ニュースイッチ

METI

ニッポン・スタートアップの現在地、支援のアイコンが語り合う

内閣府・石井芳明企画官×日本ベンチャーキャピタル協会・仮屋薗聡一会長
ニッポン・スタートアップの現在地、支援のアイコンが語り合う

日本ベンチャーキャピタル協会の仮屋薗聡一会長(右)と内閣府の石井芳明企画官

 革新的な技術やビジネスモデルで急成長を目指す企業を、官民挙げて集中支援するプログラム「J-Startup」が始まった。世界にはばたく変革の旗手やイノベーションの萌芽(ほうが)を求めてスタートアップの挑戦を後押しする関係者の姿から、イノベーションの可能性を考える。初回は日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の仮屋薗聡一会長と内閣府の石井芳明企画官が、「なぜいまスタートアップなのか」をテーマに語り合う。そこから浮かび上がる課題とは-。

ブームではない、不可逆的な変化だ


 政府はこれまでもさまざまなベンチャー支援策を講じてきた。「J-Startup」は、何がどう異なるのか。

 仮屋薗聡一氏(以下、仮屋薗) 新たな産業創出の観点から施策の舵(かじ)が大きく切られたことを実感しています。これまでのベンチャー支援策は開業率の向上や中小企業振興の色彩が強かったのですが、ユニコーン(時価総額が10億ドル以上の未公開企業)を輩出する施策は似て非なるものです。その違いが明確になりました。

 石井芳明氏(以下、石井) 政府がスタートアップを重視する背景には、安倍政権下の成長戦略の中で、ベンチャー支援が政策の柱として明確に位置づけられたことがあります。安倍晋三首相が歴代首相では初めて米国・シリコンバレーを訪問したことは象徴的ですが、世界展開を目指すスケールの大きなベンチャーを創出しようと施策のギアが明らかに変わりました。しかし、いくら政府が「こうありたい」と願っても、民間のプレーヤーの方々と同じ目線となり、歩調が合わなければ目指す社会は実現しません。その点において現在、多くの企業が新たな事業機会を求めてスタートアップとの関係を深めようとしていることを心強く思っているんです。

 仮屋薗 コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の動きには目を見はるものがあります。当協会におけるCVC会員は3年前がわずか6社でしたが、2018年は50社に上る勢いで、業種も多様化しています。第四次産業革命は、異業種のテクノロジーや異なる顧客群の組み合わせがイノベーションを生み出すだけに、スタートアップとの連携を通じたオープンイノベーションへと駆り立てているのです。これは一時的なブームではなく、産業進化の必然がもたらす不可逆的な事象だと受け止めています。

 石井 今回の施策のもうひとつの特徴は、エコシステムを重視している点です。単にスタートアップを支援するだけでなく、キープレーヤーとなるVCの発展やオープンイノベーションを加速する大企業とスタートアップとの連携強化を図る仕組みも盛り込んでいます。いまお話のあったCVCの増加を含め、VC業界の活発な取り組みには大いに期待しています。

 仮屋薗 もはやベンチャーキャピタル協会の実情は、オープンイノベーション協会と言ってもよいほどなんですよ。

 石井 頼もしい限りです。そういえば、近年はITベンチャーだけでなく、テック系のスタートアップの資金調達環境も改善しましたよね。宇宙関連ビジネスなどでも大型調達が実現していますね。

 仮屋薗 資金の出し手は確かに広がっています。しかも短期的な収益を狙ったマネーだけでなく、シナジーリターンの視点が一層強まった結果、資金供給先も多様化しているのです。一方で、気になるのは日本では、いまなお、日本のエグジット(投資回収)はIPO(新規株式公開)が中心である点です。

