あのトラウマをもう一度!伝説の怪奇漫画家が絵本の世界へ
『ようかい でるでるばあ!!』(絵:日野日出志・著:寺井広樹)
知る人ぞ知る、あの伝説の怪奇漫画家・日野日出志氏が73歳にして初めて絵本作家に挑戦した。1960年代から90年代にかけて漫画雑誌『ガロ』『少年画報』『少年サンデー』を中心に、『蔵六の奇病』『地獄変』『毒虫小僧』など数々の名作を残し、読者に数々のトラウマを植え付けてきた日野氏。“怪奇と叙情”をテーマに描かれた作品は、どれもおどろおどろしい描写でありながら、主人公の悲哀を描くストーリーには誰しもが共感を覚えたはずだ。そんな怪奇漫画の世界から一転、15年ぶりの新作は絵本だという。制作に至った動機や、新しい試みに対する想いを聞いた。(文・梶田麻実)
―この作品では、怪奇漫画家から一転し、絵本作家への挑戦になります。
もともと民話や童話が好きで、絵本をつくりたい気持ちがあった。自分が本来やりたかったことを思い出したような感覚がある。
―73歳にして15年ぶりの新作に至ったわけは。
2018年にツイッターを始めてすぐ、コメントや『いいね』がつき、反応の早さに面白さを感じた。投稿内容を考え、毎日アイデアを思い浮かべていたことが、創作意欲につながったように思う。ツイッターを通して制作過程の反応を知れたのは初めての経験で、『新作楽しみにしています』などと、フォロワーに背中を押されたところもある。
―制作を通じてこだわったことは。
絵本を開くと次々と妖怪が出てくる構成で、妖怪ごとに色味を変えて世界観を出した。狂言回しのようなキャラクターや、漫画のキャラクターを登場させる遊びを入れたりもした。所々に出る中指と薬指を曲げる手のポーズは、漫画家の杉浦茂先生へのオマージュとなっている。
幼いころから杉浦先生の作品に強く影響を受け、ギャグ漫画ばかり描いており、かわいらしい絵が自分のDNAに刻まれていた。漫画家を目指しはじめたが、赤塚不二夫先生の作品を見てとてもかなわないとギャグ漫画の世界を諦めた。
自分のポジションを探して7年でようやく怪奇漫画にたどり着いたものの、気を抜くと絵がかわいらしくなる。そのため、一生懸命怖くなるように努力して絵を描いていた。それがいつの間にか逆転し、絵本では怖くなりすぎないような絵を描くことに苦労するようになった。
―絵本はカラーですが、どのように描きましたか。
デジタルで色付けした後、プリントアウトし、後から手書きで水彩の色味を足している。木のざらついた感じなど、デジタルだけでは表現できないところがあり、手書きを残すという部分は自分のなかで変わらないもの。
―漫画作品では、モノクロのなかでも色を感じさせる表現が多く使われています。
『蔵六の奇病』の主人公である蔵六は、絵を描きたいが色が手に入らない、という設定にした。自分が幼い頃、親がクレヨンを買ってきてくれることになり、寝ないで楽しみに待っていると、6色しかない小さなクレヨンを渡されてショックを受けたことがあった。その頃の経験がトラウマのように残っていて、色に対する想いを蔵六にのせた。自身の経験は作品の中に自然に入っていく。この作品を描いたことで、色の表現方法に触れ、モノクロのなかでも色を感じさせる方法を探した。自分の描く絵に対し、影を加えたりバランスを崩していくことで奇妙な世界ができ、更に色への想いを作品に込めたことで、もう一つ世界が広がったような気がしている。
―創作をするうえで大切なことは。
ワンポイントは、自分の世界観を持てるかどうか。上手下手ではなく、自分の技術と作品の世界観が合致するところを探す。ギャグ漫画、時代劇、学園モノ、ロボット、4コマ、と色々試して7年かけてようやく怪奇漫画の世界に辿り着いた。なにより、自分のポジショニングを探し続けることが重要だ。
作品を作る際、ホラー作品ではモンスターを怖がる主人公に感情移入することが多いが、逆に怖がられているモンスター側はどんな気持ちなのだろう、という点に着目してきた。人間は誰しも「なぜ生まれたのか」と考えるときがあるだろうが、それを追求したのがフランケンシュタインやドラキュラ、狼男のような作品。怖がられる側が持つ悲しみのような部分にスポットを当てたい気持ちがあり、“怪奇と叙情”の世界観を作り上げていった。
―新しいことに挑戦する怖さはありますか。
どんなものでも、作品を発表すること自体にリスクを感じている。発表したら最後、自分の手元には戻らない。作品を編集者に渡してから、本当にこれでよかったのかと思う気持ちは、デビューしてから今もずっと変わらず、常に賭けの気持ちがある。
―15年間のブランクを経て感じることは。
デジタルの時代となり、インターネット上では、50年前に描いた作品も最新の作品も同じところに並ぶ。露出することで認められる世界であり、紙で刷ったものは絶版になってしまう自分のようなタイプには、デジタルのほうが合っているかもしれない。
ホームページやツイッターで発信することによって、若い人たちに作品を見てもらえる機会が増えたこともうれしく感じている。
―作品を通して伝えたいことは。
子どもたちや若い人は、どんな状況でも自分の存在を否定しないでほしいという思いがある。物事は考え方一つで変わる。確かにしんどいこともあるが、1度しかない人生の中で、恐れずに自分の好きなことをやってもらいたい。漫画家として50年以上のキャリアがあるが、絵本の世界はまた別もの。そんな自分でも頑張れるのだから、多くの人たちが頑張れるはずだ。
