農業×AI 国研トップが考える次世代農業

農業・食品産業技術総合研究機構 久間和生理事長インタビュー

 農業・食品産業技術総合研究機構は、産業としての競争力強化を掲げる。人工知能(AI)やデータ、情報通信技術(ICT)を取り込み、次の農業のモデルをつくる。久間和生理事長に2019年の展望を聞いた。
 
 -理事長に就任して1年がたちました。
 「18年と19年の組織改革で、農業の中核研究機関としての体制が整う。18年10月には農業データプラットフォームの『WAGRI』が本格稼働した。農業情報研究センターを立ち上げ、人工知能(AI)やICTと農業の融合を進めている。また農林水産省のスマート農業の開発実証事業が始まる。47億円を投じ全国69件が採択された。モデル農場では見て試す場をつくる。地域の産業競争力強化に向けて、九州沖縄地域にスマートフードチェーンを1月に創設した。アジアへの輸出強化を目指している。産学連携室を立ち上げ農業技術コミュニケーター20人を配置した。私もほとんどの面接に参加し、この人なら産業界とやっていけるという人を選んだ。開発した技術をあまねく浸透させる役割を担う。そしてシンクタンク部門を立ち上げる。まずは小さく、10-20人程度で始める。海外拠点の整備を計画しており、その調査も担当する。農業を強い産業として育成し、海外市場でのシェアをとりにいく」
 
 -理事長直属の農業情報研究センターの動向は。
 「農業情報研究センターは35人で立ち上げ4月現在は53人、27テーマが走っている。ロボットトラクターや鳥獣害対策AIなど、順調に大きくなっている。WAGRIは本格運用が始まり、データをオープンにしていく。20年には法人化する予定だ。我々が目指すのは徹底したアプリ志向の開発だ。AI自体を開発するのではなく、いまある技術を徹底的に使いこなす。農業全体でAIやICTのリテラシーを上げる必要がある。そこで農研機構の1割にあたる200人をAIに通じた人材にしたい。地方大学や公設試験機関、中小企業などの外部からも人材を受け入れて育成する。さっそく高知県の公設試から来てもらっている。AI研究者と農業研究者が融合研究を進め、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)でAI活用を教えていく。約2年、農業情報研究センターで修行したら元の所属部門に戻って指導にあたる。2月にはAI人材が7人で農業人材15人だった。10月には15人と45人と半年で3倍にする。AI人材が次の人材を教える仕組みを作り、23年には最低でも200人を育成する」
 
 -AI人材は引く手あまたです。なぜ採用できたのですか。
 「農研機構はパーマネントの比率が多い。他の研究機関では任期付きのポストが多く、安定しない。農業とAIという新しい研究分野を、腰を落ちつけて立ち上げたい研究者にとっては魅力的な提案ができた。さらに農業の研究者がただ教えを請うのではなく、農業研究の精鋭をあてる。イネの全遺伝情報(ゲノム)研究の大家を同センターに配置した。イネのゲノムが完全解読され、病害や干ばつに強い品種が開発された。土壌のカドミニウムを吸収しない品種など、世界の稲作に大きく貢献してきた人材だ。AIと農業のトップ研究者が集まる相乗効果を期待している。設立間もないがすぐに成果が出てくるだろう」
 
 -農水省のスマート農業の実証事業は。
 「69件中、農研機構が代表を務める課題が10件、共同研究機関として参画する課題が11件。実施計画やデータの収集などを支援し、データ解析やシステムを最適化する。モデル農場では見て、試し、体験する場をつくる。生産性向上や農家の所得増をデータで示すことが重要だ。スマート農機はメーカーの試験農場で動くのは当然として、現場で動くかどうか。コスト低減や保守サービス体制の構築を含めてモデルをつくっていきたい。5月の20カ国・地域(G20)新潟農相会議ではスマート農業を世界に発信していく」
 
 -農業の活性化は地方創生にもつながります。
 「九州沖縄でスマートフードチェーン研究会を立ち上げた。九州沖縄の農業産出額は約2兆円。立地もよくアジアへの輸出拡大を目指す。九州の大学や産業界、JA、金融機関と一体になって進める。また高知では県や高知大学など5者で連携協定を結んだ。高知県はナスやキュウリなどの施設園芸が強く冬野菜の一大生産地だ。IoP(植物のインターネット)クラウドとしてデータを集め、解析して診断や改善を提案する。栽培から出荷、流通まで見通してクラウドシステムを構築する」
 
