スタートアップと手を組むエネルギー大手、本当に新サービスは生まれるの?
エネルギー大手がスタートアップとの連携を加速している。各社は人口減少などによる長期的なエネルギー需要の減少を見据え、スタートアップと組んで自社にない製品や技術を補完し、新規事業や新サービス創出を目指す。(戸村智幸)
収益源獲得へ“種まき”
【JXTG、農業と再生エネ融合】国内の石油需要は、2040年には現在の半分に減少する―。石油元売り最大手のJXTGホールディングス(HD)が19年4月にまとめた40年までの長期ビジョンの前提だ。同社は需要減を補うべく、新規事業創出などに取り組むという目標を掲げた。
エネルギーサービスの供給プラットフォーマーを将来像に掲げ、石油だけでなく、再生可能エネルギー由来の電力など多様なエネルギーを供給する目標を示した。その手段の一つが、スタートアップとの連携だ。
19年8月には、営農型太陽光発電の普及に取り組むアグリツリー(福岡県那珂川市)に出資した。同社は農地で農作物を生産しながら、その上部に太陽光発電設備を設置し、営農と発電を同時にこなす事業形態の実現に取り組む。
JXTGHDはスタートアップとの協業を見据えた公募型プログラムを18年度に始めており、それを通じて関係を築き、出資に至った。
20年3月にはさらに、農作物の自動収穫ロボットのAGRIST(アグリスト、宮崎県新富町)に1億円出資した。同社のロボットは人工知能(AI)と画像認識技術を活用し、ピーマンと葉を見分けて自動収穫できる。
農業の自動化を目指す同社と協業することで、農業と再生可能エネルギーを組み合わせた事業を立ち上げる。両社で夏ごろに自動収穫ロボットを用いた実証開始を目指す。
この2社への出資には連続性がある。実証ではアグリツリーの営農型太陽光発電設備と、アグリストの自動収穫ロボットを組み合わせ、ピーマン畑で太陽光発電に取り組む計画だ。
JXTGHDは別の角度からも、スタートアップとの連携を進めている。主要事業会社のJXTGエネルギーが、関係を築いた企業の製品や技術を製油所に導入することを目指し、実証実験を実施している。
その舞台が、研究開発拠点「中央技術研究所」(横浜市中区)だ。主力の根岸製油所(同)に隣接する。中央技術研究所には製油所の精製装置のミニチュアがあり、精製プロセスを研究している。実証実験はこの設備で実施しており、スタートアップの製品や技術を製油所に導入できるか、小規模かつ素早く確認する。
19年度には20件弱の実証を実施した。20年度は件数を増やし、導入できる案件の発掘を目指す。藤山優一郎執行役員中央技術研究所長は20年1月の取材時、「新しいことを始めるためにトライアルの分母を増やす」と意気込んでいた。
だがその後、新型コロナウイルスの感染拡大という予期せぬ事態が起きた。実証実験を予定通り実施できるかは不透明だ。新型コロナが日本経済に深刻なマイナス影響をもたらす中で、スタートアップとの連携にも影を落としている。
生活関連、成長分野に
【東ガス、朗読・ロボ・睡眠で3社と提携】東京ガスも19年11月、30年までの長期ビジョンを公表し、ガスと電力の小売りのほか、生活関連サービスを伸ばす戦略を掲げた。電力会社などとの販売競争が激化する中で、生活関連サービスを成長分野に位置付ける。
数値目標としては、30年にガス、電気、サービスの契約数の合計で2000万件、うちサービスで700万件を目指す。19年度の合計は約1220万件で、増加分の多くがサービスと見込む。
サービスにはガス機器の修理など本業との関係が深いものもあるが、無関係の新サービス立ち上げも含む。その手段の一つがスタートアップとの連携だ。内田高史社長は「さまざまな会社と一緒に組みたい」と意欲的だ。
既に連携するスタートアップとは新サービスを始めている。朗読などの音声データ配信を手がけるオトバンク(東京都文京区)とは、スマートフォンで子どもに絵本などを読み聞かせるアプリケーション(応用ソフト)を19年12月に共同で始めた。声優やナレーターが絵本や児童書を読み上げるほか、登場人物のせりふを吹き替えて、なりきって遊ぶことができる。
オトバンクを含め、出資済みのスタートアップ3社とは20年3月、合同で業務提携を結んだ。高齢者とその家族を対象にした生活関連サービス創出が狙いだ。各社のノウハウを組み合わせ、20年度中に新サービス創出を目指す。
個別に協力していた3社と一体で組むことで、相乗効果を狙う。オトバンクのほか、家庭向けコミュニケーションロボットのユカイ工学(東京都新宿区)、睡眠など生活データ活用のエコナビスタ(同千代田区)と結んだ。
東京電力HDはスタートアップの前段階にある起業を目指す人々を支援し、エネルギーや環境関連のスタートアップ育成につなげようと取り組む。18年設立の完全子会社東京電力ベンチャーズ(東京都千代田区)が実動部隊だ。
東電ベンチャーズはNPO法人「スタートアップウイークエンド」が主催する、エネルギーと環境がテーマの起業体験イベントに協賛しており、3回目が20年1月に開かれた。週末3日間の期間中に40人がチームに分かれ、起業アイデアを議論し、発表した。
同社はイベント運営にも参画した。赤塚新司社長ら同社幹部や、別の東電HDグループ会社の幹部がコーチ役の1人として、参加者への助言などに取り組んだ。
同社は世界のスタートアップ育成にも目を向ける。米国のスタートアップ育成プログラムの日本唯一のパートナーだ。同プログラムは持続可能な社会の実現に向け、エネルギーや交通などの有望なアイデアや技術を持つ企業の育成、発掘を目標とする。
プログラムに応募、選出された企業は、世界各国のパートナーと協業して自社製品やサービスを拡販する機会を得る。東電ベンチャーズは既存の電力事業を改革し、新市場を開拓する技術やノウハウを持つ企業を発掘することを目指す。
東電HDとしても世界の電力大手9社とともに、エネルギー関連のスタートアップを育成・発掘するプログラムを運営する。こちらも、選出された企業は電力大手と協業して自社製品やサービスを拡販できる。
エネ大手とスタートアップとの連携は緒に就いたばかりだが、着実に進みつつある。将来を見据えた取り組みが実を結び、各社の収益源に育つことに期待したい。