日本の将来に関わる重要課題…政府が就職氷河期支援室
正規雇用者を3年間で30万人増やす
政府は31日、東京・永田町の中央合同庁舎8号館に、30代半ばから40代半ばにかけた「就職氷河期世代」の就職を支援する「就職氷河期世代支援推進室」を設置した。
訓示式で、茂木敏充全世代型社会保障改革担当相(写真)は「日本の将来にかかわる重要課題で、政府一丸となって取り組む。民間ノウハウの積極活用など、これまでのやり方にとらわれない取り組みに期待したい」と、関係9府省の事務次官や幹部ら約40人を前に激励した。
政府の経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」は、就職氷河期世代の正規雇用者を3年間で30万人増やす目標を掲げる。内需を支える所得向上策の一環でもあり、各種教育・訓練や相談対応などを展開する。
平成不況のあおりを受けた「就職氷河期世代」の苦境が世代問題として顕在化してきた。40歳前後という働き盛りにもかかわらず、男性社員のうち非正規は10%近くを占め、給与額は前後の世代に比べて低い傾向にある。このまま年を重ねれば社会保障制度を圧迫しかねないリスクにもなり、行政に一層の対策を求める声が上がり始めた。氷河期世代の苦境を改善する手だてはあるのか。
就職氷河期世代:バブル経済崩壊後の超就職難だった93―05年頃に学校を卒業した世代を指す。正社員の就職先が少なく、非正規雇用などで職を転々とする人が多く出た。「ロスト・ジェネレーション(ロスジェネ)」とも呼ばれる。70年代前半に生まれた「団塊ジュニア」を含むため、総人口の約2割を占めている。>
「社会がつくった就職氷河期世代に処方箋を出していくことは大事ではないか」―。2018年6月の総務省会議室。高齢者人口がピークを迎える2040年頃の自治体行政のあり方を議論する研究会に参加した委員は、そう指摘した。
研究会では氷河期世代の給与が前後の世代に比べて低い傾向にあることのほか、就業希望の無業者や長期失業者が30万人を超える実態を提示した。氷河期世代の苦境は、超就職難から20年ほどが経過した今も続いており、深刻な世代問題であることが改めて浮き彫りになった。研究会が同7月にまとめた報告では、経済的に自立することのできない氷河期世代の高齢化を40年頃にかけての危機とし、対策の必要性を訴えた。
氷河期世代はバブル経済が崩壊し、景気が極度に落ち込んだ90年代半ばから00年代前半に社会へと出た。企業はこの頃、人件費の削減を目的に新卒採用の枠を絞った。その結果、大卒就職率は50%台まで低下。正社員としての就職は難しくなり、非正規の職に就く人も増えた。
産業構造の変化も非正規を増やす要因になったとされる。リクルートワークス研究所の豊田義博主幹研究員は「雇用ポートフォリオの7‐8割を非正規が占めるサービス産業が急拡大し、非正規の需要が増えた」と指摘する。
例え正社員の職に就いたとしても苦境は続いた。不況下での労働環境は劣悪になりがちだった。厚生労働省が所管する労働政策研究・研修機構(JILPT)の小杉礼子研究顧問は「(長時間労働など)今のブラック労働に通ずる環境があった。不本意な就職も多く、意欲が低くて正社員でも短期で退職してしまうケースが少なくなかった」と説明する。
氷河期世代が生まれたのは不況のせいだけではない。日本企業に根付く「新卒一括採用」も背景にあり、初期のキャリアでつまずくと挽回は難しい。00年代後半には景気回復を受けて非正規から正社員への転換が進んだが、「取り残された人がいた。特に30代中盤になっていた人には厳しい局面が続いた」(小杉研究顧問)。氷河期世代の無業者の多さはこうした環境が生み出した。給与の低さは大企業への就職率の低さや非正規雇用を重ねた人が多いことなどが要因と見られる。