 -農作物は年に何度もデータがとれないため、データ収集の効率が悪くないですか。
 「トマトのスマート栽培ではシミュレーションを活用した。日本のトマトは糖度が5度以上と甘いが収量は10アール当たり20トン、オランダ産は糖度が4度と低いが60トンだった。高品質・多収品種『鈴玉』と生育・収量予測ツールを組み合わせた。日射量や気温、二酸化炭素(CO2)濃度などのデータを集め、トマトの葉の枚数や積算受光量、光の利用効率などを掛け合わせて収量を予測しながら栽培環境を制御する。結果、糖度5度で10アール当たり55トンに向上した。次は60トンや70トンを狙おうと激励している。シミュレーションを組み合わせ、効率的にデータを使っていく」
 「環境制御の自動化も進めている。例えば水田では農家が天候や水温などを見極めて、日々水位を調整している。この見回りや水門の開閉に手間がかかっていた。そこで小さな通信基地局を設け、給水や排水のバルブの開閉を遠隔制御できるようにした。簡単にスマートフォンから操作できる。水管理を約80%省力化し、使用する水の量を約50%削減した。18年から販売が始まっている」
 
 -研究者は技術開発だけでなくビジネスモデルも考えないといけません。新設するシンクタンクの役割は
 「まずは小さく10-20人規模で立ち上げる。農研機構の内外から人材を集める。国内外の技術や政策動向を調査する。農業施策だけでなくICTやバイオの技術動向も押さえ、成長市場を探して農研機構に取り込む。経済産業省における新エネルギー・産業技術総合開発機構の技術戦略研究センター(TSC)や、文部科学省における科学技術振興機構の研究開発戦略センター(CRDS)と同じ役割になる。我々は海外拠点の整備を検討しており、海外との共同研究を立ち上げる予定だ。例えばオランダでは新しいビジネスモデルが生まれていて、米国では最先端のICT動向を押さえられる。アジアへの輸出拡大や農業技術支援を担う拠点も必要だ。こうした調査検討をシンクタンク部門で進めていくことになる」

 -法改正で国研からベンチャーなどへの出資が解禁されました。
 「ベンチャーにふさわしいネタはたくさんある。農業は最もネタが残っている領域といえるだろう。機構内で面白いテーマを集めている。研究者には研究成果をただ産業界に提案するのでなく、アバウトでも市場性や売り上げ予想などを提案するようにいっている。技術は開発するが、事業化はお任せという姿勢では産業界も動けない。研究者もビジネスを考える力は養う必要がある。またベンチャーが軌道に乗るまでには時間がかかる。技術が面白いだけではうまくいかない。外からプロの経営者を招く必要もあるだろう。出資審査はベンチャーキャピタルなどの助言を受けたい」
 
 -研究者が社会実装やビジネスにも取り組みます。業績評価が難しくなりますね。
 「研究者を多様な尺度で評価することが大切だ。研究者を論文数だけで評価していてはいけない。産業界との社会実装や人材育成、連携自体を支える黒子としての役割など、幅広い活動を評価していく必要がある。一つ一つを丁寧に見ていくのがマネジメントの役割だ。評価の質が大切で、これは一朝一夕には完成しない。だが多様な視点で丁寧に評価していくことで、研究者は勇気づけられ、組織が活性化する。世界的には農業や食品は成長している巨大産業だ。農研機構は成功例を出していく。期待してほしい」

(聞き手・小寺貴之)
 

【略歴】きゅうま・かずお 77年(昭52)東工大院電子物理工学専攻修了、同年三菱電機入社。11年副社長、12年常任顧問。13年内閣府総合科学技術会議(現内閣府総合科学技術・イノベーション会議)常勤議員、18年から現職。工学博士。東京都出身、69歳。


 

日刊工業新聞2019年4月11日(科学技術・大学)

小寺 貴之

小寺 貴之
04月12日
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技術開発に加えて市場調査や事業モデル開発、政策立案などの機能が整う。農業に適したイノベーションエコシステムの構築が求められる。農家に技術を普及させるには、コストも技術も成熟させた形で提供する必要がある。これをエコシステムの誰が担うか。難しい挑戦だが、実現できればこのモデルは他の社会課題市場に展開できるはずだ。

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