「釧網線」は維持できるか、JR北海道と地元が導く終着駅
“観光鉄道”が成否を握る
JR北海道は過疎化や高規格道路網整備を背景に、鉄道利用が減って厳しい経営環境にある。2016年には単独で維持が困難な線区を公表し、沿線自治体と協議に入った。その一つで、自然豊かな道東のローカル線「釧網線」では観光に鉄道を生かす路線維持策の検討が始まった。鉄道を生活の足だけではなく、観光客を誘致する仕掛けにできるか。“観光鉄道”の成否はJR北の経営再建と北海道の観光産業の今後を占うものになる。
人口が減少していく地域で鉄道を持続的に維持するには、観光客の利用に頼らざるを得ない。釧網線は、競合する高規格道路の整備計画は今のところなく、周遊観光のメーンルートとして優位にある。
ただ列車本数、接続するバス路線は少なく、オフシーズンになるとバスの運転本数は激減する。「空気を運ぶことが多い。生活圏と観光ルートを重ねられれば地域の足を維持できるのだが」と、弟子屈(てしかが)町観光商工課の浜岡英明課長補佐は話す。
中国や欧米からの個人旅行客はレンタカーで移動しない傾向が強く、一級の観光資源に恵まれながらもアクセスの悪さが客足を遠のけている。誘致増には、鉄道を軸とした2次交通の充実が欠かせない。
鉄道を生かした観光のカギを握るのはスマートフォンだ。MaaS(乗り物のサービス化)による情報と移動の連携で課題解決を狙う。島田修JR北海道社長は「点と点を線で結びつけ、さまざまな情報、予約と決済をスマホで行う。釧網線で面にしたい」と意気込む。
中核となる担い手は、自らで高速バスや鉄道を運行するWILLER(ウィラー、大阪市北区)だ。島田JR北社長は「餅は餅屋だ」と話し、ノウハウを持つ域外事業者の参画を歓迎する。
ウィラーは数年前から釧網線沿線の魅力を評価し、食を楽しみながら景勝地をめぐるレストランバスを走らせるなど観光活性化に取り組んできた。
8月にはMaaSアプリケーション(応用ソフト)を投入。スマホに表示された地図上で希望する観光や体験を選択して目的地を設定すると、自動で最適な移動を含む旅程を検索し、予約や決済をワンストップでできる。村瀬茂高ウィラー社長は「空白を埋める新たな交通サービスも必要だ」と話し、オンデマンド交通やパーソナルモビリティーの可能性も模索する。
沿線自治体も関心が高い。水谷洋一網走市長は「道東は、まさに観光の宝石箱。ただ、『どう行ったら良いのか』が大変だった。アプリで解決できれば、この地域の観光は変わる」と期待を寄せる。
釧路湿原を縦断する釧網線の顔となる観光列車がトロッコ風客車「くしろ湿原ノロッコ号」だ。今年運行から30周年を迎え、延べ乗車人員は200万人を達成した。
列車に乗って風を感じながら、各所で徐行し、タンチョウが飛来する広大な湿地帯、線路に並走する釧路川や岩保木(いわぼっき)水門を眺めることができる。地元紙の釧路新聞社の星匠社長は「湿原の東側は鉄道でなければ見られない景色だ」と紹介する。
オホーツク海沿岸を並走する釧網線では冬期限定の観光列車「流氷物語号」が走る。車内では地元ボランティア「MOTレール倶楽部」が観光案内を行っている。普段は小学校の校長をしている橋本雄一郞事務局長は「釧網線は海側に並行する道路がなく(流氷が広がるオホーツク海は)列車でこそ見られる風景」とアピールする。
20年夏には東急の観光列車「ザ・ロイヤルエクスプレス」が北海道で臨時運行を予定する。釧網線を経由し、知床斜里で下車して宿泊する行程だ。豪華クルーズ列車の走行で、沿線の知名度向上にも期待がかかる。