氷河期世代の苦境を改善するには今以上の政策支援が求められる。特に無業者や長期失業者には、もはや就労支援だけでは足りない段階という。JILPTの小杉研究顧問は「長期に安定して就労できなかった人は精神面が苦しい状況に置かれたケースもある。親の介護に直面している場合もあり、福祉政策との連携が必要」と指摘する。
具体的には、国の「地域若者サポートステーション」による就労支援と、自治体の家賃補助といった自立支援を一体で提供できる体制作りなどが想定される。
給与の低さも問題だ。人事コンサルタントのベクトル(東京都千代田区)の秋山輝之副社長は「一般的に、60歳以降の再雇用時は給与が4割くらい少ない。氷河期世代は世帯貯蓄や金融資産の保有率が上の世代より低い傾向にある。同様のルールでは氷河期世代が60歳を超えたときに生活が苦しくなり、社会保障制度のリスクになる」と主張する。その上で「(氷河期世代が60歳を迎える前に)例えば50代の給与を抑えて60歳以降の給与を上げるような給与資源の再配分を検討すべきだ」と力を込める。
また、三菱総合研究所(同千代田区)の奥村隆一シニアリサーチプロフェッショナルは、氷河期世代の給与の低さの要因の一つとして「キャリア初期に非正規として特定の事務作業などばかり任されてきたため、人的資本を高められなかったことがある」と分析する。このため「人的資本を高める学びの支援が大事だ。例えば副業を行う氷河期世代の就業者に対し、企業を通じて国が支援する仕組みがあるとよい」と提案する。
NIRA総合研究開発機構は08年発表の研究報告書「就職氷河期世代のきわどさ」の中で「氷河期世代がこのまま高齢化すると、生活保護に必要な追加支出は20兆円程度」と指摘していた。それから10年が経過したが、問題は改善どころか悪化しているという声が上がる。氷河期世代を長く取材するジャーナリストの小林美希さんは「氷河期世代の中には正社員を目指して努力していたが、報われないまま年を取り、あきらめの気持ちを抱く人たちが出てきている。彼らの苦境は深刻さを増している」と警笛を鳴らす。対策が急がれる。
新卒一括採用は氷河期世代の苦境の端緒になった。一方で、諸外国に比べて若年失業率を低くしているなどの利点もある。このため、今後の採用のあり方を考える中でも「新卒一括採用を残すべきだ」と指摘する識者は多い。その上で、他の採用方法を豊かにして柔軟な採用市場を創造する必要性が指摘される。
JILPTの小杉研究顧問は「(新卒・既卒や年齢にこだわらず空いたポストに対して採用する欧米で主流の)ジョブ型雇用を一部の専門職に導入することで採用の柔軟性を生むことができる」と提案する。ベクトルの秋山副社長は「大学や従業員などからの推薦が活発になるとよい」と指摘する。
新卒一括採用の安定した運用の重要性を指摘する意見もある。リクルートワークス研究所の古屋星斗研究員は「(新卒一括採用などによって)企業は次世代を担う人材を継続して採用する必要がある。多くの製造業は現在、40歳前後の管理職を中途で採用しようとしている。自社で育てられなかったからだ。製造現場では不正が頻発しているが、現場を管理できる人材を育てられなかった弊害かもしれない」と推察する。
経団連は18年10月、採用面接の解禁日などを定めた独自の「就活ルール」を21年春入社から廃止することを決めた。海外展開する企業などで優秀な外国の学生らを中途で通年採用する方式が増えていることなどが背景にある。これに伴い、新卒一括採用を見直す動きが広がる可能性がある。
就職氷河期は採用方法が急激に変わる転換点でもあった。リクルートワークス研究所の豊田主幹研究員は「高度成長期が終わり、企業は新しい商品やサービスを発想する『ゼロイチ』の力を持つ人材を求める中で、学生にビジョンや主体性を問うようになった」と指摘。その上で「それまでは本人に学力や聞き分けの良さがあれば、就職後に会社のナレッジを身につけて戦力になればよいという考え方だった。この変化によって大学推薦の入り口が縮小し、公募に大きく比重が移るなど、市場の在り方が画一化の方向に向かった。氷河期世代はその急激な変化の影響を受けた。振り回される学生が出てしまった」と分析する。採用方法の見直しにあたっては「緩やかな実施」という視点も望まれる。
