コロナに倒れたオムロンの賢人、生き続ける「最適化社会」への情熱

立石義雄さん「人の幸せをわが喜びとする」

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多くの経営者が敬愛の念を抱いていたオムロン元社長の立石義雄氏

新型コロナウイルスはまた賢人を我々から奪った。元オムロン会長・社長の立石義雄さんが亡くなった。同社を世界的な制御機器メーカーに育て上げ、3月に退任するまで約13年間京都商工会議所会頭として、京都ブランドの世界への発信に尽力した。

京都経済百年の計として取り組んだ「京都経済センター」の開設を果たし、これからは持論の「知恵産業」でさらに京都を盛り上げようと情熱を燃やしていたところだった。

立石さんは知恵産業について「歴史や伝統文化、進取気鋭の風土、京都の地域特性や企業独自の強みを生かす。そこから新たな知恵を誘引し、オリジナルの製品やサービスが生みだしていく」とし、創出塾やビジネスプランコンテストなど、数多くの知恵産業創出の仕掛けづくりに知恵を絞った。

「広角」という弊紙の連載企画を執筆していただいた時も、京都や地域経済に話が及ぶと、知恵産業の大切さを熱っぽく語っていた。

知恵産業の支援母体として「京都知恵産業創造の森」を創設し、理事長に就任。3月末の会頭交代会見の直後に、懇意の記者に「これからも知恵産業の情報交換会をしよう」と意欲を見せていた。一度も開かれないままだったのが悔やまれる。

日刊工業新聞2020年4月24日

10年前に語ったいた未来への手がかり

日本経済は手本のない時代を迎えている。戦後の日本は欧米先進国を追いかけることで、経済大国の地位を築くことができた。ところが、その先どこへ向かうべきかが見えない。特にリーマン・ショックを契機に世界経済の構造的変革が顕在化した。為替や外交、資源調達、環太平洋連携協定(TPP)など現実の諸問題にどう対応すべきか、かじ取り役のリーダーにはビジョンを示すことが求められている。

この混迷の時代に多くの経営者は、自分の企業を最も成長性の高いマーケットに乗せるべく新しい成長構造をどう造るかに悩んでいることだろう。そのためには自らが未来のありたい姿、つまりビジョンを描き、それを元に事業や技術の領域を決めることが重要だ。

例えば、企業の生産活動は従来の大量生産から環境対応型に転換が進んでいる。これまでは二酸化炭素(CO2)排出を増やしながら企業は成長してきたが、これからは排出量を減らしながら成長しなければならない。

このような社会が必要とする課題を先読みできていれば、解決のための技術・製品を他社に先駆けて投入できる。日本企業には社会変化に伴い、新しい時代の価値観に合った製品や、ビジネスモデルの創造が求められているのではないか。

オムロンは創業以来、チャレンジ精神を発揮して、社会に必要とされる新たな価値を創出するベンチャーでありたいと努めてきた。そのためには社会がどのように変化していくかという“モノサシ”が欠かせなかった。

当社創業者立石一真は「経営者は将来を考える人である」をモットーとしていた。1970年に未来予測「SINIC(シニック)理論」を発表。オムロンはこれを元に事業や技術開発の方向性、領域を決めており、いわば“経営の羅針盤”として活用してきた。

シニック理論は科学と技術と社会の間には円環論的な関係があり、その相互関係を体系づけている。一つは新しい科学が新しい技術を生み、それが社会に影響を与え、社会を革新する動き。もう一つは社会のニーズが新しい技術の開発を促し、その技術が科学に刺激を与え、必要な科学の誕生を促す。

この二つの方向により社会が進歩していく。同理論では05年から個人の価値の多様化を背景にした「最適化社会」が始まるとしている。同理論の存在価値は半世紀近くたっても経営の座標軸として変わらない。

予測した未来から現在の企業や自らを見てみるのと同時に、現在の企業や自らの延長線上に未来を描いてみると、実態と仮説にギャップを発見できる。それをフィードフォワードという今ある結果から将来の予測や仮説を修正していく作業を繰り返すことで未来が見えてくる。このことがビジョン経営にとって一番大切なことだ。

ソーシャルニーズの創造を

これからは、生産性や効率性を追求しつつも、物質的な豊かさを求める価値観から、心の豊かさなど生きる喜びを尊ぶ価値観にシフトが進む。自然と機械、効率性と創造性および、環境と経済など相反する価値観が葛藤し、現在は最適なバランスを求めている過渡期に当たる。

