「100年企業」になるスズキとマツダ、トヨタを後ろ盾に開拓精神を貫けるか

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スズキのインド合弁会社が生産を開始、完成車を見つめる(右から)インディラ・ガンディー首相と鈴木修社長ら(1983年)※肩書きは当時

100年の計は元旦にあり―。マツダ、スズキは2020年に100周年を迎える。同じトヨタ自動車との関係を深める中、今年は次の成長に向けた第一歩を踏み出す重要な年。自動車業界を取り巻く環境は目まぐるしく変わる。変革の時代を乗り切るには、これまでの「100年の知恵」も大きな武器になりそうだ。

「会社が大きくなっても創業の心を忘れないように」。スズキの鈴木修会長はそんな思いを込めて09年に「スズキ歴史館」(浜松市南区)を開館した。20年には創業者の鈴木道雄氏が浜松市に前身の「鈴木式織機」を設立して100年の節目を迎える。

織機から出発し、2輪車に参入。55年に国内初の軽4輪車「スズライト」を完成した。軽4輪駆動車「ジムニー」など、独創的な製品を世に送り出してきたパイオニア精神は今も受け継がれている。

スズキを世界的な自動車メーカーに育て上げたのは4代目社長の鈴木会長だ。78年に社長に就任し、翌年に発売した軽自動車「アルト」は47万円という画期的な低価格で大ヒットした。

経営の大黒柱となったインド進出でも先見の明が光った。世界の有力メーカーが時期尚早と躊躇(ちゅうちょ)する中「大手が出ていない国で車を作れば一番になれる」と進出を決めた。15年に鈴木会長の長男である鈴木俊宏社長にバトンを引き継いだ。

スズキの歴史は提携の歴史でもある。81年に米ゼネラル・モーターズ(GM)と提携。しかしGMの経営難により08年に提携解消。翌09年に独フォルクスワーゲンと包括提携したが、わずか2年で決裂した。欧米のトップメーカーとの提携を渡り歩いた末にたどり着いたのはトヨタ。両社は本社も近く創業家がトップを務めるなど共通点が多い。19年夏に資本提携し、自動車産業の“100年に一度の大変革”に挑む。

重要な仕込みの年

マツダは1月30日に設立100周年を迎える。当初手がけたのはコルク製品の製造。実質的な創業者である松田重次郎の下、1931年(昭6)にはオート3輪に参入し、さく岩機や工作機械、軍用小銃にも生産品を広げた。

戦後の51年には重次郎の長男、恒次が社長に就き、4輪のトラックから乗用車へと、高度成長とモータリゼーションの波に乗って怒濤(どとう)のごとく車種を拡大した。

同社の100年の歴史で、転機になったのはロータリーエンジンだ。開発元の西独NSU(現独アウディ)と61年に技術提携。数多くの難題をクリアし、67年には同エンジンを積んだ「コスモスポーツ」の発売にこぎ着けた。だが73年のオイルショックでその燃費の悪さが嫌われ、赤字に転落した。

メーンバンクの住友銀行からの経営支援を受けつつ、79年には米フォード・モーターが株式を取得。バブル時代には国内販売を5チャンネルに多角化するも車種開発が追いつかず、バブル崩壊で失敗に終わった。96年から03年まで4代にわたってフォード出身者が社長を務めた。フォード傘下時代はリストラが目立ったが、走りとデザインを強化するブランド戦略は今に引き継がれた。

内燃機関の性能向上を軸とする自社技術「スカイアクティブ・テクノロジー」をテコに17年にはトヨタ自動車と資本業務提携した。2020年は大きな新車はなさそう。トヨタとの共同出資による米アラバマ州の新工場稼働が21年に控え、重要な仕込みの年になる。

世界で車の電動化が進む。マツダが欧州で今年発売する電気自動車(EV)「MX―30」

日刊工業新聞2020年1月1日付記事を一部編集

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