コロナ禍で露見した行政デジタル化のもたつき、今こそパブリッククラウドの利用を

グラファーCEO・石井大地

  • 1
  • 2

この1カ月の間に、特別定額給付金のオンライン申請に関してさまざまな問題が噴き出し、メディアをにぎわせた。申請にマイナンバーカードが必要なことも大きなハードルだが、カードを持っていても、暗証番号を忘れるなどして申請ができないケースが多発した。番号の再設定のためには役所の窓口へ行く必要があるが、そこでもシステム障害が起きて処理ができない状態が生じた。

マイナポータルに不備

給付事務を受け持つ自治体側も混乱に見舞われた。申請を受け付ける「マイナポータル」の仕様が国から事前に示されず、準備が不十分なまま運用が開始されたからだ。申請不備を招きかねない仕様を残したままサイトが公開された結果、自治体によっては申請の7割に問題があるなど、申請内容のチェックや電話連絡に莫大(ばくだい)な労力が費やされた。

これらに比べると、世帯の情報をあらかじめ記載した用紙を郵送する郵送申請の方が問題は小さいと判断し、住民に郵送申請を利用するよう呼びかけた自治体が続出した。高松市ではオンライン申請の受け付けを停止したほどだ。

多くの国民にしてみれば、オンライン申請の方がずっと効率よく利便性高く使えるように思えるだろう。しかし実態としては、オンライン申請には問題が多すぎて、政府は国民および自治体が期待するサービスを提供できなかった。

クラウド利用に移行を

このような結果を招いた原因は大きく二つある。

第1に、内閣府をはじめとした国家中枢には、優れたウェブサービスを提供する知識や技量が欠けている。これまでの国のIT投資は、役所の内部で利用する基幹システム開発が中心だったため、官僚が仕様を設計し、発注する形でも問題はなかった。

しかし、マイナポータルのようなオンライン申請サービスは一般の国民が使うものであり、基幹システムとは性質が異なる。私たちがよく使うアプリケーション(応用ソフト)やウェブサイトは、利用者の行動や要望に基づき、事業者が日々改善し、使い勝手を高めている。このようなタイプのサービス運営の知識を欠いた組織が、累計で数百億円に及ぶ予算を投下しながら、利便性に欠け、自治体職員の業務効率化にもならないシステムを提供している。一納税者として大いに不満だ。

第2の問題は、不合理な規制の順守が自己目的化していることである。インターネット、とりわけパブリッククラウドの利用を制限するさまざまな規制が、国民や自治体に多大な労苦を強いている。

昨今では、大企業でも重要な業務システムをパブリッククラウド上に構築し利用している。サイバー攻撃などのセキュリティーリスクはゼロと言えないが、利便性やコストパフォーマンスといったメリットはリスクをはるかに上回る。我々は自動車事故のリスクがあっても自動車を禁止はしない。クラウドの禁止ではなく、クラウド利用を前提としたセキュリティー対策にこそ投資すべきだった。

コロナの経験を転機に

以上を踏まえ、行政手続きのデジタル化を手がける専門事業者として提言したい。

政府は民間事業者との連携を前提とし、マイナポータルの自前開発方針を改めるべきだ。総務省が提供する「e―Gov」では、API公開によって多くの事業者が社会保険の電子申請サービスを提供している。これに倣いたい。

また、行政サービスの提供においてパブリッククラウドを利用することを認め、同時にサービス提供者が対処すべきセキュリティーリスクを明示し対策を義務付けるべきだ。在宅勤務を指示された自治体職員が、インターネット経由で業務ができず、残業時間になってからこっそり役所に出勤しているという話を見聞きした。容認しがたい理不尽である。

新型コロナウイルスが招いた危機を未来への糧にするために、政府は地方自治体と民間事業者の創意工夫を引き出す形で行政サービスのデジタル化を進めてほしい。

【略歴】いしい・だいち 東大医学部に進学後、文学部に転じ11年(平23)に卒業。同年に第48回文藝賞(河出書房新社主催)を受賞し、小説家デビュー。リクルートホールディングスなどを経て17年にグラファーを創業。秋田県出身、34歳。

日刊工業新聞2020年6月8日

関連する記事はこちら

特集