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マーケにも生かせ、混雑時ルート解析技術の進歩

人の流れ計測、万が一の避難誘導にも
マーケにも生かせ、混雑時ルート解析技術の進歩

避難体験オペラコンサートで人の頭をカウント(産総研提供)

 イベント主催者や施設運営者にとって安全管理は頭の痛い問題だ。事故や災害が起きてからでは状況把握にさえ時間がかかる。産業技術総合研究所人工知能研究センター(AIRC)はイベントの帰宅ルートや施設からの避難ルートの解析を進める。人の流れを計測し、万一の時にもデータを残しておける。

人の頭数える


 AIRCの大西正輝社会知能研究チーム長らは人の流れを計測し、混雑量などを推定する技術を開発する。定点距離カメラで人の頭を数え、一部の参加者にはスマートフォンのアプリや全地球測位システム(GPS)端末をもってもらい人流の速度を計測。二つの情報をシミュレーター上で統合し、会場全体の人の流れを推定する。

 例えば花火大会。最近は中止となる例が増えている。渋滞や転倒事故など、主催者の不備として会員制交流サイト(SNS)で拡散するようになり、イベント管理のハードルが高くなっていることも影響している。関門海峡花火大会(北九州市)では打ち上げ開始直後から観客が帰り始め、終了後も混雑解消を待って会場に残る人がいる。隣の駅まで歩くことはまれで、みなが門司港駅に集中する。ピーク時はルートによって最大50分移動時間に差ができた。

 帰り始める時間を平準化させ、混雑に応じてルートを誘導すると差を緩和できる。シミュレーションすると、ルート差を15分に抑えられることがわかった。大西チーム長は「大会終了後に小さなイベントを開いて帰り始める時間を遅らせる。この規模や長さをシミュレーションで最適化できる」と説明する。

ルートを太く


 この技術は施設からの避難にも活用できる。産総研は新国立劇場(東京都渋谷区)と「避難体験オペラコンサート」を開き、避難の誘導を解析している。コンサート中に避難が始まると観客は舞台側に集まってしまう。大西チーム長は「後ろの避難ルートがすいていても、着席し向いている前方に自然に集まってしまう」という。

 また避難中に扉を開ける人はほぼいなかった。4枚の防音扉のうち2枚しか開いていないと流量は半分になる。「劇場職員は最短ルートへ誘導するよりも、まず扉を開いてルートを太くする方が早く避難が完了する」と指摘する。

 課題はこの分析業務をビジネスとして独り立ちさせることだ。新国立劇場の例を受けて他の劇場から分析依頼が集まった。ただ「研究室の容量を超えていて断らないといけない状況にある」。施設運営者やイベント主催者にとっては、防災対策の改善と施設PRの一石二鳥の手法になるためニーズはある。ショッピングモールでセールと避難訓練を兼ねたイベントを開くなど、民間施設と公共施設に関わらず展開できる。

民間の知恵も


 センサーを常設すれば人流データはマーケティングに使える。飲食店フロアから食事を終えた人が出てくるタイミングでショッピングフロアに誘導するなど、誘導効果をリアルタイムに計って調整可能だ。デジタルサイネージも普及した。大西チーム長は「技術的にはできることがかなり広がった。防災と事業を両立させるビジネスモデルが必要」と民間の知恵を探し求める。

関門海峡花火大会での誘導例。プロジェクターで投影(産総研提供)

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年1月21日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
平時と災害時の両用はいろんな技術に共有する課題です。デジタルサイネージなど平時用の技術はお金が回るかぎり、どんどん開発が進むのですが、防災技術と融合はもう一手間必要になります。一方で、産総研と新国立劇場の避難体験コンサートは集客力のあるコンテンツになりました。災害訓練予算でPRができるので一石二鳥です。ショッピングモールなどでの避難訓練セールは、AED講習や災害時の生活予習、防災備蓄品の消化などを含めると、地域への貢献になります。大型施設に限らず、商店街などでも実施できます。企画次第でかなり有用な防災訓練になると思います。

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