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マウスやSiriの開発にも生かされたシリコンバレー流「発想のメソッド」

SRI International日本支社代表イギデル・ユセフ氏インタビュー
マウスやSiriの開発にも生かされたシリコンバレー流「発想のメソッド」

イギデル・ユセフ氏

米国の非営利の技術研究機関「SRI International(以下SRI)」(カリフォルニア州メンローパーク市)は情報通信、航空宇宙、医療などさまざまな分野を研究する30以上のラボを擁し、多くの民間企業のコンサルティングや技術協力をしてきた。日本への進出は1963年と古く、数多くの共同プロジェクトに参画。現在も大林組やトヨタ自動車、川田工業、パナソニック、政府機関など産官問わず共同プロジェクトが進行中だ。彼らの強みは技術だけでなく、イノベーションの起こし方やバリューの高いニーズの見つけ方、発想を形に変えるためのプログラムなどの手法も挙げられる。日本支社代表のイギデル・ユセフ(Youssef Iguider)氏に話を聞いた。

人とテクノロジーをつなぐ

―SRIインターナショナルについて教えてください。
 前身は米スタンフォード大学の研究成果や技術を民間転用する目的で1946年に設立された研究所です。その後、非営利会社として独立し、現在では国防高等研究計画局(DARPA)や米航空宇宙局(NASA) やアメリカ国立衛生研究所(NIH)などの研究開発を受託するほか、民間転用や国内外での委託研究を行っています。
 1963年の日本支社設立時の最初のミッションは野村総合研究所の創設関係でした。その後現在までに数百社の委託研究やコンサルティングを行ってきました。

―幅広い研究をしていますが、それらに共通するものはありますか。
 「テクノロジーと人とのインターフェースをつくる」ことが1つ共通する点かもしれません。
 例えばここに初代マウスのレプリカがあります。元レーダー技師だったSRIの研究者ダグラス・エンゲルバートはビジュアルで情報を知りたいと思い、コンピューターとモニターを接続、直接操作するためにマウスを開発しました。現在でも音声アシスタント「Siri」や手術ロボット「da Vinci」のようにテクノロジーと人をつなぐインターフェースを多数開発しています。

問題解決のメソッド

―新しいものを生み出すとき、大切にしていることは何でしょうか。
 SRIが常に考えているのは、「Value」と「Need」です。Valueは顧客にとって価値があるかどうか、Needは問題解決につながるものかどうか、です。Needは「Interesting(面白い)」か「Important(重要)」の2つの種類があります。面白い課題を解決したら「嬉しい」ですよね。一方、重要な課題は解決「しなければならない」ものです。SRIは常に後者にフォーカスしています。そのImportant Valueとは、顧客と、「顧客の顧客(例えば民間企業なら消費者、官公庁なら市民)」、それぞれの価値が最大化するものを指します。
 SRIは主にテクノロジーの観点から課題を見ますが、顧客はビジネスなどさまざまな面から同じ課題を見ます。多面的に課題を見ることで全体をカバーすることができるのです。

―顧客からはどのような課題が持ち込まれることが多いですか。
 だいたい顧客からはNeed以後のぼんやりした状態であるWish段階で話が持ち込まれます。そこで我々は顧客と一緒に課題を探り、Needを識別していきます。
 特に日本の顧客は「このシステムのパフォーマンスを向上したい」などの漸進的なWishが多い傾向にあります。戦術的なWishから戦略的なNeedに移行させるためには、例えば「なぜ」の繰り返しが重要です。われわれが顧客と一緒になって何回も「なぜ」を繰り返していけば、最終的に「市場で他社に負けているから」といった、より根本的で戦略的なNeedが見えてきます。全く別の分野の問題が見えてくる可能性もあります。

―SRIではソリューションや新たなビジネス創出のためのコンサルティングを実施していますね。具体的に教えてください。
 集中的に行うワークショップやその前後の研究開発期間を含め、約半年〜1年半のプロジェクトとなります。
 まずは2~4週間かけてその会社や部署の情報や課題を洗い出す「Need Discovery」を行います。そこで課題を絞り込み、SRI本社(シリコンバレー)で2日間の「Ideation Workshop」に移ります。顧客側から5~7名、SRIから5~7名が参加し課題のソリューションコンセプト作りを行います。1日目に情報交換とメンバーの垣根を超え自由なブレストを行い、2日目にアイデアを絞り込んで具体化していきます。
 そこで生まれたコンセプトがお客様によって承認されたのち、「Proof of Concept」として5~12カ月かけてコンセプトの実際の技術を開発します。ここの段階ではSRIのラボに研究者を数名常駐させる企業もありました。そして最終的にプロトタイプを開発し、お客様の企業へ技術移転するところまでがSRIが担当するプロジェクトとなります。
 この委託研究やコンサルティングは会社や団体単位だけでなく、フェーズごとに行ったり、部署ごとに行ったりとさまざまです。現在日本では20ほどのプロジェクトが進行しています。