そのバランスを実現する商品、サービスやビジネスモデルを開発することが求められている。 社会変化に対して企業には意識改革も必要だ。顧客のため、社会のために良い仕事がしたいと志を高く持つ社員の創造性を伸ばす。この先、個人の生きがいを実現できない企業は淘汰(とうた)されよう。

オムロンの未来シナリオ「SINIC(シニック)理論」は、こうした時代の変化を的確に予測している。半世紀近く前に、現在を工業社会の最終段階「情報化社会」を完成しながら「最適化社会」に移行する時期と位置づけた。

そのため、オムロンが進むべき方向は明確だ。「企業は社会の公器である」の理念の下に、社会に潜在するニーズを感知し、コア技術であるセンシング(計測)&コントロール(制御)技術で、社会を豊かにする「ソーシャルニーズの創造」に取り組んでいる。

工業社会では、物質文明が繁栄した一方でエネルギーや食糧、安心・安全、環境、福祉などに関わる多くの課題が顕在化した。これらの課題を解決することすなわち“工業社会の忘れ物”を取り戻すことが最適化社会のソーシャルニーズになる。

そして、その忘れ物を取り戻すためのコンセプト、構想、創意工夫といった知恵が付加価値の源泉になる。言い換えれば、知恵産業の業態がこれからの社会をリストラクチャリングしていくと考えている。

オムロンは「機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」という哲学を持ち、創業以来、産業・社会・生活分野の自動化に貢献してきた。例えば自動改札機や現金自動預払機(ATM)は、従事者を過酷な労働から解放し、より創造的な分野に、またよりよいサービスの提供に転換してきた。

最適化社会では人間が機械に使われるのではなく、機械の方から人間に近づく開発を進めたい。人間に代わって感じ取り、自ら学習して人に対して最適な行動を取るような機械。人と機械のベストマッチングを確立することがカギを握る。

シニック理論は最適化社会が2005年から約20年間続くと予測している。後半では人間の五感に、より近づいた機械が人間をサポートする。人の心が動く前に機械が先んじて行動をとってくれるような動きが現れるはずだ。次に訪れる「自律社会」では、おそらくその重要性は増すだろう。オムロンは、その先のソーシャルニーズを見据えてチャレンジを続けていく。

知恵産業の振興

この11月に京都商工会議所の会頭として2期目が始まった。地域総合経済団体として、地域の未来を考えている。国家間から都市間へと競争の構図がシフトしつつある。企業同様に地域にも中長期の成長政策が不可欠となっている。従来の行政主導ではなく、行政や経済界、大学、住民、メディアらが一体となって、「働きよい・住みよい・弱者に優しい社会」といった都市の「ありたい姿」、すなわち「ビジョン」を定め、共有することが大切だ。

「ビジョン」を共有することで人の連携が生まれ地域のきずなを再生する。施策や事業が「ありたい姿」に整合しているか、実現のために行う政策や事業の優先度を測る“モノサシ”となって、自律的な地域社会の統治能力を高めることにつながる。他人に頼る受け身ではいけない。臨む姿勢あればこそ地域活性へと結実するはずだ。

経済界の役割は経済基盤を作ることでビジョンの実現に貢献することだ。低炭素社会や循環型社会の中で持続的な成長を維持し、世界をリードする都市実現という重要な使命を持つ。地域経済の活性化と安定した雇用を生みだし、循環型社会における内需経済のモデルを作り出していかねばならない。07年の会頭就任時に「知恵産業」の創造を打ち出した。ライフスタイルやまちのあり方など生活基点のビジネス発想で地域の産業活性化や経済基盤作りにつなげたいと考えている。

「知恵」は新しい商品やサービス開発を進める上で科学技術やノウハウをどのように展開していくかというコンセプトや構想にあたる。富を大きく興す場所が歴史的にシフトしている。最初は資源のある場所、次は生産の場所に移ってきた。これからは市場で富を大きく興す時代になる。この時代に一番重要なのが知恵となる。

地域では旧来の文化や産業など地域資源を生かし、モノを作る人やデザインする人、売る人、サービスする人が協力しあって新しいライフスタイルやまちのあり方を提案し実行することが「知恵産業の振興」となる。港湾都市でもない京都が独自の産業都市として営々と発展できたのも、この温故知新のイノベーションを実践してきたからこそだ。地域資源を活用するという点では、京都に限らず全国各地で取り組める活性策となるだろう。