M&Aがもたらすもの


 日本のエグジットはIPO(新規株式上場)が主流。ところが米国は9割近くをM&A(企業の合併・買収)が占める。

 仮屋薗 IPOによる資金調達環境は堅調に推移しています。しかし、産業の新陳代謝を考えた時、まずは損益分岐点を超えることを目指して「小さくまとまる」ことだけでは果たせないことがあると思います。スタートアップの技術や独創的なビジネスモデルを大企業が自社の経営資源として取り込み、より大きな幹に育てていく-。それこそ真のダイナミズムではないかと。現在のCVCはスタートアップへのマイノリティー出資が中心ですが、日本全体で、スタートアップの成長力をどう取り込んでいくのかに注目しています。個人的にはソフトバンク傘下の英ARMが米トレジャーデータを約6億ドル(660億円)で買収したような大型案件が出てくることを期待します。

 石井
 おっしゃる通り、エグジットの問題は重要ですね。政府も株式対価M&Aの税制特例など、M&Aを後押しする施策を講じています。M&Aが多く出てくることで、エグジットの幅が広がり、結果、大型IPOを狙う企業も増えると思います。一方で、M&AやIPOの環境が改善するのにはいま少し時間がかかります。大企業のCVCは数が増えてきても社内での効果の説明に苦労されているのではと推察します。投資効果をどう評価するかや適材適所の人材戦略など、多くの企業が試行錯誤されているのではないでしょうか。「とにかくスタートアップに投資しなければ」という感覚では長続きしません。持続可能な仕組みを構築すべきでしょう。意思決定のスピードの違いはもとより、スタートアップの革新性を取り込む上での組織風土改革も必要ですね。

 仮屋薗 同感です。いま当協会では、CVCの国際比較調査を行っています。世界でもベストプラクティスと呼ばれるCVCはそう多くありませんが、どのぐらいの資金や人材を投じているのか。とりわけ、着目しているのは、人材の流動化です。米国などでは、M&Aによって買収された経営者が、買収企業側の経営幹部として登用されるケースが珍しくありません。伝統的な大企業はこうした人材からもたらされる新風によって、スタートアップならではのスピード感や大胆な意思決定を肌感覚として実感します。買収後の相乗効果を発揮するにはPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の巧拙が左右しますが、いかんせん、日本企業は経験が少ない。しかし、M&Aが広がる過程で、徐々に変わっていくのではないでしょうか。

 石井 ダイナミックな産業構造の転換につなげたいとの思いは僕らも同じです。ところで、以前に仮屋薗さんたちと経済産業省のチームで、国内のVC投資額が5年後には5000億円、10年後には1兆円ぐらいに伸びると望ましいというお話をしたことがありますね。あれから順調に伸びてきていますが、米国や中国のアグレッシブな動きを前に、もう一段加速しなければならないと思っているんです。世界から投資を呼び込むかという観点は重要になりますね。

変わる経営者像


 巨大ITプラットフォーマーが世界を席巻し、米国や中国のベンチャー企業が巨額の資金を調達して研究開発や事業展開を進めるいま-。日本の起業家や投資家には、これまで以上にグローバルで高い視座が求められるとの指摘もある。

 石井 「J-Startup」プログラムは、世界で戦い、勝てる企業を生み出し、革新的な技術やビジネスモデルで世界に新しい価値を提供することを目指しています。日本で活躍する約1万社のスタートアップの中から、第一線の民間の目利きのご推薦をもとに、第一弾として92社が認定されました。この中には、グローバル展開中のメルカリやロボットスーツのCYBERDYNE、創薬プラットフォームのペプチドリームなどメディアなどで目にする機会の多い企業も含まれていますし、まだ名前が知られていない新進気鋭の企業もあります。これら企業にみられるように、高い志を抱き、しっかりした成長モデルを描ける経営者が増えてきたように感じます。

