会社辞めればタダの人にならないために。超勝ち組サラリーマンの“定年転職”
2019年春、東京都世田谷区にある介護付き有料老人ホームに中井康裕さん(当時70)の姿があった。専門資格を持つ介助職員を手伝う「ケアサポーター」として、1日3時間週2日、勤務。入居者に配膳したり、ゲームを一緒に楽しんだりする中井さんが、安田火災海上保険(現損保ジャパン)で常務執行役員や関連会社の社長を務めた「超勝ち組サラリーマン」であったことを知る人はその場にほとんどいなかった。
現在、中井さんは家庭の事情で休職中だが、「入居者の方々に年齢も近い。弟分のように感じてもらえれば」と当時の心境を振り返る。
62歳で一線を退いた後は、夫婦で海外旅行に出かけたり、英会話スクールに通ったり、気ままに自由な時間を楽しんだ。だが、老後は長すぎた。60代も終わりにさしかかり、「80歳を過ぎれば自分のことで精一杯になる。それまでに自分の時間を人のために少しでも使えれば」と「再就職」を考えるようになる。
その時、損保ジャパンがOB、OGを対象に、介護サービスを運営するSOMPOケアで人材募集していることを知る。「会社への恩返しもできれば」と軽い気持ちで応募し、働き始めた。
再就職に際しては、自分の経験をいかせたらという考えもあったが、介護はこれまで縁が無かった世界。そして、新しい職場は当然ながら、先輩は皆、年下という環境。「経験ある職場ならば口を出したくなることもあったかもしれないが、全くの未経験。『フレッシュマン』の気持ちで取り組みことができた」と心境を語る。
とはいえ、言うは易しで、過去に実績がある人ほど難しくも映るが、中井さんは「働いている人にとって、会社の業績や、職場での個人の成績はとても重要だが、定年退職してしまえば『ただの自慢』」とあくまでも謙虚な姿勢を崩さない。
会社が生活を丸抱えしてくれた中井さんの現役時代と現代では大きく環境が変わった。2019年の今、中井さんのような大企業の「勝ち組」サラリーマンの退職後の再就職はレアケースだが、これからは「長い老後」にどう働くかは誰もが考えなければならない時代になる。そこでは、「肩書き」だけでは通用しない。何ができるか、そして、経験がなければ中井さんのように初心に戻り、奢らず取り組めるかがこれまで以上に問われる。
危機感ゼロ?のホワイトカラー
2019年夏、長野県軽井沢町。経団連の軽井沢セミナーにおける分科会のテーマのひとつがリカレント教育(学び直し)だった。大企業の首脳たちは口々に、従来の日本型の経営モデルの限界を指摘。経営側が学び直しの機会を設けても、「社員に危機感がない」という声も漏れた。
AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などデジタル技術の進展が中長期的に従来の雇用を奪うのは間違いないが製造業のブルーカラーに限った議論ではない。非製造業のホワイトカラーも安泰ではない。
例えば、銀行業界には少子化とテクノロジーの進展で、社員の配置転換や店舗削減など激震が走っているのは周知の通りだろう。
経済環境が激変する中で企業寿命は縮む。存続すら危ういし、存続できたとしても、個人の仕事内容が変化する。かつては称賛された、一つの会社や業務に特殊化されたスキルを育むのはリスクにはなりかねない。常に学ぶ姿勢が必要になるが「対岸の火事」と捉えているホワイトカラーは少なくない。
分科会に参加していた、三菱商事の小林健会長は「人生100年時代」は「教育、社育の総決算」とし、「(ひとりひとりが)自分を持たなければいけない」と指摘した。
働き方で生き方が左右される時代ではなくなり、生き方で働き方が決まる。企業が社員の人生を丸抱えできなくなった今、個々人が切り開くしかない。そうした時代がすぐそこまできている。
さらば「寄らば大樹」精神
「寄らば大樹」の生き方は通用しなくなる。企業寿命と労働寿命が逆転した中、企業は社員と個人は企業とどう向き合うのか。「コロナショック」が企業や個人の生活にもたらす変化も踏まえて、探る(不定期連載)
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