不動産屋さん自らお引越し、最先端ビルがスゴイ
背景に多様化する働き方に伴うニーズの変化
最先端のオフィスビルに、開発した不動産大手が自ら本社を構える動きが相次ぐ。東急不動産はこの夏に「渋谷ソラスタ」(東京都渋谷区)へ、三井不動産も「日本橋室町三井タワー」(同中央区)に移転。東京建物も東京・八重洲で計画するビルに移る。背景にあるのは、多様化する働き方に伴うニーズの変化だ。本来は賃料収入が見込める旗艦ビルで“最新の体験”を積み上げ、新たなオフィスの形を追求する。(堀田創平)
「晴れやかな空の下で、多彩なワーカーが活躍する舞台に」との思いを名称に込めた渋谷ソラスタ。東急不動産の開発担当者は「働く人の目線にこだわった」と胸を張る。設備の仕様や事業継続計画(BCP)への貢献といった場所としての機能に加え、生産性の向上やコミュニケーションの活性化など、新しい働き方につながるタネをちりばめる。
例えば、ハード面では共用スペースの充実に重きを置く。自然光に合わせて色温度が変化する「サーカディアン照明」を採用したほか、ラウンジや屋上テラスも整備。各フロアには、高層ビルでは珍しいテラスも設けた。「仕事の合間に緑や新鮮な空気を感じられる効果は大きい。当社を含め、テナントに人気の設備だ」(担当者)と好感触を示す。
独自開発したIoT(モノのインターネット)サービスにより、ソフト面の差別化も進めた。各種センサーや設備機器をインターネットに接続。パソコンやスマートフォンで空調を制御したり、トイレやラウンジの状況を確認したりできる仕組みを整えた。フリーアドレス制の導入に合わせ、従業員の在席の有無や所在を把握する機能も備える予定だ。
いずれも移動や待ち時間に感じるストレスや無駄を軽減する効果を見込んでおり、生産性の向上を期待する。また他物件での実証実験を踏まえ、公園や植栽などの緑に触れることで疲労感やストレスを低下できると判断。ソラスタでも建物の周囲や動線、屋上テラスなどを緑化し、オフィスにいても木漏れ日を感じられるような演出を施している。
三井グループの“お膝元”である日本橋エリアの再開発を手がける三井不動産も、2019年夏をめどに日本橋室町三井タワーへ本社を移す。志向するのは、情報通信技術(ICT)によるインフラ技術と多様な働き方を実現するオフィス。その一環で同社の専有部を区切るセキュリティーゲートに顔認証技術を活用した入退館システムの導入を決めた。
IDカードの貸し借りによるなりすましや不正入場の防止、さらにカード紛失のリスクや再発行にかかる運用コストを低減できると読む。また、降りるフロアごとにエレベーターを割り当て待ち時間を短縮するシステムや放射空調システムなども試験導入。ここで蓄積した知見を、街づくりやオフィス設計、サービスに生かす構えだ。
2拠点目となるテナント向けの会員制施設「mot.」も、同社が打ち出すコンセプト「その先の、オフィスへ」を体現するカギの一つだ。カフェを併設した無料のラウンジや会議室・個室、フィットネスジムなどで構成し、単なる働く場から「充実したビジネスライフを実現する場」への進化をけん引する。理想とするのは「人が主役となる街」だ。
東京建物もまた、ワークプレイスの付加価値向上に力を入れる。訴求するのは「オフィスワーカーが愛着を持つことができるオフィス」(同社)だ。
足元では東京・八重洲で現在の本社ビルを含む大規模再開発が進行しており、25年度に誕生する新ビルに本社を構える方針を示す。今はまさに、そこで始動する“次のオフィス”を模索している段階だ。
同社は長らく「オフィスワーカーが自由に集まり交流できる仕掛け」を磨いてきた。そのユニークな一例が、共有の観葉植物をリレー方式で育てる「トラベルプランツ」だ。テナント企業の社員や管理スタッフが自席で数週間世話した後に返却するもので、実際に運用する大崎センタービルではテナント同士が積極的に交流する効果が出ているという。