(文=葭本隆太)
訓示式で、茂木敏充全世代型社会保障改革担当相(写真)は「日本の将来にかかわる重要課題で、政府一丸となって取り組む。民間ノウハウの積極活用など、これまでのやり方にとらわれない取り組みに期待したい」と、関係9府省の事務次官や幹部ら約40人を前に激励した。
政府の経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」は、就職氷河期世代の正規雇用者を3年間で30万人増やす目標を掲げる。内需を支える所得向上策の一環でもあり、各種教育・訓練や相談対応などを展開する。
氷河期世代のの苦境は“2040年危機”を招く
出典:ニュースイッチ2019年3月15日
平成不況のあおりを受けた「就職氷河期世代」の苦境が世代問題として顕在化してきた。40歳前後という働き盛りにもかかわらず、男性社員のうち非正規は10%近くを占め、給与額は前後の世代に比べて低い傾向にある。このまま年を重ねれば社会保障制度を圧迫しかねないリスクにもなり、行政に一層の対策を求める声が上がり始めた。氷河期世代の苦境を改善する手だてはあるのか。
深刻な世代問題
「社会がつくった就職氷河期世代に処方箋を出していくことは大事ではないか」―。2018年6月の総務省会議室。高齢者人口がピークを迎える2040年頃の自治体行政のあり方を議論する研究会に参加した委員は、そう指摘した。
研究会では氷河期世代の給与が前後の世代に比べて低い傾向にあることのほか、就業希望の無業者や長期失業者が30万人を超える実態を提示した。氷河期世代の苦境は、超就職難から20年ほどが経過した今も続いており、深刻な世代問題であることが改めて浮き彫りになった。研究会が同7月にまとめた報告では、経済的に自立することのできない氷河期世代の高齢化を40年頃にかけての危機とし、対策の必要性を訴えた。
氷河期世代はバブル経済が崩壊し、景気が極度に落ち込んだ90年代半ばから00年代前半に社会へと出た。企業はこの頃、人件費の削減を目的に新卒採用の枠を絞った。その結果、大卒就職率は50%台まで低下。正社員としての就職は難しくなり、非正規の職に就く人も増えた。
産業構造の変化も非正規を増やす要因になったとされる。リクルートワークス研究所の豊田義博主幹研究員は「雇用ポートフォリオの7‐8割を非正規が占めるサービス産業が急拡大し、非正規の需要が増えた」と指摘する。
例え正社員の職に就いたとしても苦境は続いた。不況下での労働環境は劣悪になりがちだった。厚生労働省が所管する労働政策研究・研修機構(JILPT)の小杉礼子研究顧問は「(長時間労働など)今のブラック労働に通ずる環境があった。不本意な就職も多く、意欲が低くて正社員でも短期で退職してしまうケースが少なくなかった」と説明する。
氷河期世代が生まれたのは不況のせいだけではない。日本企業に根付く「新卒一括採用」も背景にあり、初期のキャリアでつまずくと挽回は難しい。00年代後半には景気回復を受けて非正規から正社員への転換が進んだが、「取り残された人がいた。特に30代中盤になっていた人には厳しい局面が続いた」(小杉研究顧問)。氷河期世代の無業者の多さはこうした環境が生み出した。給与の低さは大企業への就職率の低さや非正規雇用を重ねた人が多いことなどが要因と見られる。
福祉との連携が不可欠
氷河期世代の苦境を改善するには今以上の政策支援が求められる。特に無業者や長期失業者には、もはや就労支援だけでは足りない段階という。JILPTの小杉研究顧問は「長期に安定して就労できなかった人は精神面が苦しい状況に置かれたケースもある。親の介護に直面している場合もあり、福祉政策との連携が必要」と指摘する。
