「昔は若さが売りだったが今はもう55歳」(任天堂・岩田社長)

日刊工業新聞で最後に掲載されたひと言

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昨年1月の経営説明会で
 任天堂の岩田聡社長が亡くなって、ゲームファン、ゲーム業界に限らず世界中から哀悼の言葉が寄せられている。日刊工業新聞で岩田社長の記事が最後に掲載されたのは今年5月14日。「経営ひと事」という小さいコラムだ。その短い文章は、なんとなく自身の将来を悟っているかのようだった。

ネット番組で社員を起用「同じことを独りで続けるのはどうかと思った」


 「昔は若さが売りだったが今はもう55歳。同じことを独りで続けるのはどうかと思った」と苦笑するのは、任天堂社長の岩田聡さん。ゲーム情報をインターネットで発信する番組「ニンテンドーダイレクト」の紹介役に、今春から岩田さんに加え社員を起用した。

 番組から完全な引退はしないものの「私が“出ずっぱり”とは違う形も、やりようによってはできるはず」と新たな展開を模索する考え。

 ゲーム制作で優秀でも「紹介役として優秀とは限らない」とも。「いろんな人材を探して起用したい」と社内でスカウトする意向。“適材適所”を見いだす楽しみが増えた?

日刊工業新聞2015年05月14日 電機・電子部品・情報・通信面

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

自分はゲームをやらないし、ゲーム業界を担当したこともないので、岩田さんと直接お会いしたことはない。でも記者として何度か任天堂や岩田さんに関する記事を書いたこともある。32歳も年上の山内溥氏からトップを引き継いで42歳の若さで社長に。就任間もないころ、岩田さんはソフト会社に向かって「過去の成功体験を捨て、間口が広く奥深いゲームを作りましょう」と呼びかけた。その後「脳トレ」などが大ヒットした。ある経営者は「日本のスティーブ・ジョブズなれる人かもしれない」とまで言った。ゲーム業界は、ほんとにゲームを愛し「座標軸」となる人物を輩出しなければいけない。

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岩田聡 任天堂

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