そもそも、不動産業界にはかねて「条件の良い床はお客さまに、という“不文律”が存在していた」(不動産大手)。既存物件に比べて高い賃料を設定できるだけでなく、知名度が高い企業をテナントに迎えることで「その建物はもちろん、デベロッパーとしてのブランドイメージも引き上げられる」(同)ためだ。これを打ち破ったのが三菱地所だ。
三菱地所は18年1月に、完成したばかりの「大手町パークビルディング」(東京都千代田区)に本社を移転。オフィスビルや商業施設などへの導入を視野に、新技術やサービスを実証していく最前線と位置付けた。
オフィスを取り巻く環境が急激に変わる中、決定を後押ししたのは「デベロッパー自身が先取りし、提案しなければ」という危機感だ。
それだけに、新本社「MECパーク」には三菱地所が思い描くオフィスの姿が詰まっている。まず、入居する4フロアを結ぶ内部階段を2カ所に設置。同一フロアの横方向だけでなく、縦方向でも偶発的なコミュニケーションが生まれやすい空間を構築した。共用部を通らず他部署に行けるため、機密情報が漏れる懸念を減らす利点も評価されている。
部署単位で緩やかに定位置を決める「グループアドレス」の導入にも踏み切った。社員は高さの異なるテーブルや大机、個人用机などから、当日の業務に合わせた場所を選ぶことができる。
当初は人数分の席を用意したものの、足元は8割まで削減。席ごとの稼働率を分析した上で、適正な座席数や空いたスペースの利活用を探る段階に入っている。
合計で全体の3分の1と広い面積を占める共用スペースも、そこを彩る個性的なデザインが無機質なオフィスの景色を変えるのに一役買っている。「フロアや用途ごとに異なるデザインを採用し、目的や内容に合わせて最適な環境を選べるよう工夫した」(三菱地所)という通り、柔軟な発想や気付きを促し、社員の士気と生産性向上を狙う自信作だ。
実際、同社では移転後1年で「想定を上回る成果が出つつある」(担当者)と明かす。全社員が効率的な働き方を意識した結果、有給休暇の取得日数が移転前より約10%増加。また会議室の稼働時間が約15%短縮されたほか、複合機の出力枚数も45%の大幅削減にこぎ着けた。部署横断型のプロジェクトが発足した数や、新規事業の提案件数の伸びも目立っているという。
東急不 屋上テラスやラウンジ、仕事の合間に緑感じて
「晴れやかな空の下で、多彩なワーカーが活躍する舞台に」との思いを名称に込めた渋谷ソラスタ。東急不動産の開発担当者は「働く人の目線にこだわった」と胸を張る。設備の仕様や事業継続計画(BCP)への貢献といった場所としての機能に加え、生産性の向上やコミュニケーションの活性化など、新しい働き方につながるタネをちりばめる。
例えば、ハード面では共用スペースの充実に重きを置く。自然光に合わせて色温度が変化する「サーカディアン照明」を採用したほか、ラウンジや屋上テラスも整備。各フロアには、高層ビルでは珍しいテラスも設けた。「仕事の合間に緑や新鮮な空気を感じられる効果は大きい。当社を含め、テナントに人気の設備だ」(担当者)と好感触を示す。
独自開発したIoT(モノのインターネット)サービスにより、ソフト面の差別化も進めた。各種センサーや設備機器をインターネットに接続。パソコンやスマートフォンで空調を制御したり、トイレやラウンジの状況を確認したりできる仕組みを整えた。フリーアドレス制の導入に合わせ、従業員の在席の有無や所在を把握する機能も備える予定だ。
いずれも移動や待ち時間に感じるストレスや無駄を軽減する効果を見込んでおり、生産性の向上を期待する。また他物件での実証実験を踏まえ、公園や植栽などの緑に触れることで疲労感やストレスを低下できると判断。ソラスタでも建物の周囲や動線、屋上テラスなどを緑化し、オフィスにいても木漏れ日を感じられるような演出を施している。
三井不 セキュリティー万全 顔認証で入退館
三井グループの“お膝元”である日本橋エリアの再開発を手がける三井不動産も、2019年夏をめどに日本橋室町三井タワーへ本社を移す。志向するのは、情報通信技術(ICT)によるインフラ技術と多様な働き方を実現するオフィス。その一環で同社の専有部を区切るセキュリティーゲートに顔認証技術を活用した入退館システムの導入を決めた。
