産業界のデジタル変革支える、国研出資「解禁」の意義
業界横断的に用いる基盤技術の開発やデータを整備し、活用を探る役割が期待される
国立研究開発法人の出資機能が解禁され、ベンチャーなどの研究成果を使う事業者に直接出資できるようになった。国研発ベンチャーが通常のベンチャーと違うのは、より基盤的な役割を担う点だ。業界横断的に用いる基盤技術の開発やデータを整備し、活用を探る役割が期待される。データシェアリングや人材育成はあらゆる分野の産業課題になった。今後、産業界と国研、大学がジョイントベンチャーを組んでデータと人材を整備し、業界のデジタル変革を支えることが期待される。(文=小寺貴之)
「念願の法改正」と理化学研究所の松本紘理事長は出資解禁について振り返る。松本理事長は京都大学から理研に移り、なぜ大学には出資ができ、国研にはできないのかと説いてきた。研究開発力強化法が科技イノベ活性化法に改正され、22の国研に出資機能が解禁された。
国研は大学の研究室ではやりきれない基盤的な研究を担うことが多い。物質・材料研究機構の材料データベースや産業技術総合研究所の製品安全や計測校正技術、農業・食品産業技術総合研究機構の農業データベース、情報通信研究機構のサイバーセキュリティーなど、論文になりにくく地味だが、研究そのものを支える機能を担ってきた。この蓄積が国研が業界とともに基盤型ベンチャーをつくる素地になっている。
従来の大型研究開発事業は、多数の企業を集めるコンソーシアム型の共同研究として進められてきた。参加組織の数が開発技術への期待を表す指標になるため、安い会費で数を集めた。ただ参画企業の意思は反映されずに研究開発が進む。多くの企業は情報収集のみに留まり、数が多い割には社会実装が進まない課題があった。
そこに産業界が連携してジョイントベンチャーを作り、事業の共通基盤や環境を整える動きが表れた。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「自動走行システム」からはダイナミックマップ基盤(DMP、東京都中央区)が生まれた。三菱電機や自動車メーカー10社などが出資し、自動運転技術に不可欠な高精度3D地図「ダイナミックマップ」を整備している。この方法なら官民ファンドが支援しやすく、出資比率として各社の貢献や経営への関与を明確にできる。
業界の研究基盤を支えてきた国研にとっては、出資解禁で基盤型ベンチャーの設立や参画という形で、研究成果の社会実装を目指す道が開けた。新エネルギー・産業技術総合開発機構の石塚博昭理事長は「業界を挙げて基盤技術を育成し、特定の企業が買い上げることも可能だ。進捗(しんちょく)に合わせて柔軟な出口を設計しやすい」と期待する。本命の技術開発やデータ整備と並行して、異分野への市場開拓を進められるメリットもある。DMPでは自動運転以外にも自治体の道路台帳管理や除雪の最適化、通信や電力事業者のインフラ管理などへの展開を図る。
大学発などの研究開発型ベンチャーは突出した技術を元に新規株式公開(IPO)を掲げることが多い。だが多くは受託開発で切り盛りしている。大企業へのバイアウトが現実策なら、初めからすり合わせをする方が効率的だ。
情通機構の徳田英幸理事長は「優先順位が高いのは、業界横断的なプラットフォームをつくるテーマ。これは個人や大学のベンチャーにはできない」と説明する。情通機構では金融機関の口座取引履歴などから不正取引を検出する人工知能(AI)技術を開発する。信用金庫や地方銀行などからデータを集め、検出精度を高めたAIを各機関に返す。徳田理事長は「中堅や中小事業者でも国研がハブになることでデータの量を確保し、高度なAIを利用できる」と期待する。翻訳AIで成功した連携モデルを横展開している。
農研機構は農業とAIの融合研究を通して、農業研究者をAI活用人材に育てる。この育成システムに、民間や都道府県の公設試験研究機関などから人材を受け入れている。農研機構の久間和生理事長は「農業の産業としての変革を推進していく」と力を込める。
今後、コンソーシアム型の共同研究とジョイントベンチャーによる社会実装を組み合わせた二階建ての国プロが広がると期待される。技術開発と人材育成を一体的に進められるためだ。
AI人材は講師役を集めるだけでもコストがかかる。従来のコンソーシアムでは、ほぼ手弁当でAI研究者が指導に当たってきた。ジョイントベンチャーなら、しっかりとしたポストを用意できる。産業界にとっても政府にとっても、業界のデジタル変革を推進するために有効な施策になる。
課題もある。まず挙げられるのが出資の原資だ。特許収入など、国研が自ら稼いだ資金しか投じられない。物材機構は理事長の裁量経費から1億円を用意した。さらに研究者の起業を奨励するため、研究者の収入を保障する人事制度を用意する。端的に言えばベンチャーが研究者に給料を払えなくても、物材機構が時給を倍にして収入を補う。
また国研にはビジネスをみる目がない。出資審査では外部の専門機関に事業性を評価してもらう必要がある。物材機構の橋本和仁理事長は「ビジネスは門外漢であることは自覚している。実績のある東京大学TLOと連携する」と説明する。
そして22法人が出資審査や権利管理などの機能を重複して立ち上げることになる。だが新しく人員を増やす余裕のある法人は少ない。省庁の壁を越えて国研の連携は欠かせない。国立研究開発法人協議会(国研協)で検討されることになる。