SRI資料より

日本が直面する問題

―いま日本社会で最大のNeedは少子高齢化でしょうか。
 高齢化には2つの面があります。1つは医療的な側面。もう1つは産業に関する問題です。労働人口の減少に対してはより高度な革新的な自動化を、技能や専門知識の損失に対しては「専門分野に長けたSiri技術の次世代」のようなアシスタント技術ソリューション、又は高度なAR / AI技術を使用して、初心者のスキルとパフォーマンスを拡張および強化し、経験者のように実行できるようにする技術ソリューションの開発などがそれぞれ考えられます。
 また大量生産から大量パーソナライゼーションへと時代が変化しています。今後、適切な場所で、適切なタイミングで、適切な人に合わせたパーソナライズされたヘルプを自動的に提供されるといったことが起きてくるでしょう。

―いままで日本企業は「テクノロジーを使って何かをする」という傾向が強かったと思います。
 SRIはさまざまな分野での高度なテクノロジーの研究機関ですが、テクノロジーはあくまでも材料です。一番重要なのは「どのような問題を戦略的に解決するか」、「顧客のどのような重要なNeedを対処すべきか」、「顧客にどのようなValueを提供できるか」。解決するのにテクノロジーが不要な場合もあるかもしれません。
 よく使う例があります。「安くて良い牛肉などの材料を手に入れたので、いいシェフを連れてきて調理をしてもらいました。おいしそうにできたのでお店の人はみんな喜びました。しかしお客様はベジタリアンでした」―。これではせっかくおいしい料理ができても、空腹(Need)のお客樣にとってあまり価値(Value)がないだけでなく、お客樣はお金すら払いたくないかもしれません。テクノロジーも同じです。
 今後は顧客にどういったImpactを与えたいか、からスタートするようになることが必要です。競争があまりない場所では、高機能で優れた商品を作ることがImpactにつながっていたかもしれません。しかし現在では同業だけでなく、まったく畑違いの企業が脅威になる世界です。
 例えば情報技術業界の企業が自動運転車を作ったり、スマートフォンがデジタルカメラの代替となったりするように。この動きは今後どんどん加速し産業構造や社会を大きく変えていくでしょう。

―激しく状況が変化する中で日本がよりイノベーティブになるためには何が必要でしょうか。
 日本は考え方次第で大きく変わる可能性があります。まず、世界的にみて日本は教育水準が高い。そしてものごとに対して「改善する」というポジティブな国民性を皆さん持っています。さらに他国や他者の技術を取り入れ、改善してきた長い歴史があります。
 でも問題は「How to?」の部分です。1つ言えるのは、今の時代に合った「Motivation driver」を見つけることだと思います。例えば戦後から高度成長期はハングリー精神が強力なMotivation driverになっていました。しかし現在ではそれは通じなくなってきています。先日シリコンバレーで4,5人の起業家を目指す若者とディスカッションする機会がありました。非常に優秀な方々でしたが、「将来は日本に戻りますか」と聞くと「しばらくは戻らない」と言われてしまい、非常にもったいないなと感じました。

―日本でもそういったMotivation driverを作ろうという動きが各所でありますが、目立った成果が出ていないのが現状です。
 世界中で「我が国でも“シリコンバレー”を作ろう」というような取組みがされていますが、少し間違ったところがあるなと感じます。はじめの議論で言うと、「シリコンバレーを作ろう」というのは「Wish」ですね。なぜシリコンバレーを作りたいのか、を深掘りすることが必要です。
 シリコンバレーの大きな特徴の一つはダイバーシティです。さまざまな国や地域の人が集まっており、「当たり前」が当たり前でない状況なのです。日本でシリコンバレーのようなダイバーシティ環境を実現するのは難しいと思いますが、「日本的」なダイバーシティとは何か、を考え実現していくべきです。

―日本で「なぜスティーブ・ジョブズのような起業家が生まれないのか」というのはよく話題になりますね。
 日本でも盛田昭夫さんや松下幸之助さんのような起業家がいますが、彼らの時代のNeedと今の時代では変わっています。日本の今のNeedに合わせたMotivation driverを研究する必要があります。
 日本で昔から言われてきて、今世界でも注目されている「IKIGAI(生き甲斐・いきがい)」メソッド(※)もMotivation driverを考えるヒントになりそうです。Like、Can、Needs、Paidそれぞれの事象が重なる部分がIKIGAIです。このIKIGAIは個人にも、会社にも言えることだと思います。

(※)『Ikigai: The Japanese secret to a long and happy life』スペインのエクトル・ガルシア氏の著書で、世界的ベストセラーとなっている。
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
個人の趣味嗜好が多様化してきているように、若者にとってのMotivation driverも多様化しているように感じます。そして、すでに次世代のMotivation driverを見つけてエンジンをかけはじめている人もたくさんいると思います。彼らへの適切な支援がなければ、話にあったように、シリコンバレーなどに出て行って戻ってこない事態になりかねません。

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