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「MSJ」開発費・人員ともに半減、三菱重工は投資余力があるのになぜ?

「MSJ」開発費・人員ともに半減、三菱重工は投資余力があるのになぜ?

「あえて開発をペースダウンしたのではないか」とういう見方もある三菱スペースジェット

三菱重工業は小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の2021年3月期の開発費を前期比半減以下の600億円程度とする。子会社で事業主体の三菱航空機(愛知県豊山町、丹羽高興社長、0568・39・2100)では人員を半減し、米国開発拠点も一部を残し閉鎖する。新型コロナウイルスの感染拡大で航空機需要が激減する“非常事態”の中、MSJの航路は視界不良だ。(名古屋・村国哲也、孝志勇輔)

本業の苦戦響く

3月18日16時40分。三菱航空機が完成を目指すMSJが県営名古屋空港(愛知県豊山町)に着陸し、見守る同社の社員や関係者は歓声を上げた。商業運行に必要な型式証明(TC)の取得を目指す試験機「10号機」の初飛行が成功した瞬間だ。

10号機は19年6月予定の完成が延びていた。今年2月に納入時期の6度目の延期を発表し「20年半ば」を「21年度以降」とした。とはいえ量産試験機の初飛行は開発の険しい峠を越えたことを意味する。「いよいよ量産も近い」と関係者の期待も高まっていた。

その期待が暗雲に包まれた。三菱重工は20年3月期連結決算で、事業損益が295億円の赤字(前期は2005億円の黒字)となった。MSJの関連資産の減損損失や開発投資が2633億円の減益要因になった。

本業も苦戦しMSJを除く収益(定常収益)でも事業利益が前期比14・0%減の2338億円となった。「落ち込みを深刻に受け止める」と小沢寿人執行役員最高財務責任者(CFO)。繰り延べ税金資産の計上で当期赤字は免れた。

21年3月期は新型コロナが追い打ちをかける。航空業界が苦境に陥り三菱重工にとって収益源の航空機部品が大きな影響を受ける。自動車業界の不振でターボチャージャー(過給器)などの中量産品の販売も厳しい。21年3月期の業績予想はすべての部門が減収の見込みで稼ぎ頭が不在の状況だ。新型コロナは1400億円の減益要因となる。

21年3月期には、カナダのボンバルディアから買収した小型ジェット旅客機の保守・マーケティング事業で500億―700億円の減損損失も見込む。これらにより全体の事業損益、当期損益ともゼロを予想する。「グループの厳しい状況を考慮」(泉沢清次社長)し、当期赤字を避けるためMSJの開発費を半減せざるを得なくなった。

三菱航空機は約2000人の開発スタッフを半分以下にし、検討してきた米国向けの70席級の新機種「M100」の開発は当面見送る。6月末にはアレクサンダー・ベラミー最高開発責任者が退任。米国の飛行試験で中心的役割を果たした川口泰彦氏が7月1日に執行役員チーフエンジニア兼技術本部長に就き、当面は88席の標準機「M90」で商業運行に必要なTCの取得に集中する。

米国の開発拠点も主力のモーゼスレイク(ワシントン州)以外の2拠点を閉鎖する。試験飛行は米国でしかできないものを除き名古屋空港に戻す方針だ。米国の試験飛行場は多数の滑走路があり商業運行の旅客機も混在せず、好きな時に試験飛行ができ効率的だ。

一方の名古屋空港は順番待ちがあり試験飛行の工程が長期化する。生産担当の三菱重工は、量産に向けて最終組立工場(愛知県豊山町)や飛島工場(同飛島村)に集めたサプライヤーからの派遣技能者らを契約更新せず6月末に派遣元に帰す。

不安が広がる中、「あえて開発をペースダウンしたのではないか」と受け止める関係者もいる。新型コロナに伴う移動の禁止・自粛で航空各社は極端な減便を強いられ、いつ終結するかも不透明。MSJを急いで完成させても新たな受注が取れるかはわからない。大和証券の田井宏介シニアアナリストも「三菱重工にMSJへの投資余力はある。むしろリージョナルジェット(小型旅客機)の需要の見極めが重要」と指摘する。

MSJを待ち望んでいた航空会社も、旅客需要が消えてMSJの調達を急ぐ必要がなくなった。量産が始まれば契約した分は購入する義務がある。今後の業績悪化が明白な中、キャンセル料さえ避けたいのが本音だろう。

ただしペースダウンによりMSJの先行きを危ぶむ向きもある。航空市場の好転を待つ間に、TCに求められる仕様が変わり新たな設計変更の必要も出てきかねない。

一方、開発推進への期待も依然大きい。小型旅客機市場でライバルとなるブラジルのエンブラエルは米ボーイングとの事業統合が頓挫。三菱重工のチャンスとなり得る。田井シニアアナリストは「MSJの開発を粛々と進め、エンブラエルに需要を取り込まれないようにするべきだ」と説く。MSJの事業化を後押しする経済産業省も「重要なプロジェクトであり、今回の難局を乗り切ってほしい」(製造産業局航空機武器宇宙産業課)とエールを送る。

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日刊工業新聞2020年6月18日

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