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計画相次ぐ国立大統合、「1法人複数大学制度」の是非

自主性保ち合理化
計画相次ぐ国立大統合、「1法人複数大学制度」の是非

名古屋大の松尾清一総長(右)と岐阜大の森脇久隆学長(昨年12月)

一つの国立大学法人を設立して複数の大学を経営する「1法人複数大学制度」(アンブレラ方式)を活用した経営統合の計画が次々と具体化してきた。トップバッターとして2020年度の実現を目指す名古屋大学・岐阜大学の動きが公になったのは、わずか1年前だ。これを可能にする法改正が、今国会中で議論中だ。分野を融合する医工連携で地元産業界を引きつける静岡、3単科大学で文理融合を図る北海道、工学人材の育成を模索する奈良と、各地域案件の状況を見る。

アンブレラ方式活用、自主性保ち合理化


 04年度の国立大法人化は「大学の教育研究をだめにする」という現場の声が小さくなかったが、15年の月日は重い。運営費交付金の削減が続く中、改革を求める社会の声も受けて「反対一辺倒では乗り越えられない」ことを多くの関係者が実感するようになった。

 各大学が覚悟を決めて向き合うようになった転機は、「地域」「特色」「世界」の3類型から主な方向性を各大学が選択する制度の導入だ。

 86の国立大はもはや横並びではない。その方が自らの魅力を発揮できる―。地域の事情や規模、分野に合った教育・研究・社会貢献を、各大学が主体的に考えるという意識が浸透した。

 さらに政府は、切り詰めて緊縮財政に対応する大学“運営”ではなく、外部資金獲得などを組み合わせた“経営”という言葉で、次の改革を促す。その最もドラスチックなものが「統合」だ。

 大学の統合は一般に「地味だが地域を支えてきた中小規模大学が、大規模大学に飲み込まれる」との危惧が強い。しかし1法人複数大学制度ならば、各大学の自主性を保ちつつ合理化ができる。文部科学省は「大学のブランドや地域との関係、同窓会などを残しつつ、リソースを最大限に活用できる。

 現在、この方式での統合を表明しているのは4地域・グループの9大学。全国立大の1割だ。別の大学の追加参加を歓迎するグループも多い。文科省に在り方の見直しを求められている教員養成系の大学・学部など、気にならないはずがない。公私立大や研究開発法人などとの別の形式の議論もある。次の再編に向けた環境が整いつつある。

 一般社会の関心は「次の統合案件はどこか」に向きがちだが、大学改革は“統合ありき”ではない。統合という手段を使い、何をしたいのか。社会に意味ある存在として何ができるのか―。それが強く問われる。(文=編集委員・山本佳世子)

名大・岐阜大 「強み」と「特徴」相互補完


 名古屋大学と岐阜大学は法人統合して東海国立大学機構を設立する。設立時期は法改正次第のため未定だが、2020年4月からの新入生受け入れを目指す。両大学の強みと特徴を生かして相互補完し、国際競争力強化と地域創生への貢献を目指す。強みに応じた研究拠点を形成して教育研究機能を強化、公的資金や外部資金の獲得増加につなげる。

 少子化社会では「縮小均衡で生き延びる発想は捨てる」(松尾清一名大総長)と判断、同機構の傘下に両大学が入るアンブレラ方式で統合する。中心となる同機構本部に両大学がぶら下がり、同機構経営協議会やアドバイザリーボード、同機構事務局がそれぞれ運営に関わる「マルチ・キャンパスシステム」を形成する。両大学の自律性を尊重しながらも、地域の国立大学間の壁を取り払う。

 国の教育予算が減り、大学のプレゼンスが落ちる中、高等教育機関が持続的に発展し、人類や社会に貢献するには現状のままでは厳しいという危機感を持つ。名大は世界との競争、岐阜大は地域貢献を目指す中で補完し合い、組織的、戦略的に目標に向かうことで地域産業発展に貢献する考え。

 名古屋と岐阜がある中京圏はモノづくり産業の集積地。航空宇宙や炭素繊維、農学などの研究を強化、産業構造の変革につなげる。航空工学では名大は設計やシミュレーションに強く、岐阜大は部品加工に強いため補完しやすい。農学では基礎分野中心の名大と全般教育が得意な岐阜大で補完する。

 英語教育や数理データサイエンス、専門領域をまたいだ研究、リベラルアーツなどへの対応には個別の大学のリソースでは限界がある。両大学の特徴を組み合わせて強化し、教育のやり方を変えて地域にも世界にも通用する人材を育成する。

 統合のシンボルとして両大学の研究の柱の一つである糖鎖研究の拠点「糖鎖生命コア研究拠点」を岐阜大学に20年に開設する。同機構の大型研究拠点の一つで、免疫など細胞間の相互作用に重要な役割を持つ糖鎖の機能解明などを目指す。

 名大と岐阜大では規模や体力差があり、岐阜大は名大に吸収されるのではという懸念があるが「強みを持ってとがらせるチャンス」(岐阜大森脇久隆学長)と意気込む。

 同機構に賛同するほかの大学があれば受け入れる方針。松尾清一名大総長は「新しい試みとして従来の大学のイメージを捨て、他大学が参考になる形を目指す」と強調、統合のプロトタイプとしての役割を果たす考え。(文=名古屋・市川哲寛)

