歴史は2019年をどう記憶するか。不確実な「主権の時代」始まり
歴史は2019年をどう記憶するのだろうか。年末に相次いだ事象は、いわゆるリーマン・ショックからまだ世界の傷が癒えず、グローバリズムの防波堤としての「主権」に関心が高まっていることを示した。だが他方ではデジタル経済など防波堤に切り込むイノベーションが続くため、「主権」のあり方を20世紀に戻すことはできない。19年は新たな「主権の時代」を模索する不確実性の始まりなのかもしれない。
まず、12月10日には世界貿易機関(WTO)上級審の2人の任期が切れた。審議には最低3人が必要であるため、多数国間の通商体制を仕切るWTOはこれで大きな機能不全に陥った。上級審委員任命を阻み、事態をここまでに追い込んだのは国内法を盾にした事案で少なからず敗訴に追い込まれ、WTO体制に強い不信を抱くようになった米国である。「米国第一」を振りかざし、多国間主義に否定的なトランプ政権が継続し、米中のような直接交渉が跋扈(ばっこ)することとなれば、WTO体制は機能不全から形骸化にさえ進む懸念を秘める。
続いて12日の英国総選挙ではジョンソン首相率いる保守党が圧倒的勝利を収め、20年1月末の欧州連合(EU)離脱(いわゆるブレグジット)に向けた前進が始まった。ブレグジットはもとより英国がEUに政策の手足を縛られるのに反発し、「主権復活」を訴えたことに始まる。離脱主義者はEU域外国との自由貿易協定(FTA)締結など、「グローバル・ブリテン」で成長するとする。だがEU離脱後、英国の主権主張が対米はもちろん、インドや中国とのFTA交渉で思う通りになるかは疑問だ。FTAの交渉力は市場規模や潜在性に基づくところが大いにあるからだ。
13日には18年に「開戦」した米中貿易戦争がようやく第1段階の合意にたどりついた。両国は農産品、知的財産権の保護、技術移転強要の問題、金融サービス、為替、貿易拡大、紛争処理などで合意し、米国は対中制裁関税「第4弾」を見送り、適用済みの追加関税率も一部引き下げた。ただし、中国は対米輸入を増やすことには同意したが、産業補助金など「主権に関わる原則」は曲げない姿勢だ。知財や技術移転についても実効性への疑いが米国でも提起され、大統領選を抱えながら第2段階の合意に進めるかは予断を許さない。
グローバル化という世界市場の一体化であれ、EUなどの地域統合であれ、市場統合には主権制限という費用が伴う。人々が安全保障や移民といった政治的・社会的理由で統合の経済的便益よりも費用を大きく感じるようになれば、おのずと一体化や統合には亀裂が生じる。「主権復活」の願望が世界の通商秩序を揺さぶる限り、日本企業のような、世界に広がりきったサプライチェーンは大きな不確実性を免れないだろう。
幸いにも日本自身は制御不能な「主権願望」には陥っていないようだ。だがそれはグローバル化が周回遅れで、反動もまだ少ないだけに過ぎない。不確実性に備え、やれることは全部やらねばならないだろう。国内ではデジタル化を中心とした成長戦略を軌道に乗せ、対外的には米中とバランスを保ち、「その他大勢」と共にWTOを支え、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)で足元を固める必要がある。周回遅れの間に失った利益を十分に取り戻せたとはまだとてもいえないのだから。
(文=深川由起子<早稲田大学政治経済学術>)