具体的には、国の「地域若者サポートステーション」による就労支援と、自治体の家賃補助といった自立支援を一体で提供できる体制作りなどが想定される。
給与の低さも問題だ。人事コンサルタントのベクトル(東京都千代田区)の秋山輝之副社長は「一般的に、60歳以降の再雇用時は給与が4割くらい少ない。氷河期世代は世帯貯蓄や金融資産の保有率が上の世代より低い傾向にある。同様のルールでは氷河期世代が60歳を超えたときに生活が苦しくなり、社会保障制度のリスクになる」と主張する。その上で「(氷河期世代が60歳を迎える前に)例えば50代の給与を抑えて60歳以降の給与を上げるような給与資源の再配分を検討すべきだ」と力を込める。
また、三菱総合研究所(同千代田区)の奥村隆一シニアリサーチプロフェッショナルは、氷河期世代の給与の低さの要因の一つとして「キャリア初期に非正規として特定の事務作業などばかり任されてきたため、人的資本を高められなかったことがある」と分析する。このため「人的資本を高める学びの支援が大事だ。例えば副業を行う氷河期世代の就業者に対し、企業を通じて国が支援する仕組みがあるとよい」と提案する。
NIRA総合研究開発機構は08年発表の研究報告書「就職氷河期世代のきわどさ」の中で「氷河期世代がこのまま高齢化すると、生活保護に必要な追加支出は20兆円程度」と指摘していた。それから10年が経過したが、問題は改善どころか悪化しているという声が上がる。氷河期世代を長く取材するジャーナリストの小林美希さんは「氷河期世代の中には正社員を目指して努力していたが、報われないまま年を取り、あきらめの気持ちを抱く人たちが出てきている。彼らの苦境は深刻さを増している」と警笛を鳴らす。対策が急がれる。
新卒一括採用の意義
新卒一括採用は氷河期世代の苦境の端緒になった。一方で、諸外国に比べて若年失業率を低くしているなどの利点もある。このため、今後の採用のあり方を考える中でも「新卒一括採用を残すべきだ」と指摘する識者は多い。その上で、他の採用方法を豊かにして柔軟な採用市場を創造する必要性が指摘される。
JILPTの小杉研究顧問は「(新卒・既卒や年齢にこだわらず空いたポストに対して採用する欧米で主流の)ジョブ型雇用を一部の専門職に導入することで採用の柔軟性を生むことができる」と提案する。ベクトルの秋山副社長は「大学や従業員などからの推薦が活発になるとよい」と指摘する。
新卒一括採用の安定した運用の重要性を指摘する意見もある。リクルートワークス研究所の古屋星斗研究員は「(新卒一括採用などによって)企業は次世代を担う人材を継続して採用する必要がある。多くの製造業は現在、40歳前後の管理職を中途で採用しようとしている。自社で育てられなかったからだ。製造現場では不正が頻発しているが、現場を管理できる人材を育てられなかった弊害かもしれない」と推察する。
経団連は18年10月、採用面接の解禁日などを定めた独自の「就活ルール」を21年春入社から廃止することを決めた。海外展開する企業などで優秀な外国の学生らを中途で通年採用する方式が増えていることなどが背景にある。これに伴い、新卒一括採用を見直す動きが広がる可能性がある。
就職氷河期は採用方法が急激に変わる転換点でもあった。リクルートワークス研究所の豊田主幹研究員は「高度成長期が終わり、企業は新しい商品やサービスを発想する『ゼロイチ』の力を持つ人材を求める中で、学生にビジョンや主体性を問うようになった」と指摘。その上で「それまでは本人に学力や聞き分けの良さがあれば、就職後に会社のナレッジを身につけて戦力になればよいという考え方だった。この変化によって大学推薦の入り口が縮小し、公募に大きく比重が移るなど、市場の在り方が画一化の方向に向かった。氷河期世代はその急激な変化の影響を受けた。振り回される学生が出てしまった」と分析する。採用方法の見直しにあたっては「緩やかな実施」という視点も望まれる。
(文=葭本隆太)