映画監督・是枝裕和が「真実」で示した五感の力

 今年のベネチア国際映画祭のコンペティション部門オープンニング作品に選ばれたのは、現在公開中の是枝裕和監督の国際共同製作作品『真実』だ。日本人監督がオープニングを飾ったのは史上初の快挙だ。

 昨年カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し世界の注目を集めた是枝監督が、新作に出演のカトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュに囲まれてレッドカーペットを歩く姿を目にした方もいるのではないだろうか。

 作品は、国民的大女優の母(ドヌーヴ)と女優を諦めて脚本家となった娘(ビノシュ)の確執と和解を描いたもので、是枝監督の得意とする家族の物語である。母国語でない言葉の映画を異国で撮影するという初めての試みで、脚本も監督が自ら担当した。

 映画作りにおいて、是枝監督は五感を大切にするという。とりわけ音については特に気を使うそうだ。それは、13年公開の『そして父になる』の中で、ピアノ音が効果的に使われていたように楽器の音であったり、料理のシーンでの野菜を刻む音であったりとさまざまだが、随所で私たちの心を揺さぶる。どの作品においても、特に料理のシーンは印象的だ。劇場のスクリーンから香りこそ伝わらないのだが、料理をする音が私たち観客の脳を刺激し、それぞれが記憶の中に持つその料理の匂いを思い出させる。

 音に限らず、五感に訴える緻密なデザインが映画作りの過程では行われており、それらが折り重なって映画を形作る。

 映画を見ている時に人は大きく感情を揺り動かされるが、これは視覚や聴覚から脳への伝達が行われて、人の記憶と結びつき感情を揺り動かすからだ。音楽を聴いた時や香水の匂いを嗅いだ時にも同様のことが起きる。これからのモノづくりにおいては、脳に働く五感の特性を理解し、デザインに落とし込むことがより求められるだろう。

 パリを舞台に繰り広げられる家族の物語は、たった7日間の出来事を追っている。母の館の紅葉は、秋という季節だけでなく、大女優の人生の晩年と移ろいゆく家族の形の象徴的役割を果たす。繊細な音楽とともに私たちの五感を喚起し、印象派の絵画を見た後のような余韻を与えてくれる。(西谷直子・三井デザインテック・コミュニケーション・エディター)

日刊工業新聞2019年10月18日

  

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