経済合理性だけを考えると釧網線維持のハードルは高い。JR北の元幹部は「ラムサール条約登録湿地の真ん中を通る、他にはない路線。絶対に廃線にしてはいけない。観光鉄道として活用できる」と見る一方、全線維持には否定的な見方を隠さない。「山越え(緑駅―川湯温泉駅間)の廃止は最も現実的な選択肢だ。利用は少なく、施設の老朽化で維持費がかかる。具体的に検討していた」と明かす。
オホーツクと釧路の両支庁管内を分ける峠周辺は急勾配で豪雪地帯。完成から約80年たつ釧北トンネルが分水嶺(れい)を貫く。同区間の定期利用者はほぼゼロ。網走から知床に至るオホーツク側と釧路から摩周、川湯温泉の釧路側は「文化・経済圏が大きく異なり、行き来する地元需要もほとんどない」(本松昭仁北海道清里町副町長)。
それでもJR北や沿線自治体は“ネットワーク維持”を念頭に、検討を進める方針だ。道東の周遊ルートとして釧網線が持つ潜在能力を探る考え。くしくもJR北が単独維持困難と示したことで、交流の希薄だった釧路・オホーツク双方の沿線自治体が同じテーブルで話し合う機会が生まれた。鉄道を観光活性化に役立てられるか。沿線の連携、協業は始まったばかりだ。
18年7月に国土交通省がJR北に監督命令を出した際、ある国交省関係者は「路線を維持するのであれば地元から思い切った提案が必要だ。例えば冬期に区間運休する発想などがあってもよい」と示唆した。
路線の維持は沿線自治体が、鉄道を活用した地域の将来像を描けるかにかかっている。JR北は集中改革期間を総括する23年度までに、今後の方向性をまとめなければならず、残された時間に余裕はない。
(取材・小林広幸)
<釧網線>
網走市と釧路市を結ぶ。全長166キロメートル。沿線には流氷で覆われるオホーツク海、世界自然遺産の知床、阿寒湖・摩周湖・川湯温泉を含む阿寒摩周国立公園や釧路湿原といった数多くの観光資源を抱える。一方で過疎化によって輸送密度は40年前に比べて5分の1程度に減った。湿地帯に敷かれた線路の維持管理のほか、シカ対策や除雪の対応など保守面も悩ましく、年約15億円の赤字が発生。車両の更新や土木構造物の修繕に今後20年で49億円が必要と試算される。>
2次交通の充実不可欠
人口が減少していく地域で鉄道を持続的に維持するには、観光客の利用に頼らざるを得ない。釧網線は、競合する高規格道路の整備計画は今のところなく、周遊観光のメーンルートとして優位にある。
ただ列車本数、接続するバス路線は少なく、オフシーズンになるとバスの運転本数は激減する。「空気を運ぶことが多い。生活圏と観光ルートを重ねられれば地域の足を維持できるのだが」と、弟子屈(てしかが)町観光商工課の浜岡英明課長補佐は話す。
中国や欧米からの個人旅行客はレンタカーで移動しない傾向が強く、一級の観光資源に恵まれながらもアクセスの悪さが客足を遠のけている。誘致増には、鉄道を軸とした2次交通の充実が欠かせない。
鉄道を生かした観光のカギを握るのはスマートフォンだ。MaaS(乗り物のサービス化)による情報と移動の連携で課題解決を狙う。島田修JR北海道社長は「点と点を線で結びつけ、さまざまな情報、予約と決済をスマホで行う。釧網線で面にしたい」と意気込む。
中核となる担い手は、自らで高速バスや鉄道を運行するWILLER(ウィラー、大阪市北区)だ。島田JR北社長は「餅は餅屋だ」と話し、ノウハウを持つ域外事業者の参画を歓迎する。
ウィラーは数年前から釧網線沿線の魅力を評価し、食を楽しみながら景勝地をめぐるレストランバスを走らせるなど観光活性化に取り組んできた。
8月にはMaaSアプリケーション(応用ソフト)を投入。スマホに表示された地図上で希望する観光や体験を選択して目的地を設定すると、自動で最適な移動を含む旅程を検索し、予約や決済をワンストップでできる。村瀬茂高ウィラー社長は「空白を埋める新たな交通サービスも必要だ」と話し、オンデマンド交通やパーソナルモビリティーの可能性も模索する。
