ開発途上である可能性が高い。それでも、現在、我々が目にする生物の完成度は非常に高い印象を受けるだろう。
ダーウィニズム
チャールズ・ダーウィンが19世紀半ばに提唱して以来、しばしば、進化は自然選択説で説明されてきた。これは、ダーウィニズム(ダーウィン主義)と呼ばれる。DNAの突然変異と環境による自然選択は、一見すると無駄が多いが、実は驚異的な設計手法である。最近のシミュレーションによると、眼点が形成されてから、水晶眼ができるまで約40万世代である。(※1)
魚類のように、一年で世代交代するとすれば、たった40万年で眼が完成することになる。38億年の進化の歴史を考えれば、ほんの一瞬の出来事である。化石を調べてみても、眼はカンブリア紀初期(5億4000万年前)に突然現れる。進化の特徴として、生存上のメリットという評価関数のもとで、改善の余地があるうちは、その余地がなくなるまで、あっという間に生体システムは変化を遂げる。進化の収斂
また、脊椎動物と同様に、タコやイカも水晶眼を持っている。しかし、マニアックな話をすると、脊椎動物と軟体動物の眼の起源は全く異なる。脊椎動物では、神経細胞の一部が突然変異して、光感受性を獲得した。一方、軟体動物は、皮膚細胞の一部が突然変異した。つまり、視覚機能を実現するために、進化のプロセスは異なっても、眼としての最終構造はほぼ同じである。このような現象を進化の収斂と呼ぶ。
中立進化説と遺伝的浮動
1960年代後半から、伝統的なダーウィニズムに加えて、中立進化説が唱えられるようになった。この仮説では、DNAの突然変異のほとんどは、生物の生存にとって、有利でも不利でもなく、中立である。中立なDNAの変異は遺伝的浮動と呼ばれる。実際にDNAの塩基配列を調べると、生存にとって重要な部位には個体差はほとんどないが、中立な部位の個体差は非常に大きい。このような遺伝的浮動による多様性こそが、おそらく、進化の源泉である。(※2)
エンジニアが生物から学ぶべきことがあるとすれば、設計思想ではなく、進化による設計手法であろう。第一に、現在の構造を無作為に改変することが基本形である。第二に、その結果として、偶然の改良が十分に積み重なると、比較的短期間のうちに、同じ様な最終形に収束する。生存に有利な機能を実現するために、進化の収斂により、必然的に共通の設計解が得られるが、そこへ至るプロセスはさまざまだ。第三に、ほとんどの改変は、可もなく不可もなく中立であるが、この中立的な改変を繰り返し、多様性を確保しておくことが、おそらく進化の源泉である。
(「メカ屋のための脳科学入門 脳をリバースエンジニアリングする」より一部抜粋)」より一部抜粋
(※2)木村資生:「生物進化を考える」、岩波新書(1988)
<書籍紹介>
脳や神経の働きを、他分野、特に機械システムの技術者などを対象に体系的に解説した脳科学の入門書。随所に事例やコラムなどのエピソード(ロボットなどへの応用)をまじえ、メカ屋の目線で分かりやすく最新の脳科学の基礎を学ぶことができる。
書名:メカ屋のための脳科学入門 脳をリバースエンジニアリングする
著者名:高橋宏知
判型:A5判
総頁数:224頁
税込み価格:2,420円
<著者>
高橋宏知(たかはし ひろかず)
1975年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター講師(大学院情報理工学系研究科知能機械情報学兼担)。
1998年、東京大学工学部産業機械工学科卒業。
2003年、同大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了。
博士(工学)。
2008年、科学技術振興機構さきがけ研究者(川人光男先生統括の「脳情報の解読と制御」領域)。
学生時代は畑村洋太郎先生、中尾政之先生のもとで設計論と失敗学を学ぶ傍ら、脳から神経信号を計測する微小電極を開発し、東京大学医学部の加我君孝先生のもとで、脳への電気刺激で聴覚再建を目指す研究に従事。それ以来、機械系学科に所属しながら、脳のメカニズムを実験的に探求。専門は神経工学と聴覚生理学。現在の興味は、知能や意識の創発メカニズム。
日本生体医工学会、電気学会、北米神経科学会等会員。
<販売サイト>
Amazon
Rakutenブックス
日刊工業新聞ブックストア
<目次(一部抜粋)>
第1編 イントロダクション
第1講 脳の構造から機能を探る
第2講 ハードウェアとしての耳―耳の構造と人工内耳の発明
第3講 脳の予測機能―22個の電極が3万本の聴神経を代替できる理由
第2編 神経細胞編
第4講 神経細胞とネットワーク―なぜ脳には“シワ”があるのか
第5講 神経信号の正体―神経細胞が電気で情報を伝える仕組み
第6講 神経細胞の情報処理メカニズムと神経インターフェイス
第3編 運動編
第7講 筋肉と骨格―生物の運動をつくり出す機構と制御
第8講 筋肉の制御回路―運動ニューロンによる身体の動作制御
第9講 脊髄―運動パターン生成器
第10講 大脳皮質の運動関連領野―階層的な運動制御
第11講 小脳―フィードバック誤差学習による身体モデル構築
第4編 知覚編
第12講 おばあさん細胞仮説―脳の階層性がもたらす“概念”の形成
第13講 神経細胞の情報処理メカニズムと分散表現
第14講 機能マップと神経ダーウィニズム―脳による学習のメカニズム
第15講 脳の省エネ戦略
第16講 脳をリバース・エンジニアリングしてみよう
第5編 芸術編
第17講 脳と芸術―脳は分布に反応する
第18講 好き嫌いの法則性