例えば産総研は技術移転ベンチャーを144社輩出してきた。さらに民間の技術営業に相当するイノベーションコーディネーターを200人規模で全国に展開している。都道府県の公設試や大学などと技術や人材を補完し合い、ウィン―ウィンの関係を築いてきた。国研協会長を務める産総研の中鉢良治理事長は「国研協を通して連携を進める」と力を込める。
研究成果の社会実装推進
「念願の法改正」と理化学研究所の松本紘理事長は出資解禁について振り返る。松本理事長は京都大学から理研に移り、なぜ大学には出資ができ、国研にはできないのかと説いてきた。研究開発力強化法が科技イノベ活性化法に改正され、22の国研に出資機能が解禁された。
国研は大学の研究室ではやりきれない基盤的な研究を担うことが多い。物質・材料研究機構の材料データベースや産業技術総合研究所の製品安全や計測校正技術、農業・食品産業技術総合研究機構の農業データベース、情報通信研究機構のサイバーセキュリティーなど、論文になりにくく地味だが、研究そのものを支える機能を担ってきた。この蓄積が国研が業界とともに基盤型ベンチャーをつくる素地になっている。
従来の大型研究開発事業は、多数の企業を集めるコンソーシアム型の共同研究として進められてきた。参加組織の数が開発技術への期待を表す指標になるため、安い会費で数を集めた。ただ参画企業の意思は反映されずに研究開発が進む。多くの企業は情報収集のみに留まり、数が多い割には社会実装が進まない課題があった。
そこに産業界が連携してジョイントベンチャーを作り、事業の共通基盤や環境を整える動きが表れた。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「自動走行システム」からはダイナミックマップ基盤(DMP、東京都中央区)が生まれた。三菱電機や自動車メーカー10社などが出資し、自動運転技術に不可欠な高精度3D地図「ダイナミックマップ」を整備している。この方法なら官民ファンドが支援しやすく、出資比率として各社の貢献や経営への関与を明確にできる。
業界の研究基盤を支えてきた国研にとっては、出資解禁で基盤型ベンチャーの設立や参画という形で、研究成果の社会実装を目指す道が開けた。新エネルギー・産業技術総合開発機構の石塚博昭理事長は「業界を挙げて基盤技術を育成し、特定の企業が買い上げることも可能だ。進捗(しんちょく)に合わせて柔軟な出口を設計しやすい」と期待する。本命の技術開発やデータ整備と並行して、異分野への市場開拓を進められるメリットもある。DMPでは自動運転以外にも自治体の道路台帳管理や除雪の最適化、通信や電力事業者のインフラ管理などへの展開を図る。
技術開発+人材育成 業界横断でAI活用
大学発などの研究開発型ベンチャーは突出した技術を元に新規株式公開(IPO)を掲げることが多い。だが多くは受託開発で切り盛りしている。大企業へのバイアウトが現実策なら、初めからすり合わせをする方が効率的だ。
情通機構の徳田英幸理事長は「優先順位が高いのは、業界横断的なプラットフォームをつくるテーマ。これは個人や大学のベンチャーにはできない」と説明する。情通機構では金融機関の口座取引履歴などから不正取引を検出する人工知能(AI)技術を開発する。信用金庫や地方銀行などからデータを集め、検出精度を高めたAIを各機関に返す。徳田理事長は「中堅や中小事業者でも国研がハブになることでデータの量を確保し、高度なAIを利用できる」と期待する。翻訳AIで成功した連携モデルを横展開している。
農研機構は農業とAIの融合研究を通して、農業研究者をAI活用人材に育てる。この育成システムに、民間や都道府県の公設試験研究機関などから人材を受け入れている。農研機構の久間和生理事長は「農業の産業としての変革を推進していく」と力を込める。
今後、コンソーシアム型の共同研究とジョイントベンチャーによる社会実装を組み合わせた二階建ての国プロが広がると期待される。技術開発と人材育成を一体的に進められるためだ。
AI人材は講師役を集めるだけでもコストがかかる。従来のコンソーシアムでは、ほぼ手弁当でAI研究者が指導に当たってきた。ジョイントベンチャーなら、しっかりとしたポストを用意できる。産業界にとっても政府にとっても、業界のデジタル変革を推進するために有効な施策になる。
ビジネス運営・原資確保課題
課題もある。まず挙げられるのが出資の原資だ。特許収入など、国研が自ら稼いだ資金しか投じられない。物材機構は理事長の裁量経費から1億円を用意した。さらに研究者の起業を奨励するため、研究者の収入を保障する人事制度を用意する。端的に言えばベンチャーが研究者に給料を払えなくても、物材機構が時給を倍にして収入を補う。
また国研にはビジネスをみる目がない。出資審査では外部の専門機関に事業性を評価してもらう必要がある。物材機構の橋本和仁理事長は「ビジネスは門外漢であることは自覚している。実績のある東京大学TLOと連携する」と説明する。
そして22法人が出資審査や権利管理などの機能を重複して立ち上げることになる。だが新しく人員を増やす余裕のある法人は少ない。省庁の壁を越えて国研の連携は欠かせない。国立研究開発法人協議会(国研協)で検討されることになる。
例えば産総研は技術移転ベンチャーを144社輩出してきた。さらに民間の技術営業に相当するイノベーションコーディネーターを200人規模で全国に展開している。都道府県の公設試や大学などと技術や人材を補完し合い、ウィン―ウィンの関係を築いてきた。国研協会長を務める産総研の中鉢良治理事長は「国研協を通して連携を進める」と力を込める。
日刊工業新聞2019年6月17日