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「防災情報を『分かりやすく』」という考えはかなり注意が必要

静岡大学防災総合センター・牛山教授に聞く「防災に正解なし!」
「防災情報を『分かりやすく』」という考えはかなり注意が必要

静岡大学防災総合センター 牛山素行教授

 インフラの整った現在でも、自然災害の被害は小さくない。とくに近年では、地球環境問題による気候変動が風水害の激甚化に結びついているとの見方もある。本当に災害が増え、被害が拡大しているのだろうか。大雨などの風水害の被害の研究を専門とする静岡大学防災総合センター教授・副センター長の牛山素行氏に、近年の動向について聞いた。

—メディアも枕詞のように『災害の激甚化』と報じています。

 「災害という言葉が広い意味で使われている可能性があります。地震や大雨など自然の激しい現象を『ハザード』と呼びます。あえて日本語にすると『外力』です。それによって社会に何らかの被害が生じたものが災害です。たとえば地震そのものは災害ではないけれど、日本語では「地震による災害」「震災」と“ごっちゃ”になっていて、誤解につながっています」

 「私の専門である風水害でいうと、短時間に激しく降る雨の回数に、やや増加傾向が見られます。その意味ではハザードは激化しているといってもいいでしょう。ただ地震や火山の噴火は、雨に比べると回数が少ないこともあって、(激化したかどうか)私は専門でないこともあり、よく分かりません」

—被害は増えているのでしょうか。

 「短時間の大雨の回数などの頻度はやや増加しているけれど、その量自体がどんどん大きくはなっているとはいえないでしょう。雨の激しさは表現が難しいんですが、例えば1時間降水量の記録が次々に更新されているわけではなさそうです。観測値が残っている中で最も大きい1時間降水量としては、1982年の『長崎大水害』時の長崎県長与町での187ミリが知られていますが、観測網がかなり整備された現在まで40年間近く更新されていません。24時間とか72時間でみても毎年次々と新記録が出ているわけでもないのです。たとえば、気象庁による1時間降水量の全国の上位10位記録までのうち最近10年間(2009年以降)の記録は2件、日降水量についても同じく2件です」

 「一方、ハザードが引き起こす災害、つまり被害は明確に激減しています。気象庁のアメダス観測で比較できる1980年代と2000年代以降では、微妙な変化ですが、激しい雨が多くなっています。しかし同じ期間で見ると風水害による人的被害や家屋の被害は、近年の方が半分程度。さらに戦後間もない1950年代から比べると人的被害は2ケタ減っています。大地震を別にすれば、近年の風水害で亡くなる人は100人を下回る年も少なくない。現代は、日本の歴史の中でも自然災害、特に風水害の被害を減らし切った時代だと私は思っています」

—豪雨の増加を気候変動の影響だと考えますか。

 「私はそのメカニズムの研究者ではありません。ただ、いろいろな側面から大雨の頻度が高くなったことは言えます。自然の揺らぎという側面もあるので、それが気候変動なのかどうか分かりません。ただイメージとして、今まで一生に1回だった激しいハザードに、一生で2、3回ぐらい出会うようになることは、ありそうです」

「忘れる」を前提に準備を


1959年伊勢湾台風の様子(提供:国土交通省中部地方整備局木曽川下流河川事務所)

—一般の人は、災害が増えたと考えているのではないでしょうか。

 「アンケートをしたことがあります。『以前に比べて豪雨が発生する回数が増加したと思いますか?』という質問には9割以上が「増加」と回答、『豪雨による被害が増加したと思いますか』の質問に対しても9割弱が「増加」との回答でした。被害の増減傾向については明らかに誤認の人が多いのですが、一般のイメージはこのようになっているようです。その背景は色々考えられそうですが、ひとつには、我々は過去の出来事を忘れやすい、ということもあるのではないでしょうか」

 「たとえば、2018年7月豪雨は西日本を中心に大きな被害が出て、死者(直接死)・行方不明者が230人。これは1982年以降で最大の人的被害でした。しかし戦後最大の風水害による人的被害の生じた1959年の伊勢湾台風は5,000人超です。(1945年~現在に至るまでに)死者・行方不明者230人以上となった事例は24事例、1,000人を越える事例も死者が出たことも7回あります。こうした過去の災害を、誰もが記憶しているわけではないと思います。また、今は広い範囲からの情報が得やすくなっていることも関係しそうです。昔だったら関東の人は、北海道で起きた災害をよく知らない、といったこともあったでしょう。しかし今は日本中で起きたことがすぐに伝えられるから『また大災害だ』という印象が残りやすいのかなと思います」

—実感できる世代も減っています。

 「京都大学の矢守克也先生らの研究によると、新聞の報道量を指標にして解析すると、災害への関心は大雑把に5年で10分の1、10年で100分の1に低下するとも言えるようです。指数関数的な減少なんですね。これは僕の感覚にとてもフィットする。全国で防災の講演をするんですが、それぞれの災害時にドラマチックな話題として取り上げられたようなエピソードでも、10年も経つとほとんどの人が覚えていないんですよ。気候の変化どうこうより、人がモノを忘れるスピードの方がはるかに速いのではないかと思ったりしています」