セミナーや助成など積極的な支援活動で啓発・育成・発展というサイクルを加速し、「知恵ビジネス」と呼ぶ産業群の創生に産官学のオール京都で取り組んでいる。特産の九条ネギの新販路に東京のラーメン店を開拓、皮革製品やネイルチップへと漆の新需要開拓など成果も上々で、大小さまざまな知恵ビジネスの広がりを期待したい。知恵が活性化のエンジンとなって経済基盤を強固にし、外需だけに依存しない内需成長の新しい都市モデル・京都になると確信している。

リーダーに求められる四つの要件

工業社会から最適化社会、そして自律社会と社会や経済の構造は変革していく。誰も経験がない社会で成長を持続し社会から選ばれる企業となるために、未来へのシナリオを作り改革を行うことが不可欠。リーダーは四つの要件が求められる。

第一に企業理念やビジョンを明確に示し共有する企業風土の構築だ。グローバル化の進展と価値観の多様化に対して、企業理念が働く人の能力を引き出し、集団の力で目標達成に向かう求心力となる。

第二に中長期の視点とプライオリティー設定で将来の課題解決のための条件整備をしておくこと。第三に社員のやる気を引き出す施策や制度を持つこと。最後に言行一致・率先垂範で施策や自身の信頼を高めること。いつの時代にも求められる根源的なものだ。この要件を持って、会社の発展と安定性、社員と家族の幸福、社会の利益と幸福を追求する企業が選ばれる企業ではないか。

これからは「自律と共生」を念頭に自らの意思で考え行動し、他者を尊重して互いの強みを生かしながら組織の成果を高めると同時に、自分の夢も追求していく社会になると考えている。企業は多様な選択肢を用意し、社員にはそれを選ぶ能力が求められる。選択肢を用意できない企業が選ばれない企業ということになる。自己成長が最上の喜びになるからだ。

自律を促す手法で最も重要なのが人事制度ではないか。働く人の能力と企業の能力はイコールだからだ。当社ではキャリア開発や生涯設計支援プログラム、専門職制度、節目休暇や専門職員のための探求休暇など各種休暇制度、入社時からライフデザインに沿った仕事を選べるカンパニー別採用など働き方の選択肢も整え、備えとしている。

ポイントは「育てる」でなく「育つ」視点で環境を整備していることだ。周囲が何を言おうと社員自身が高い志や決意を持って臨まなければ成長はできない。人間は自分の足で自分の意思で進むようにできている。

求心力となる企業理念の共有は啓発を繰り返し行うことでしか定着しない。社長時代には現場をまわって交流会「ザ・KURUMAZA」を、会長になってからも「DNAサロン」と名前を変えて繰り返し理念やビジョンの大切さを国内外で説き続けている。

我々は超長期にわたる社会の価値観の変化を予測した「SINIC(シニック)理論」を経営の羅針盤にしてきた。過去から現在の解析で方向付けするフィードバックだけでなく、将来の変化を見通してチャレンジするフィードフォワードを心がけてきた。

パスツールの言葉に「幸福の神様は、常に用意された人にのみ訪れる」がある。常に先を読み、世に先駆けようとする人に答えは与えられるということだ。ビジョンを描き社会変化に対して方向を決断する経営を実践した企業が選ばれる。

日刊工業新聞2010年12月

COMMENT

明豊
デジタルメディア局
局長

立石氏さん立石電機(現オムロン)創業者の立石一真氏の三男として大阪府で生まれた。1963年に立石電機入社、87年に社長就任、会長、名誉会長を務め19年から名誉顧問。未来予測「SINIC理論」を経営の羅針盤に、オムロンを日本を代表する制御機器メーカーに育てあげた。 公職では関西経済連合会副会長などを歴任、関西の発展に尽力した。07年から京都商工会議所会頭を約13年務め、「知恵産業」をキーワードにした地域振興を展開した。京都経済百年の計としてオール京都で取り組んだ京都経済センターが完成した翌年の3月末、会頭を勇退した。 京都商工会議所の塚本能交会頭(ワコールホールディングス会長)は「『人の幸せをわが喜びとする』という信条を実直に実践され京都のため、そして京都で働き、学び、暮らす人々の幸せのために身をささげてこられた。その姿に皆が敬愛の念を抱いていた」と追悼コメントを出した。10年前に日刊工業新聞で連載された「広角」を掲載し、心よりご冥福をお祈りします。

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