薬局や結婚相談所…後継者不足の中小を個人M&Aで引き継いだ人たち
「個人が会社をM&A」という手法に7割以上が「興味あり」
後継者の不在などで中小企業の廃業が進むことが懸念される中、個人がM&A(合併・買収)によって経営を引き継ぐ事例が相次いでいる。個人で手の届く金額で企業を購入できるようになってきたことも大きい。M&Aで独立や起業が実現できるメリットもある。一方で、安易な姿勢では経営がたちまち行き詰まる怖さもある。そこで個人が事業承継した2件の事例を見ながら個人によるM&Aの可能性を探った。(文=編集委員・渡部敦)
「学生時代から起業したいと思っていた。M&Aという手段があることは同じ独立を目指していた薬剤師から聞き、興味を持った」と、JR川口駅近くで調剤薬局「ブレイブ薬局川口店」を経営するスマイリンク(埼玉県川口市)の西智行社長は語る。7月に同薬局をM&Aで取得して3年が経過した。
薬科大学を卒業後、大手製薬メーカーに入社。医薬情報担当者(MR)として3年間勤務した。薬剤師の免許を持っていたが、実務経験がなかったため薬局経営で独立する前に同業で修行した。M&Aするにあたって出店地域を絞らず、入手できそうな案件を選んで現在の店舗に決めた。
ただ、赤字が続いていたため固定費を抑える必要があった。そこでパートを雇うほか、近隣の医療機関を営業するなど収益改善を目指した。また店舗から半径16キロメートル圏内を対象とした高齢者施設、個人宅などへの薬剤師訪問サービスを実施。外出できない高齢者や自宅での薬剤管理に苦労している患者を薬剤師がサポートする。
このほか、店内で子育て世代の母親らを対象としたイベント「ママゼミ」も開く。こうした努力の結果、引き継ぎ前と比べ売上高は3倍以上になった。今月1日には県内で隣接する蕨市に薬剤師訪問サービスを行う店舗を開業した。11月には都内に3店舗を出店する予定だ。
ある程度売り上げがある状況でのM&Aによる起業は「リスクが低いため決心しやすかった」(西社長)と振り返る。一方で、経営者として持続可能な会社とするため「売り上げを積み上げていく強い意志が必要だ」(同)と訴える。
「一度の人生なので自分の責任で何かやってみたい」。M&Aで結婚情報サービスのパートナー(神奈川県大和市)を引き継いだ高橋俊哉社長は起業を考えていた当時の心境を語った。大手印刷会社に長年勤務し、定年を前にセカンドキャリアを模索。17年春に「神奈川県シニア起業スクール」に参加し、「ユーザーがダイレクトに喜んでもらえる仕事がしたい」と思うようになった。
そこで結婚相談所に着目。晩婚化や結婚しない人が増える中、結婚を後押しすることで「人のために役立ちたい」(高橋社長)と思った。当初は妻が代表で個人事業主として運営していたが、シニア起業スクールの終了時に案内された神奈川県の「事業引継ぎ支援センター」に結婚相談所の譲渡案件を探してくれるように依頼した。
その結果、千葉県の同センターに持ち込まれたパートナーを譲渡する相談が持ち込まれた。前オーナーの引退意向があり、M&A仲介会社が入って話し合いが行われ、社員全員の雇用を維持することなどを条件にM&Aが成立した。現在、結婚を希望する男女の登録データの活用とカウンセラーが相談者に寄り添うことで結婚の実績を上げている。
今後は婚活イベントなどを積極化する方針だ。M&Aにあたって「成約するまでは社員と話すこともできなかった」(同)。それが事業承継後のリスクになる可能性もあるが、「何か自分で挑戦しようと思えばリスクはつきもの。どこまで情熱を持ってやれるかに尽きる」(同)と強調する。
