ニュースイッチ

日本産業再生のヒントは手工芸品の特徴にあった!

慶応義塾大学教授/デザイン塾主宰・松岡由幸 著

使うにつれ価値が成長する。手工芸品に見られるこの特徴に、日本産業再生のヒントがある。

【手工芸品に学ぶ「極み」】

今からもう30年以上も前のこと。当時自動車開発に従事していた私は、自らの結婚式で次のような新郎のあいさつをした。「私たちが開発している車は、購入時が最も価値が高いようです。そして使用時間の経過とともに、残念ながら価値は徐々に下がっていきます。しかし、手工芸品には時の流れとともに価値が高まるものも多くあります。この結婚生活ではその手工芸品のように、時を経ることで2人の絆を深め、価値を高めていきたいと思います」。今思えば随分気恥ずかしいあいさつをしたものだが、結婚式の帰り道、女房殿には「いいこと言った」と褒めていただいた。

日本の手工芸品には使うにつれ、価値が高まるものが多い。例えば日本の美を代表する漆器は、酸化反応により時を経て徐々に硬化し丈夫になり、色つやも美しく変化することが知られている。豊橋筆、熊野筆などの日本の筆も使い込むほどに手になじみ、まるで生き物のように「成長」する。筆職人によれば使用する毛に対する目利き、毛の特性の引き出し方は長年の修練によるものらしく、独特の手業の世界がある。また、書道家からの依頼に応えて筆を作る際には書道家の手の力、動かし方をも考慮して作るという。使い手と作り手が対話してモノを作るという理想がここにあり、日本人の「極める」精神が生かされたモノづくりの一つの原点ともいえるのではないだろうか。

【社会の時間軸変化見る】

工業製品にも使えば使うほど機能性が高まり、愛着が増し、価値を高めていく方法はないものか。もしそれができれば資源・エネルギー問題、環境問題への貢献はもとより、使い捨ての社会からモノを長く大切に使う新たな精神価値社会へと転換できる一助になる。私はそう考え、長年車づくりに従事した。しかし、14年間の車づくりで、ついに実現しなかった。

ところがその後、大学に身を置き、モノづくりの方法論を研究することで、ようやくそのすべを見つけることができた。それを「タイムアクシスデザイン」と呼んでいる。手工芸品以外に使うにつれ価値が高まるモノは近年、工業製品にも存在する。例えば身近なスマートフォンやカーナビにおけるカスタマイズ、ロボットや人工知能(AI)による学習などだ。それらの工業製品や手工芸品における価値成長メカニズムをひもとくことで、そのすべが少しずつ見えてきた。それが時間軸に注目し、それを操作するタイムアクシスデザインである。

従来のモノづくりは空間(3次元)のモノをデザインしてきた。しかし、タイムアクシスデザインは、それに時間軸変化を加えた時空間(4次元)におけるモノのデザインだ。それによりモノとそれが使用される場(使用環境、使用者など)の関係を適正にする、あるいは適正に保つことを可能とする。さらには、使用者や社会の価値観変動にも対応する。この新たな方法論は世界に先駆け、すでにいくつかの人工物に適用されている。例えばモビリティーシステムにおいて、使えば使うほど燃費やバッテリー寿命が向上する成果を見せ始めている。今まさに使用段階で価値が成長する新たなモノづくりの方法論が生まれつつある。

【日本産業再生のヒント】

タイムアクシスデザインは、改良に改良を重ねるリデザインでもある。これは、日本人特有の誠実さと修練に基礎を置く「極める」精神に符合する。この「極める」精神は、時間軸変化を継続的にリデザインするタイムアクシスデザインを後押ししてくれるだろう。

今、日本のモノづくり産業は国際競争力低下という長いトンネルの中にいる。日本人特有の「極める」精神を活かし、時間軸をデザインする新たなパラダイムは、そのトンネルの先の一筋の光になるのではないだろうか。この新たなモノづくりの方法論を獲得することで、世界を先導する産業基盤を構築することを期待する。

【略歴】まつおか・よしゆき 79年(昭54)早大理工卒。博士(工学)。日産自動車を経て、96年慶大理工講師、03年教授。米イリノイ工科大デザイン研究所客員フェロー。日本デザイン学会会長、日本設計工学会副会長。山口県出身、64歳。
日刊工業新聞2019年12月2日

編集部のおすすめ