 仮屋薗 2000年代初めのベンャーブームとの大きな違いは、社会課題解決型の技術利用を事業に据える企業が増えるなか、広く社会からの共感を得る上で、求められるリーダー像が変わってきている点ではないでしょうか。一見すると、おとなしくて、冷静沈着な印象を与える人が少なくないように感じますが、事業への情熱を内に秘め、時に大胆な経営判断を下しています。経営共創基盤CEO(最高経営責任者)の冨山和彦さんが経営に必要な資質として常々おっしゃっておられる「合理」と「情理」ですね。

 石井 僕も長くベンチャー支援に携わってきた中で、ここ数年でベンチャーをめぐる人材は確かに変わり、その加速度は増しているという印象があります。

 仮屋薗 シリコンバレーの経営スタイルって、米フェイスブックCOO(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグもそうですが、サービスやプロダクトを生み出す若手経営者と、経験豊富なプロ経営者という組み合わせなんですよ。日本はまだ一人が事業と経営の双方をみていますが、いずれ明確に役割分担されながら、より大きなビジネスに取り組んでいくことになるのではないでしょうか。
仮屋薗氏

起業マインド、社会で醸成


 「J-Startup」にも名を連ねる、スマートフォン決済サービスを提供するorigamiの康井義貴社長は、挑戦を恐れず「スタートアップが格好いいと思われるような日本にしたい」と、起業マインドが社会全体で醸成されることへの期待感を示す。

 石井 康井さんの言うような社会に変わりつつあると思いますよ。東大を卒業しても、大企業や官庁を目指すばかりでなく、起業する人は増えています。実際、優秀な同僚が経産省を辞めて、ベンチャーの世界に飛び込んでいくケースも増えてきました(笑)。

 仮屋薗 起業のハードルが以前に比べ、下がりつつあることも一因ではないでしょうか。スタートアップの資金調達環境が改善していることで、大企業との給与格差は縮小しつつある。とはいいながら、リスクはあるわけです。しかし、スタートアップエコシステムが機能すれば、事業上の失敗の経験が生かせる社会が到来します。シリコンバレーでは、「残念ながら市場は立ち上がらなかったけれど、あの挑戦はナイストライだった」と、評価してくれる人がいて、経験を生かす機会があるんですよね。自身が置かれた状況下でベストを尽くした人であればあるほど、次のキャリアで新たな可能性が拓ける-。日本でもそんな社会が実現することを願ってやみません。

海外投資はもっと呼び込める


 こうしたスタートアップエコシステムが回り始めている日本の姿を世界にどう発信するか。

 石井 日本のスタートアップの独創的な技術やビジネスが、そもそも世界に十分知れ渡っていない。こうした現状を打開するため、政府として広く世界に発信するお手伝いをしたいと考えています。知ってもらえば、海外からもっと投資を呼び込めると思うんです。

 仮屋薗 スタートアップが海外展開でまず直面するのは、人的ネットワークやセールスマーケティングのチャンネルがないことなんですよ。「J-Startup」プログラムでは、ここを政府が補完してくれるということですが、経営資源が限られるスタートアップにとって有用なサポートになると思います。一方で、海外投資家に対する施策の発信には課題はありますね。

 石井 ベンチャー支援に関しては、諸外国と遜色ない形で制度やルールを整えてきました。安倍政権の発足以降、さらにギアをシフトして環境整備を進めています。世界に向けて日本に投資機会があることをアピールし、世界とのつながりでスタートアップエコシステムが発展する過程で、支援をさらに強化することも必要だと認識しています。

 仮屋薗 投資家が気にするのは、スタートアップ支援策の継続性に不透明があるかどうかです。

 石井 確かに日本の規制の透明性を向上すること、施策を安定的に継続することは重要ですね。日本のスタートアップエコシステムの整備を、引き続き強力に進めていきたいと思います。そして、世界に羽ばたくスタートアップは、政府の支援策を使い倒すぐらいの気持ちを持っていただきつつ、グローバルな競合としたたかに戦ってくれることを期待しています。
石井氏
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
今月のMETIジャーナルの政策特集は「スタートアップ」です。ご期待下さい。

編集部のおすすめ