このように個人によるM&Aは起業やセカンドキャリアを実現できるといった利点がある。ただ、リスクが比較的低いとはいえ、安易な考えでは失敗を招く。M&Aで経営を引き継いだ2人は手段としてM&Aの手法を活用したものの、あくまでも経営のビジョンを持ち、事前の準備や取得後の経営努力を怠らなかったことで事業を軌道に乗せつつある。
事業承継M&A仲介の経営承継支援(東京都千代田区)が20―50代のビジネスパーソン男女400人を対象に実施した「独立・起業に関する意識調査」では「個人が会社をM&A」という手法に7割以上が「興味あり」と回答した。一方で、実務プロセスや実務を知っている人は2割程度にとどまった。事前の準備と相まってM&A案件探しや交渉などは専門家のサポートが必要であることが調査結果からうかがわれた。
職業の多様化や働き方改革によって個人によるM&Aが活発化している。個人によるM&Aのメリット、デメリットについて中小企業のM&A仲介を手がける経営承継支援(東京都千代田区)の笹川敏幸社長に聞いた。
―実際に個人のM&Aは増えていますか。
「当社が創業した2015年頃から少しずつ増えてきたという実感がある。年間売上高5000万円程度の企業をM&Aで取得したいという相談が増えている。サービスや店舗経営に関する相談が目立つ。M&Aが浸透してきたことが大きい」
―増えてきた要因は何だと思いますか。
「跡継ぎがいない中小企業が増えている。一方で、働き方改革が言われる中、サラリーマンも副業や起業を求める意識が出てきた。そうした流れの中で個人がM&Aを検討するようになってきた」
―個人で会社を買うリスクはあります。
「事業をやっていくことは並大抵のことではない。資金繰り、取引先、従業員などへの目配りが必要だ。マルチタスク(複数の仕事の同時並行処理)でなければいけない。そういう覚悟や情熱がなければ厳しい」
―個人のM&Aを促進するために必要なことは何でしょうか。
「M&Aについて助言してくれる窓口が圧倒的に少ない。都道府県に『事業引継ぎ支援センター』があるが、助言機能がある拠点は大都市に多い。助言の窓口をもっと増やせば成立案件も増える。このほか個人への啓発も必要だ」
薬局経営で起業実現 低リスクで決心しやすく
「学生時代から起業したいと思っていた。M&Aという手段があることは同じ独立を目指していた薬剤師から聞き、興味を持った」と、JR川口駅近くで調剤薬局「ブレイブ薬局川口店」を経営するスマイリンク(埼玉県川口市)の西智行社長は語る。7月に同薬局をM&Aで取得して3年が経過した。
薬科大学を卒業後、大手製薬メーカーに入社。医薬情報担当者(MR)として3年間勤務した。薬剤師の免許を持っていたが、実務経験がなかったため薬局経営で独立する前に同業で修行した。M&Aするにあたって出店地域を絞らず、入手できそうな案件を選んで現在の店舗に決めた。
ただ、赤字が続いていたため固定費を抑える必要があった。そこでパートを雇うほか、近隣の医療機関を営業するなど収益改善を目指した。また店舗から半径16キロメートル圏内を対象とした高齢者施設、個人宅などへの薬剤師訪問サービスを実施。外出できない高齢者や自宅での薬剤管理に苦労している患者を薬剤師がサポートする。
このほか、店内で子育て世代の母親らを対象としたイベント「ママゼミ」も開く。こうした努力の結果、引き継ぎ前と比べ売上高は3倍以上になった。今月1日には県内で隣接する蕨市に薬剤師訪問サービスを行う店舗を開業した。11月には都内に3店舗を出店する予定だ。
ある程度売り上げがある状況でのM&Aによる起業は「リスクが低いため決心しやすかった」(西社長)と振り返る。一方で、経営者として持続可能な会社とするため「売り上げを積み上げていく強い意志が必要だ」(同)と訴える。
結婚相談所でセカンドキャリア 仲介専門家がサポート、円滑譲渡