『ようかい でるでるばあ!!』絵:日野日出志・著:寺井広樹/彩図社/2019年
日野日出志氏(ひの・ひでし)
怪奇漫画家・大阪芸大芸術学部教授。67年(昭42)にデビュー後、漫画雑誌『ガロ』『少年画報』『少年サンデー』を中心に、『蔵六の奇病』『地獄変』『毒虫小僧』など、数々の代表作を残す。旧満州チチハル市出身、73歳。
15年ぶりの新作は妖怪絵本
―この作品では、怪奇漫画家から一転し、絵本作家への挑戦になります。
もともと民話や童話が好きで、絵本をつくりたい気持ちがあった。自分が本来やりたかったことを思い出したような感覚がある。
―73歳にして15年ぶりの新作に至ったわけは。
2018年にツイッターを始めてすぐ、コメントや『いいね』がつき、反応の早さに面白さを感じた。投稿内容を考え、毎日アイデアを思い浮かべていたことが、創作意欲につながったように思う。ツイッターを通して制作過程の反応を知れたのは初めての経験で、『新作楽しみにしています』などと、フォロワーに背中を押されたところもある。
妖怪ごとに色味、世界観出す
―制作を通じてこだわったことは。
絵本を開くと次々と妖怪が出てくる構成で、妖怪ごとに色味を変えて世界観を出した。狂言回しのようなキャラクターや、漫画のキャラクターを登場させる遊びを入れたりもした。所々に出る中指と薬指を曲げる手のポーズは、漫画家の杉浦茂先生へのオマージュとなっている。
幼いころから杉浦先生の作品に強く影響を受け、ギャグ漫画ばかり描いており、かわいらしい絵が自分のDNAに刻まれていた。漫画家を目指しはじめたが、赤塚不二夫先生の作品を見てとてもかなわないとギャグ漫画の世界を諦めた。
自分のポジションを探して7年でようやく怪奇漫画にたどり着いたものの、気を抜くと絵がかわいらしくなる。そのため、一生懸命怖くなるように努力して絵を描いていた。それがいつの間にか逆転し、絵本では怖くなりすぎないような絵を描くことに苦労するようになった。
―絵本はカラーですが、どのように描きましたか。
デジタルで色付けした後、プリントアウトし、後から手書きで水彩の色味を足している。木のざらついた感じなど、デジタルだけでは表現できないところがあり、手書きを残すという部分は自分のなかで変わらないもの。
―漫画作品では、モノクロのなかでも色を感じさせる表現が多く使われています。
『蔵六の奇病』の主人公である蔵六は、絵を描きたいが色が手に入らない、という設定にした。自分が幼い頃、親がクレヨンを買ってきてくれることになり、寝ないで楽しみに待っていると、6色しかない小さなクレヨンを渡されてショックを受けたことがあった。その頃の経験がトラウマのように残っていて、色に対する想いを蔵六にのせた。自身の経験は作品の中に自然に入っていく。この作品を描いたことで、色の表現方法に触れ、モノクロのなかでも色を感じさせる方法を探した。自分の描く絵に対し、影を加えたりバランスを崩していくことで奇妙な世界ができ、更に色への想いを作品に込めたことで、もう一つ世界が広がったような気がしている。
―創作をするうえで大切なことは。
ワンポイントは、自分の世界観を持てるかどうか。上手下手ではなく、自分の技術と作品の世界観が合致するところを探す。ギャグ漫画、時代劇、学園モノ、ロボット、4コマ、と色々試して7年かけてようやく怪奇漫画の世界に辿り着いた。なにより、自分のポジショニングを探し続けることが重要だ。
作品を作る際、ホラー作品ではモンスターを怖がる主人公に感情移入することが多いが、逆に怖がられているモンスター側はどんな気持ちなのだろう、という点に着目してきた。人間は誰しも「なぜ生まれたのか」と考えるときがあるだろうが、それを追求したのがフランケンシュタインやドラキュラ、狼男のような作品。怖がられる側が持つ悲しみのような部分にスポットを当てたい気持ちがあり、“怪奇と叙情”の世界観を作り上げていった。
常に賭けの気持ち
―新しいことに挑戦する怖さはありますか。
どんなものでも、作品を発表すること自体にリスクを感じている。発表したら最後、自分の手元には戻らない。作品を編集者に渡してから、本当にこれでよかったのかと思う気持ちは、デビューしてから今もずっと変わらず、常に賭けの気持ちがある。
―15年間のブランクを経て感じることは。
デジタルの時代となり、インターネット上では、50年前に描いた作品も最新の作品も同じところに並ぶ。露出することで認められる世界であり、紙で刷ったものは絶版になってしまう自分のようなタイプには、デジタルのほうが合っているかもしれない。
ホームページやツイッターで発信することによって、若い人たちに作品を見てもらえる機会が増えたこともうれしく感じている。
―作品を通して伝えたいことは。
子どもたちや若い人は、どんな状況でも自分の存在を否定しないでほしいという思いがある。物事は考え方一つで変わる。確かにしんどいこともあるが、1度しかない人生の中で、恐れずに自分の好きなことをやってもらいたい。漫画家として50年以上のキャリアがあるが、絵本の世界はまた別もの。そんな自分でも頑張れるのだから、多くの人たちが頑張れるはずだ。
『ようかい でるでるばあ!!』絵:日野日出志・著:寺井広樹/彩図社/2019年
日野日出志氏(ひの・ひでし)
怪奇漫画家・大阪芸大芸術学部教授。67年(昭42)にデビュー後、漫画雑誌『ガロ』『少年画報』『少年サンデー』を中心に、『蔵六の奇病』『地獄変』『毒虫小僧』など、数々の代表作を残す。旧満州チチハル市出身、73歳。