かつては漢方薬だった…真夏の紫外線に耐えるトンボの機能

著・産総研生物プロセス研究部門 主任研究員 二橋亮氏

昆虫の多様性


 これまでに名前のつけられた地球上の生物の半分以上が昆虫である。昆虫は、砂漠や高山など多様な環境に適応しており、未解明の生命現象や未活用の遺伝子資源の宝庫といえよう。実際に昆虫の持つさまざまな能力が医療応用や塗装技術、イメージングなどの分野で注目されているが、現時点で研究対象とされているのは、ごく一部の種のみである。

ワックスで予防


 シオカラトンボは、日本で最も普通に見られるトンボの一種で、小学校のプールなど開放的な水辺に生息する。シオカラトンボの成虫は、最初は麦わら色だが、オスは成熟すると全身に白っぽいワックスをまとい、日差しの強い水辺でメスを待つ。産業技術総合研究所(産総研)が、浜松医科大学、名古屋工業大学、東京農業大学などと共同で、そのワックスを同定したところ、極長鎖メチルケトンと極長鎖アルデヒドという他の生物からはほとんど検出されない物質が主成分と判明した。

 また、ワックスの主成分を合成して再結晶化させると、大きな紫外線反射率と撥水(はっすい)性が実現した。シオカラトンボなど一部のトンボは、紫外線を反射する特殊なワックスで日差しに含まれる紫外線から身を守っているようである。

酸化ストレス減


 真夏の水辺では、シオカラトンボとともに、全身が真っ赤になるショウジョウトンボがよく見られる。赤くなるトンボは、「アカトンボ」という総称で呼ばれているが、いずれも最初は黄色い体色をしている。アカトンボの仲間は、成熟するとオスが鮮やかな赤色に変化するが、その赤色色素の正体は長らく不明であった。

 産総研はアカトンボの色素を解析し、オモクローム色素の還元反応によって体色が黄色から赤色に変化することを発見した。酸化還元反応による体色変化の報告は、動物では初めてである。赤くなった細胞は、還元型色素が蓄積しているので抗酸化状態となっており、アカトンボの赤い体色には相手の認識や体温調節に加えて、紫外線による酸化ストレスの軽減という役割もあるかもしれない。

 アカトンボやシオカラトンボは、かつて漢方薬として利用されていたが、ユニークな方法で「抗酸化能」や「紫外線反射能」を獲得していることが判明した。トンボの色素やワックスは、安全性の評価や安価な合成法の開発など課題は多いが、生物由来の新素材として活用できる可能性を秘めているように思われる。

◇産総研生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ主任研究員 二橋亮
富山県出身。2009年に産総研入所。昆虫の形態・色彩・構造に着目して、分子生物学から進化生態学まで幅広い視点からの研究を目指している。幼少の頃からトンボが最も好きで、著書(共著)に「日本のトンボ(文一総合出版)」「ぜんぶわかる!トンボ(ポプラ社)」などがある。

日刊工業新聞2019年8月22日

  

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