「一度の人生なので自分の責任で何かやってみたい」。M&Aで結婚情報サービスのパートナー(神奈川県大和市)を引き継いだ高橋俊哉社長は起業を考えていた当時の心境を語った。大手印刷会社に長年勤務し、定年を前にセカンドキャリアを模索。17年春に「神奈川県シニア起業スクール」に参加し、「ユーザーがダイレクトに喜んでもらえる仕事がしたい」と思うようになった。
そこで結婚相談所に着目。晩婚化や結婚しない人が増える中、結婚を後押しすることで「人のために役立ちたい」(高橋社長)と思った。当初は妻が代表で個人事業主として運営していたが、シニア起業スクールの終了時に案内された神奈川県の「事業引継ぎ支援センター」に結婚相談所の譲渡案件を探してくれるように依頼した。
その結果、千葉県の同センターに持ち込まれたパートナーを譲渡する相談が持ち込まれた。前オーナーの引退意向があり、M&A仲介会社が入って話し合いが行われ、社員全員の雇用を維持することなどを条件にM&Aが成立した。現在、結婚を希望する男女の登録データの活用とカウンセラーが相談者に寄り添うことで結婚の実績を上げている。
今後は婚活イベントなどを積極化する方針だ。M&Aにあたって「成約するまでは社員と話すこともできなかった」(同)。それが事業承継後のリスクになる可能性もあるが、「何か自分で挑戦しようと思えばリスクはつきもの。どこまで情熱を持ってやれるかに尽きる」(同)と強調する。
このように個人によるM&Aは起業やセカンドキャリアを実現できるといった利点がある。ただ、リスクが比較的低いとはいえ、安易な考えでは失敗を招く。M&Aで経営を引き継いだ2人は手段としてM&Aの手法を活用したものの、あくまでも経営のビジョンを持ち、事前の準備や取得後の経営努力を怠らなかったことで事業を軌道に乗せつつある。
事業承継M&A仲介の経営承継支援(東京都千代田区)が20―50代のビジネスパーソン男女400人を対象に実施した「独立・起業に関する意識調査」では「個人が会社をM&A」という手法に7割以上が「興味あり」と回答した。一方で、実務プロセスや実務を知っている人は2割程度にとどまった。事前の準備と相まってM&A案件探しや交渉などは専門家のサポートが必要であることが調査結果からうかがわれた。
インタビュー/経営承継支援社長・笹川敏幸氏 経営者の覚悟・情熱が必要
職業の多様化や働き方改革によって個人によるM&Aが活発化している。個人によるM&Aのメリット、デメリットについて中小企業のM&A仲介を手がける経営承継支援(東京都千代田区)の笹川敏幸社長に聞いた。
―実際に個人のM&Aは増えていますか。
「当社が創業した2015年頃から少しずつ増えてきたという実感がある。年間売上高5000万円程度の企業をM&Aで取得したいという相談が増えている。サービスや店舗経営に関する相談が目立つ。M&Aが浸透してきたことが大きい」
―増えてきた要因は何だと思いますか。
「跡継ぎがいない中小企業が増えている。一方で、働き方改革が言われる中、サラリーマンも副業や起業を求める意識が出てきた。そうした流れの中で個人がM&Aを検討するようになってきた」
―個人で会社を買うリスクはあります。
「事業をやっていくことは並大抵のことではない。資金繰り、取引先、従業員などへの目配りが必要だ。マルチタスク(複数の仕事の同時並行処理)でなければいけない。そういう覚悟や情熱がなければ厳しい」
―個人のM&Aを促進するために必要なことは何でしょうか。
「M&Aについて助言してくれる窓口が圧倒的に少ない。都道府県に『事業引継ぎ支援センター』があるが、助言機能がある拠点は大都市に多い。助言の窓口をもっと増やせば成立案件も増える。このほか個人への啓発も必要だ」
日刊工業新聞2019年8月12日