 「よく『災害を語り継ぐ』と言われ、無論スローガンとしてはいいと思いますけど、現実には難しいのではないかと思います。災害の教訓を忘れないでいられるというのは楽観的すぎます。人はすぐ忘れるものだし、そもそも災害のことは考えたくもない人も少なくないのではないでしょうか。そういうものだという前提で準備をしていくしかないのではないでしょうか」

—気象庁から「50年に一度の大雨」などの特別警報が出されるようになりました。

 「特定の地点でみれば正しい情報ですし、一般に対して強く警告しようという意図も分かります。ただ気象庁もメディアも、警告を強く出すのがいいことだという意識を持ちすぎていないでしょうか。統計をもとに何らかの観点から見れば『過去最大』というような表現は、いくらでも作れます。クリック数を稼ぐビジネスなら、人の関心をあおる必要性があるでしょう。でも気象情報で、毎年起こるような事象を大事件みたいに伝えるようだと問題です」

 「メディアに関連していえば、防災の情報を『分かりやすく』という考え方は、かなり注意が必要だと思います。分かりやすくする時に、いろいろなものを歪めてしまうこともあるからです。ひとつの例ですが、洪水の際に安全に歩行できる水深は50cmだ、という話を時折聞きます。これはとんでもなく危険なメッセージだと思います。水中で人が流されるかどうかは、水深だけで決まるものではありません。水深と流速の組合せで決まるものであり、水深が浅くても流速が速ければ流されてしまいますし、人の年齢とか体格とかでも大きく変わってきます。話を過度に単純化してかえって危険に人を近づけるようなメッセージだと思います。単純化したいなら『流れる水に踏み込むと流されて死ぬかもしれない』だけで必要十分だと思います。このような、本質的なことを『分かりやすく』と称してゆがめた『防災豆知識』は他にも色々あると思います。防災で禁物なのは『固い頭と思い込み』です」

  


—一般に防災知識をもってもらうには、どうしたらいいですか。

 「僕はよくある防災マニュアルとかパンフレットには色々と問題があると思っています。だって防災って、簡単に伝えられるものではないから。たとえば備蓄に関しても『最低限』なんてありません。住んでる場所とか家の構造、その人の暮らし方によって千差万別なんです。パンフレットに書いてあることは、それを無理に一般化した断片的な情報です。確かにウソではありません。でもすべての人にとって必要な情報とは限らないわけです。いろいろな情報は参考にしつつ、自分にとってなくなったら困ることは何なのか、という観点で具体的に考えていくことが重要だと思います」

 「防災の備えで、すぐ連想することは備蓄や避難訓練でしょう。自治体や地域社会は、それで対策をしたことになるかもしれない。しかし避難袋を作って避難訓練をしても、地震で家が潰れてしまえば役に立たない。たとえば、地震の揺れによる被害から命を守るために何よりも重要なことは耐震化でしょう。阪神淡路大震災で亡くなった人の9割は建物倒壊でした。ほとんどが即死に近い。どんなにご近所の共助があっても即死の人は助けられないのです。地震災害で『命を守る』事が何よりも重要だというのであれば、まず必要なことは共助だとか訓練ではなくて、耐震化や、新しい建物に住み替えるという対策でしょう。これは共助が不要だと言ってるのではありません。共助が重要になる場面も当然あるわけです。共助さえしっかりしておけば安心だ、というような単純な考え方は適切ではない、ということです」

 「災害に備えて『ここまでやっておけば安心』というものは、ないんです。専門家ですから、聞かれれば何か答えたい。しかし誠実であるなら、誰にもおすすめできる対策はないと言わなければいけない。個々人が自分で考える。そこに尽きると思います」

—素人が考えるためのヒントが欲しいです。

 「ひとつだけ、多くの人が共通してやっておくべきことは、自分の住む地域が、災害に対してどんな特性があるかを知ることです。土砂災害の危険がありそうか、河川のはん濫はどうか。それを知って、どう備えるかは人それぞれです」

 「極論のようですが、災害特性を知った上で備えない、というのも一つの考え方だと思います。災害に備えよ、といわれても、知れば知るほど絶対の安全なんてないことがわかりますし、防災のためによいことであっても、日常生活に対しては不便だというようなこともざらにあります。本当にキリがない。僕自身はそんなに一生懸命備えてはいないです。その代わり、少なくとも風水害についてはあまり心配しなくてもいいような地域に住むようにしています。これもひとつの対策でしょう」

 「ただ『この場所で、こんなことが起こるとは知りませんでした』という人を減らす努力は必要です。今は情報が入手しやすくなっていて、代表的なものにハザードマップがあります。ハザードマップが一般に受け入れられるようになったのは2000年有珠山噴火頃以降だといわれます。それ以前は、迷惑だから公表するなという声も強かった。その土地の危険性を一般の人が知ることが難しかった時代でした。しかし、今は昔だったら使うことができなかったようなツールを我々は手にしているのです」

