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水泳、マラソン、柔道も…日本のお家芸ほど故障やうつが多い!?

水泳、マラソン、柔道も…日本のお家芸ほど故障やうつが多い!?

写真はイメージ

東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年。選手として在学生や卒業生が活躍する大学なら、学内や地域社会など関係者が盛り上がる絶好のチャンスだ。スポーツ・体育と大学の関わりは教育、研究、競技、産学・社会連携と多面的だ。外国選手団を学生ボランティアで支援する早稲田大学、研究センターで研究と産学連携を強化する筑波大学から、先進例を見ていく。(取材=編集委員・山本佳世子)

東京五輪でイタリア選手団の事前合宿が行われる、早大の所沢キャンパス(埼玉県所沢市)。19年夏の韓国における世界大会前にも、イタリア競泳チームがここで調整して好成績を出した。優れた施設を持ち学内調整もスムーズで、受け入れ可能な数少ない大学の一つだ。

外国人選手を支援するのは全学の学生ボランティアグループ「VIVASEDA」(ヴィヴァセダ)のメンバーだ。登録者数は400人超。「オリンピックは見るだけ?」と呼びかけ、ムードメーカーになっている。同大はさらに東京五輪の多様なボランティアを紹介し、学生個々の“レガシー”を作り上げようとしている。

学生ボランティアがイタリアチームをサポートしている(早大提供)

所沢キャンパスには、国内初で03年に開設されたスポーツ科学部がある。「目的は、健康とスポーツという社会的ニーズに対応した教育・研究をすること。“早稲田スポーツ”全体の強化のためにあるのではない」と土屋純学部長は説明する。

例えば同学部は卒業生のライフスタイルと健康を追跡する大規模疫学調査プロジェクトを手がけている。医師免許を持つ教員もいて、近年の同大におけるライフサイエンス研究強化の一翼を担っている。

全学の体育各部において、学生の半分程度は同学部の所属だ。しかしトップクラスのアスリートとなると、入試の段階から所沢の同学部に集約された形となり、学内の仲間意識が薄れたという悩ましさもある。

1901年結成の野球部をはじめとする早慶戦など、同大にとってスポーツは欠かせないものだ。同大関連の選手を広くウェブで取り上げて応援するなど、学内外の団結に向けて東京五輪のフル活用へと同大は動いている。

【筑波大、心・技・体を研究 「練習しすぎ」科学で防ぐ】

英国クアクアレリ・シモンズ(QS)の分野別大学ランキングで筑波大は2018年、スポーツ関連分野の国内1位、世界25位となった。もっとも日本のレベルは高く、19年は京都大学、早大に次ぐ3位だ。筑波大の母体になった東京教育大学では、64年開催の東京オリンピックに向けたスポーツ研究所開設の歴史があるだけに、同大は巻き返しを心に秘める。

次世代健康スポーツ科学の研究に取り組むのは同大のヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP=アリープ)だ。アリープの征矢(そや)英昭センター長は「水泳やマラソン、柔道など日本のお家芸ほど、トレーニングのしすぎで体の故障やうつを引き起こしがちだ」と指摘する。刺激で疲れた体は回復時により強くなるため、練習しすぎの危険と隣り合わせだ。

それだけに「心(脳神経)・体(健康と運動)・技(スポーツ技能)を、経験則でなく最先端科学で捉える」(征矢センター長)必要がある。研究成果は高齢者や子どもなど、一般人にも適用可能なものが少なくない。さらに栄養や睡眠と合わせた“健康科学産業”の魅力もある。

競技力を向上させる用具の開発が行われている(筑波大のスポーツ流体工学実験棟)

「魚肉ソーセージのスポーツ栄養について、当初はメーカーも気づいていなかった」というのは麻見(おみ)直美准教授だ。たんぱく質もとれて高栄養、コンパクトで長期保存ができてゴミも少ない。この長所が、東日本大震災の災害現場で、体を酷使する消防士の食で注目された。

麻見准教授はマルハニチロとの共同研究で、賞味期限は5年超、エネルギー量は従来の2・5倍の魚肉ソーセージを実用化した。飲料なしでも食べやすい、水分の多い栄養補給のカステラも文明堂と現在、開発中だ。

ほかに浅井武教授はデサントと、自転車競技ウエア開発で風洞実験に取り組む。西嶋尚彦教授はOMGコーポレーション(東京都港区)と、電気で筋肉を刺激するEMS装置で、試合の休憩時間にも使える携帯タイプを完成させた。

【インタビュー/筑波大学体育系教授(アスレチックデパートメントディレクター)・高木英樹氏】

―体育・スポーツ系の学問分野の専門はどうなっていますか。 「『体育・スポーツ学』は社会、政策、教育、心理学などとの融合だ。『健康体力学』は健康教育学や運動生理学、スポーツバイオメカニクスなど。『コーチング学』は柔道やラグビーなど競技別のアプローチになる」

―国立大学と私立大学の違いは。 「国立大の本学と鹿屋体育大学は、国の文教施策に基づく体育(身体教育)の指導者養成を担ってきた。対して私立大はスポーツに対する国民の関心に応え、大学ブランド力を高める意識がある。教員は教育、研究、運動部の指導を含む競技のうち、どれかを中心とする人もいれば、いずれも手がける人もいる。研究大学として論文誌の表紙を飾る研究にも、金メダル獲得にも関わりたい」

―選手は一般の学生とかけ離れた生活を送っているのでは。 「オリンピック出場などのトップアスリートは、体育・スポーツ系の学生に限られるかもしれない。しかし人間形成に向けた部活は他学部生と一緒であり、栄養管理など配慮しつつ1人暮らしする学生も少なくない。“学生アスリート”であるだけに、試合が平日にあるといった学業と両立しづらい状況を変えながら、発展させていきたい」

筑波大学体育系教授(アスレチックデパートメントディレクター)・高木英樹氏

【キーワード/アスレチックデパートメント(AD)】

体育系各部は学生の課外活動だがここ数年、安全確保や不祥事防止の点から大学の組織管理が重視されるようになってきた。各部の人事や会計を把握し、学生の学業との両立を支援するADを、日本で最初に設置したのは17年の筑波大だ。早大なら「競技スポーツセンター」がこれに相当する。

各大学の連合体は「UNIVAS」(ユニバス)。会長には鎌田薫前早大総長が就き、参加大学はスポーツビジネスの発展性にも期待する。ただ学生支援をより重視する筑波大などは、参加を見合わせており、一丸とはなっていない。

日刊工業新聞2020年1月1日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
明るいイメージのあるスポーツだが、精神論や上下関係、周囲の期待に応えるといったことを重視してきた伝統的な日本社会では、指導の現場でじめっとした面が出がちなのだろう。水泳やマラソン、柔道など昔から強くて皆が期待する競技で、トラブルが起きやすいという話は興味深い。「そんな指導は非科学的、というよりまさに、悪化を招くことが科学的根拠に裏打ちされていますよ」という研究成果の情報発信は、パワハラ的な訓練をなくのに役に立つのではないだろうか。

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