IDカードの貸し借りによるなりすましや不正入場の防止、さらにカード紛失のリスクや再発行にかかる運用コストを低減できると読む。また、降りるフロアごとにエレベーターを割り当て待ち時間を短縮するシステムや放射空調システムなども試験導入。ここで蓄積した知見を、街づくりやオフィス設計、サービスに生かす構えだ。
2拠点目となるテナント向けの会員制施設「mot.」も、同社が打ち出すコンセプト「その先の、オフィスへ」を体現するカギの一つだ。カフェを併設した無料のラウンジや会議室・個室、フィットネスジムなどで構成し、単なる働く場から「充実したビジネスライフを実現する場」への進化をけん引する。理想とするのは「人が主役となる街」だ。
東京建物 植物をリレーで育てる
東京建物もまた、ワークプレイスの付加価値向上に力を入れる。訴求するのは「オフィスワーカーが愛着を持つことができるオフィス」(同社)だ。
足元では東京・八重洲で現在の本社ビルを含む大規模再開発が進行しており、25年度に誕生する新ビルに本社を構える方針を示す。今はまさに、そこで始動する“次のオフィス”を模索している段階だ。
同社は長らく「オフィスワーカーが自由に集まり交流できる仕掛け」を磨いてきた。そのユニークな一例が、共有の観葉植物をリレー方式で育てる「トラベルプランツ」だ。テナント企業の社員や管理スタッフが自席で数週間世話した後に返却するもので、実際に運用する大崎センタービルではテナント同士が積極的に交流する効果が出ているという。
三菱地所 コミュニケーション生む空間
そもそも、不動産業界にはかねて「条件の良い床はお客さまに、という“不文律”が存在していた」(不動産大手)。既存物件に比べて高い賃料を設定できるだけでなく、知名度が高い企業をテナントに迎えることで「その建物はもちろん、デベロッパーとしてのブランドイメージも引き上げられる」(同)ためだ。これを打ち破ったのが三菱地所だ。
三菱地所は18年1月に、完成したばかりの「大手町パークビルディング」(東京都千代田区)に本社を移転。オフィスビルや商業施設などへの導入を視野に、新技術やサービスを実証していく最前線と位置付けた。
オフィスを取り巻く環境が急激に変わる中、決定を後押ししたのは「デベロッパー自身が先取りし、提案しなければ」という危機感だ。
それだけに、新本社「MECパーク」には三菱地所が思い描くオフィスの姿が詰まっている。まず、入居する4フロアを結ぶ内部階段を2カ所に設置。同一フロアの横方向だけでなく、縦方向でも偶発的なコミュニケーションが生まれやすい空間を構築した。共用部を通らず他部署に行けるため、機密情報が漏れる懸念を減らす利点も評価されている。
部署単位で緩やかに定位置を決める「グループアドレス」の導入にも踏み切った。社員は高さの異なるテーブルや大机、個人用机などから、当日の業務に合わせた場所を選ぶことができる。
当初は人数分の席を用意したものの、足元は8割まで削減。席ごとの稼働率を分析した上で、適正な座席数や空いたスペースの利活用を探る段階に入っている。
合計で全体の3分の1と広い面積を占める共用スペースも、そこを彩る個性的なデザインが無機質なオフィスの景色を変えるのに一役買っている。「フロアや用途ごとに異なるデザインを採用し、目的や内容に合わせて最適な環境を選べるよう工夫した」(三菱地所)という通り、柔軟な発想や気付きを促し、社員の士気と生産性向上を狙う自信作だ。
実際、同社では移転後1年で「想定を上回る成果が出つつある」(担当者)と明かす。全社員が効率的な働き方を意識した結果、有給休暇の取得日数が移転前より約10%増加。また会議室の稼働時間が約15%短縮されたほか、複合機の出力枚数も45%の大幅削減にこぎ着けた。部署横断型のプロジェクトが発足した数や、新規事業の提案件数の伸びも目立っているという。
日刊工業新聞2019年5月1日