沿線自治体も関心が高い。水谷洋一網走市長は「道東は、まさに観光の宝石箱。ただ、『どう行ったら良いのか』が大変だった。アプリで解決できれば、この地域の観光は変わる」と期待を寄せる。
「列車でこそ見られる風景」
釧路湿原を縦断する釧網線の顔となる観光列車がトロッコ風客車「くしろ湿原ノロッコ号」だ。今年運行から30周年を迎え、延べ乗車人員は200万人を達成した。
列車に乗って風を感じながら、各所で徐行し、タンチョウが飛来する広大な湿地帯、線路に並走する釧路川や岩保木(いわぼっき)水門を眺めることができる。地元紙の釧路新聞社の星匠社長は「湿原の東側は鉄道でなければ見られない景色だ」と紹介する。
オホーツク海沿岸を並走する釧網線では冬期限定の観光列車「流氷物語号」が走る。車内では地元ボランティア「MOTレール倶楽部」が観光案内を行っている。普段は小学校の校長をしている橋本雄一郞事務局長は「釧網線は海側に並行する道路がなく(流氷が広がるオホーツク海は)列車でこそ見られる風景」とアピールする。
20年夏には東急の観光列車「ザ・ロイヤルエクスプレス」が北海道で臨時運行を予定する。釧網線を経由し、知床斜里で下車して宿泊する行程だ。豪華クルーズ列車の走行で、沿線の知名度向上にも期待がかかる。
沿線自治体、将来像描けるか
経済合理性だけを考えると釧網線維持のハードルは高い。JR北の元幹部は「ラムサール条約登録湿地の真ん中を通る、他にはない路線。絶対に廃線にしてはいけない。観光鉄道として活用できる」と見る一方、全線維持には否定的な見方を隠さない。「山越え(緑駅―川湯温泉駅間)の廃止は最も現実的な選択肢だ。利用は少なく、施設の老朽化で維持費がかかる。具体的に検討していた」と明かす。
オホーツクと釧路の両支庁管内を分ける峠周辺は急勾配で豪雪地帯。完成から約80年たつ釧北トンネルが分水嶺(れい)を貫く。同区間の定期利用者はほぼゼロ。網走から知床に至るオホーツク側と釧路から摩周、川湯温泉の釧路側は「文化・経済圏が大きく異なり、行き来する地元需要もほとんどない」(本松昭仁北海道清里町副町長)。
それでもJR北や沿線自治体は“ネットワーク維持”を念頭に、検討を進める方針だ。道東の周遊ルートとして釧網線が持つ潜在能力を探る考え。くしくもJR北が単独維持困難と示したことで、交流の希薄だった釧路・オホーツク双方の沿線自治体が同じテーブルで話し合う機会が生まれた。鉄道を観光活性化に役立てられるか。沿線の連携、協業は始まったばかりだ。
18年7月に国土交通省がJR北に監督命令を出した際、ある国交省関係者は「路線を維持するのであれば地元から思い切った提案が必要だ。例えば冬期に区間運休する発想などがあってもよい」と示唆した。
路線の維持は沿線自治体が、鉄道を活用した地域の将来像を描けるかにかかっている。JR北は集中改革期間を総括する23年度までに、今後の方向性をまとめなければならず、残された時間に余裕はない。
(取材・小林広幸)
網走市と釧路市を結ぶ。全長166キロメートル。沿線には流氷で覆われるオホーツク海、世界自然遺産の知床、阿寒湖・摩周湖・川湯温泉を含む阿寒摩周国立公園や釧路湿原といった数多くの観光資源を抱える。一方で過疎化によって輸送密度は40年前に比べて5分の1程度に減った。湿地帯に敷かれた線路の維持管理のほか、シカ対策や除雪の対応など保守面も悩ましく、年約15億円の赤字が発生。車両の更新や土木構造物の修繕に今後20年で49億円が必要と試算される。>
日刊工業新聞2019年9月30日