—あまり利用されていないように思います。

 「情報というのは、発信さえすれば効果を発揮するものではないのです。そこが堤防やダムなどのハード対策と違います。情報を人々が認識し、内容を理解し、それを使って行動を起こして初めて効果が出る。ソフト面の対策って簡単そうに見えますけど、実は面倒なんです。相対的におカネがかからない半面、ソフト対策は受益者(住民)に多くの努力を強います」

防災に正解はない


国土交通省ハザードマップポータルサイト

—情報の正確さはどうでしょう。

 「ハザードマップは、土砂災害についてはよく示されています。土砂災害の犠牲者の9割は、危険箇所の範囲内で亡くなっています。それに対して洪水は難しい。浸水想定区域は大河川を中心として指定されます。中小河川については、その作業がまだ進んでいないようです。だから地形的には洪水が起きる危険性があるのにハザードマップには色が塗られてないことがあります。浸水想定区域で亡くなった人の比率は、時期にも寄りますが3、4割にとどまります。しかも犠牲者が出るのは中小河川が多いのが現状ですね。また、ハザードマップは、何らかの前提条件のもとに計算、解析した結果の一つに過ぎないことも注意が必要です。前提条件が少し変われば、結果も大きく変わることは珍しくありません。あまりハザードマップを厳格・詳細に読み込むような使い方は適切ではありません。『正確なハザードマップ』というものは現実にはあり得ないでしょうし、だからといって『このハザードマップは間違っている』というものでもありません。ハザードマップは、参考とする有力な情報の一つとして活用していくものでしょう」

—実際の風水害では外の様子を見に行き、亡くなる方もいます。

 「私は『能動的犠牲者』と呼んでいます。その場所が危険であることは百も承知で近づいて犠牲になった人だと考えています。例えば家の周りで土のうを積んでいて流されてしまった人。危ないと思うから土のうを積んでいるわけで、自分は大丈夫だと間違った判断をしてしまったんです。こうした能動的犠牲者は全体の3割くらいいます。決して少なくない。危険な状況だと知った上でリスクをとる行動に出る人の被害は、最後まで減らせないと思います」

 「厳しいようですが、雨風が激しい時に屋外に出ることの危険を理解していない。家の中にいて逃げずに被害にあうケースが多いのは土砂崩れなどの土砂災害が中心です。洪水、風、波の災害は、風雨が激しいときには安全なところでじっとしている方が効果的です。個々の場面でどうしたらよいかの判断は難しいですが、どちらの被害が出やすい場所かをハザードマップで知っておくことがまず重要でしょう」

—先生は『避難が最善ではない』とも話されていますね。

 「そのようなことは言っていません。『避難とは避難場所に行くことだけではない」という話です。避難場所へ移動することも含め、何らかの安全確保のための行動をとることが避難の意味です。これは私の個人的な考えではなくて、国の避難勧告ガイドラインなどにも明記されていることです。たとえば、都市部のマンションの高層階に住む人が、避難場所へ移動する必要性は低いでしょう。ただし、個々の場所によって話は大きく変わりますので、根拠なく自分は大丈夫だと思い込まずに、ハザードマップなども参考にあらかじめよく理解しておく方がいいでしょう。避難は自治体が強制するものじゃないですし、常に自治体の呼びかけを待っていればよいということもありません。最後の判断は自分でしなければいけません。防災に『正解』はありません」

—最近、台風の接近や大雪の予報で前夜に交通機関が停止を予告するようになりました。

 「ものすごく高く評価しています。日本は社会を止めることに抵抗がありすぎです。交通機関が予告すれば、企業も学校も休みやすいですよね。帰宅困難なんて、無理するから起きるんです。台風の予報もなかなか難しいですが、1日くらい前であれば、大体どのあたりに影響が出そうかという事は比較的分かるようになってきました。その意味では台風などは『最も備えやすい』災害とも言えるでしょう」

  

■プロフィール
うしやま・もとゆき 1968年長野県生まれ。1993年信州大学農学部森林工学科卒業、1996年岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程(信州大学配置)修了。京都大学防災研究所助手、東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センター講師、岩手県立大学総合政策学部准教授などを経て、2013年から静岡大学防災総合センター教授。豪雨災害や津波災害を対象に、災害による人的被害の発生状況や防災関連情報に対する利用者の認識・伝達方法などについて、事例調査を中心とした調査・研究を進める。主な著書に『豪雨の災害情報学』『防災に役立つ地域の調べ方講座』(共に古今書院)など。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
国交省ウェブマガジン「Grasp」。 「激甚化する自然災害にいかに向き合うか。」のインタビューシリーズ、次回は国土交通省 水管理・国土保全局河川情報企画室長の島本和仁氏です。

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