都心に現れる1万4000㎡の「森」の正体
東京都新宿区にある大日本印刷の本社敷地には小高い丘があり、草木が茂っている。高さや太さが異なる木が林立する景観は昔から存在する森のようだが、人が植えた人工林だ。同社は森を造っており、6000平方メートルが完成済み。6月には1万4000平方メートルに拡張する。都心で最大級の企業の森だ。
ビルの緑地といえば樹木は1種類、高さも一緒ということが多い。手入れが簡単だからだ。常緑種なら落ち葉も少なく、清掃も手軽になる。一方、大日本印刷の森には高木が35種、低木が70種あって常緑樹と落葉樹が混在し、都心にいながら自然の森を感じられる。
同社の森づくりは再開発に伴って始まった。約140年前に創業した現在の場所で2000年代にビルの建て替え計画が浮上。緑地を検討する過程で、建築プロジェクトのメンバーから「地域の生態系に配慮した緑地」というアイデアが出た。当初、検討に加わっていなかったCSR・環境部の鈴木由香リーダーは「建築メンバーから生態系という言葉が出て、うれしかった」と振り返る。
当時の社長も「市ケ谷らしい森にしたい」とこだわっていた。そこで昔の地形、自生していた植物、江戸時代のにぎわいや人の生活ぶりも調査し、緑地の構想を固めていった。
【精巧に再現】
地域に根ざした森のイメージを関係者で共有するため、模型も制作した。枝ぶりや傾きまで精巧に再現したミニチュアの木を1本ずつ植えた本格的なジオラマだ。「ここまでこだわるのかと造園会社も驚いた」(鈴木リーダー)という。樹種が決まると、関東近辺に足を運んで調達を始めた。ただ、どうしても入手が難しい植物もある。ササは同社の宇都宮工場で育てて移植した。
【ブランド力にも】
本社敷地に植えた木が葉をつけるようになると、森が存在感を増してくる。社員にアンケートをとると「企業価値につながる」「ブランド力のアップになる」「対外的に広報してほしい」と好評だった。広大な緑地なので、大日本印刷のシンボルとして社員も受け入れた。企業の環境貢献を評価する機運もあり、「森を所有する企業はあっても、森を造る企業は少ない。社内外へのコミュニケーションになる」(鈴木リーダー)と期待する。
地域住民にも好かれる場所にしたいとの思いを込め、森を「市谷の杜」と名付けた。CSR・環境部の中込隆部長は「近隣との交流を増やしたい。我々には森を造った責任があり、緑地の活用を考えていきたい」と語る。