酪農をラクに!5Gの通信インフラで人に代わり家畜を見守る
帯広畜産大学(北海道帯広市)を舞台に、高速大容量の次世代通信規格「第5世代通信(5G)」を酪農家の負担軽減に生かす試みが始まっている。病気や、乳牛の増産に欠かせない発情の兆候を素早く察知するために牛舎を四六時中気に掛ける重労働は、担い手不足に拍車を掛けている。現行4Gでは難しかった膨大な画像データ処理により、精緻で低コストな乳牛管理システムの構築に奮闘する畜産関係者らの姿を追った。
帯広畜産大で2019年12月に始まった5Gシステムの実証実験は、畜産大の他、携帯大手NTTドコモや酪農器具製造の土谷製作所(札幌市)などが参加し、5G通信環境はドコモが今年2月末に整備した。
大量の画像・映像を人工知能(AI)で解析し、餌を食べる回数などを基に、酪農家のスマートフォンにいち早く異変を知らせる仕組みづくりに励む。22年秋の商用化にこぎつけたい考えだ。
3月上旬、大雪に見舞われた牛舎では、約60頭の乳牛が放し飼いにされ、黙々と餌を食べていた。牛舎内に設置された複数のカメラがそれぞれ5秒おきに撮影し、データを格納するサーバーに送り続ける。
さらに別の場所でも搾乳を終えた乳牛を1頭ずつ四方八方から撮影。発熱を引き起こす「乳房炎」にかかると、最悪の場合は死に至る。産乳量の減少や品質劣化による経済損失は大きく、動きが鈍っていないかなど酪農家に代わって見守り続けるというわけだ。
膨大な数に上る画像は5Gの通信インフラで高画質のまま瞬時に送信できるようになり、AIの学習・分析機能を最大限引き出す。
酪農現場では朝晩の餌やり、出産の立ち会い、健康状態のチェックなどで休む暇がない。「過酷な労働環境」(酪農関係者)に起因する離農や後継難に歯止めをかけるには、5G・AIが頼みとなる。
農林水産省によると、2019年の酪農家戸数は前年比4・5%減の1万5000戸。高齢化による廃業が目立つ一方、1戸当たりの飼育頭数は5%増の88・8頭と右肩上がりだ。
酪農経営の基盤を支える上で重要なのは発情の兆候をつかむことだが、畜産大の木田克弥教授は「規模を追う一方で人手不足から発見が難しくなっている」と指摘。人工授精のタイミングを逃せば次は3週間ほど先になり、出産サイクルが乱れて経営に支障が出かねない。
後継難が追い打ちをかける中で、生産基盤を維持し、強化するためにも「ハイテク導入による省力化が避けて通れない」(農林水産省幹部)のが現実だ。
1頭ずつ首にセンサーを付けてAIで管理するシステムも存在するが、ソフトウエア導入などに「多大なコストが掛かる」(土谷製作所)ため、普及していない。
高精細で遅延が極めて小さい5G新システムは投資も最小限で済むといい、実験を重ねて酪農家が手軽に利用できるよう道筋を付けたい考えだ。
木田教授は「安価なシステムの開発に成功すれば、経済損失を抑えられる」と話している。