静岡大・浜松医大 地方創生担う“知の拠点”に


 静岡大学と浜松医科大学。静岡県内の二つの国立大学が大きな転換点を迎えた。両大学の国立大学法人を統合し、2021年4月をめどに「国立大学法人静岡国立大学機構」を設立。地方創生を担う“知の拠点”として社会課題の解決などに取り組む構えだ。

 「介護などの分野で地域貢献が可能になる」―。静岡大の石井潔学長は統合のメリットについてこのように語る。静岡大はこれまで、複数の学部にまたがるプログラム「地域創造学環」で中山間地域の地域創生などに取り組んできた。しかし今後は高齢化の中で、介護や医療過疎などの課題解決ニーズが高まると読む。「医学的知見が入ることで活動により厚みが出る」と期待を見せる。

 一方の浜松医科大は、教育での効果について言及した。「一般教養の修学内容が充実し、医師としてのコミュニケーション能力育成の体制がより充実するのでは」と今野弘之学長は語る。研究面でも「人文系の情報と医療を組み合わせることで、独創的研究や新分野開拓ができるのでは」と前向きだ。

静岡大の石井潔学長(左)と浜松医大の今野弘之学長(今年3月)

 しかし統合に際しては壁もあった。静岡大では人文系学部を中心に懸念の声があり「(再編について)かなり詰めた議論をした」(石井学長)と明かす。今後も丁寧な説明を継続し、理解につなげるという。

 統合後初の入学者受け入れ予定は22年4月。「今はまだ、競争社会で戦うためのスタートラインにつくことができた段階」と今野学長。両大学の“二人三脚”はまだ始まったばかりだ。(文=浜松・竹中初音)

小樽商大・帯広畜産大・北見工大 課題解決に臨む実学志向


 小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学の統合は、広大な北海道で遠距離にある異分野の3単科大学によるものだ。これまで研究拠点大学の北海道大学では、道内各地へ配慮が行き届かない点をそれぞれ補ってきた。

 しかしグローバル化やIT化、イノベーション創出のニーズ増大という時代に、単科大学では限界がある。それを克服するのが、統合だ。さらに小樽商大の和田健夫学長は「3大学はいずれも、異分野の知識や産学官ネットワークを活用し、課題解決に臨む実学志向の大学だ。それだけにユニークで魅力的なことが成し遂げられるはずだ」と強調する。

 小樽商大はビジネス教育と産業界のネットワークを強みとする、北海道で唯一の社会科学系国立大学だ。そして統合検討のきっかけは、同大が大学改革で他の2大学と、ベンチャーマインド育成プログラムや社会人向け教育などで連携したことだという。「文理融合のリード役という、文系学部・大学の一つの方向性を示す使命がある」(和田学長)と自負している。

 統合案の浮上後、文科省の18年度新規の「国立大学改革強化推進補助金」の獲得に向け、3大学は大車輪で動いた。その結果、経営体制、文理・異分野融合の連携教育、産学官連携のセンター設置、遠隔教育システムという四本柱が、スピーディーに確定。推進組織の整備や3大学教職員の理解も促進されたという。(文=編集委員・山本佳世子)

奈良女子大・奈良教育大 リベラルアーツで工学教育


 47都道府県の中で唯一工学部がなかった奈良県で、工学部が生まれる芽が出てきた。奈良女子大学と奈良教育大学は2022年度までの一法人複数大学方式での統合と同時に、工学部の設置を目指している。「日本はモノづくり大国でありながら、産業界でも教育界でも今の時代に合った工学人材が不足気味」(小路田泰直奈良女子大学副学長)。社会ニーズに対応し、国立大としての存在感を高める。

 両大学は法人統合を機に、奈良先端科学技術大学院大学や奈良工業高等専門学校、奈良文化財研究所、奈良国立博物館などと連携する「奈良カレッジズ」構想を描いている。いまや文化財研究においても分析など工学知識は不可欠。各機関の特色を生かし連携や人材の流れをつくり出す。

 奈良女子大の学生の比率は30%が理学部で、理系要素を持つ生活環境学部を合わせると理系がかなり多い。小路田副学長は「統合を管理部門の単なる経費削減にとどめるつもりはなく、教育を根っこから変えたい」と意欲を見せる。工学教育は従来型の“専門漬け”でなく、より広い見地から学ぶリベラルアーツを入り口に、学年が進むごとに学生の興味や希望で専門性を突きつめる課程を想定している。

 また、日本の教育現場では理科の先生は大学で化学や生物を専攻した人材がほとんどで工学出身者が少ない。子どものモノづくりへの興味を伸ばす、工学的センスを持つ教員の育成も検討している。
(文=東大阪支局長・坂田弓子)
            
日刊工業新聞2019年5月6日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
法人化は間違っている、という大学人の発言は、何十、何百回も耳にしてきた。これに対して私は「法人化による良い面も悪い面も、ともにたくさんある」と口にしている。確かなのは「時代とともに適切な形に変わっていくことを、社会は求めている」ことだ。統合の4案件は、様々なステークホルダーと、この観点による対話を深くするチャンスだろう。

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