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タワーレコードが描くこれからの“CDショップ”像

高橋聡志取締役兼リテール事業本部長インタビュー
タワーレコードが描くこれからの“CDショップ”像

高橋聡志取締役兼リテール事業本部長(右)と谷河立朗広報室長

 国内のCD販売大手タワーレコード(東京都太田区、嶺脇育夫社長、03・4332・0700)は、店舗の更新に余念がない。eコマース(電子商取引)やデータ販売、ストリーミングサービスなど、音楽を楽しむためにオンラインサービスを利用することは今や一般的になった。“オンラインサービス全盛期”を生き抜く店舗の強みと戦略について、同社の高橋聡志取締役兼リテール事業本部長に話を聞いた。

来店者層の変化と“チューニング”


-オンラインサービスが普及している中でもより多くの人に店舗を利用してもらうために、現在取り組んでいることについて教えて下さい。
 各店舗で集めたデータをもとに、店舗の“チューニング”に取り組んでいる。タワーレコードの来店者層は、従来は8―9割がマニアックな楽曲を探している音楽ファンだったが、最近は特定のアイドルやバンドなどを応援するアーティストファンが5割を占めている。両者のスタンスが以前よりも別れてきている中で、音楽ファン向けの店舗にするのか、それともアーティストファンを意識した店作りをするのかを店舗ごとに見極めている。全体では、両方のファンを応援できるように環境を整えていきたい。

-チューニングでは、各店舗で働いているスタッフの手腕に期待がかかります。
 タワーレコードでは、それぞれの店舗にその地域で生活している人もスタッフとして在籍している。地域で人気のアーティストや楽曲について、(アーティストの出身地やご当地限定のアイドルなど)地元ならではの情報をつかんでいるからこそできる販売スタイルもあるだろう。これは実店舗がないとなかなかできないことだ。同時に、今は“タワーレコード”というブランドやイメージだけで人が集まる時代ではない。それぞれの地域の特性に合わせた店作りが重要だ。

-その他にも、実店舗だからこそできることはありますか。
 アーティストと販売者、ファンの距離を近づけることだろう。この距離はウェブサービスだけでは埋められないと思う。タワーレコードでは、それぞれの店舗で推したいアーティストやジャンルがはっきりとしている。好きなアーティストや楽曲に関するスタッフの知識を店作りに生かしているから、来店者の心に響くおすすめができる。オンラインサービスは何か目当ての情報を探すには便利だが、それ以上の情報に触れるのは難しい。最近はレコメンド機能も進歩しているが、まだ満足できるものとは言いがたいのではないか。

 タワーレコードの従業員(パートを含む)は約1000人。店舗ごとに従業員の好みやおすすめを反映する運営方法は、同社の特徴の一つである。例えば、大高店(名古屋市緑区)は、SMAPのファンがアーティストに縁のある場所を訪れる“聖地巡礼ツアー”の行き先に選ばれるほど、ファンの間では有名だという。立川立飛店(東京都立川市)も、メンズアイドルの紹介に力を入れている店として話題になっている。
 旗艦店である渋谷店(東京都渋谷区)は、韓国内でも高い評価を得るほどK-POP作品の品ぞろえが充実しているという。CD購入の他にも、イベント参加やファン同士の交流を目当てに海外から人が訪れている。同社の谷河立朗広報室長は、「(店舗ごとの取り組みについて)高橋さんはよく“聖地化”と言う。店側が特定のジャンルに力を入れると、そこにファンが集まるようになる」と語る。

店舗の強みをオンラインで生かす


-実店舗がメーンとはいえ、オンライン上でのサービス提供や情報発信にも精力的に取り組んでいます。最近の取り組みの中で、反響の大きかったものは何ですか。
 (デビュー30周年を記念して開設した)B’zの特設サイトの反響が大きかった。「俺が作る!」と意気込んだ社員がかなり濃いページを作り上げたが、開設から約2カ月(取材当時)でかなりのアクセス数を記録しているようだ。

-特設サイトではB’zファンの従業員がいる店舗の情報や、各店舗のディスプレー写真などが紹介されていました。店舗に行ってみたいと思わせる仕掛けが面白いと思いました。
 かつてのCDショップはCDやDVDを買うだけの場だったが、競合が多い今の環境でそのまま生き残ることは難しい。タワーレコードのアセットは音楽に関する知識。サイトをきっかけに店舗へ足を運んでもらって、そこから購入につなげる流れを確立するために、オンライン上でも音楽知識を活用していきたい。

-オンライン事業では、2013年に始めた発売日前日にCDを受け取れるサービス「発売日前日お届け(フラゲ)」も好評です。
 CDを発売日前に購入できるフラゲは、店舗では当たり前のことだった。それをタワーレコードの利用者全員に提供したいと思い、オンラインサービスにしたら好評だった。とはいえ、販売元との兼ね合いもあり、フラゲを適用する商材選びはなかなか難しい。

-難しくても実現できるのはなぜですか。
 店舗のデータが役立っている。例えば、国内のアーティストは水曜日にCDを発売することが多く、店舗でのフラゲは火曜日に発生する。火曜日に販売数が多い、すなわちフラゲの需要があるアーティストであればオンライン上でもサービスを展開できるのではないか、という流れで商材を選んできた。

-今後、タワーレコードの強みを生かして取り組みたいことはありますか。
 今は、店舗と同じように“なんとなく立ち寄っただけ”でも好きな音楽を見つけられるようなウェブサイトを作っていきたいと考えている。さまざまな立場の利用者に満足してもらうために、タワーレコードができることはまだまだあると思う。そのために、スタッフの知見やこれまでに得た店舗データを存分に生かしたい。店舗もオンライン事業も、“応援”をキーワードにサービスの拡充を進めている。音楽ファン、アーティストファンの両方を満足させられる応援ができるようにしていきたい。
(聞き手、文=国広伽奈子)
【略歴】たかはし・さとし
1969年東京都出身。1995年タワーレコード渋谷店に入社。岡崎店、横浜モアーズ店、新宿店で店長を務めた。2013年に店舗運営本部長に就任。2018年3月取締役兼リテール事業本部長。好きなアーティストはDef Tech、山下達郎。趣味の波乗りに合う音楽全般が好み。注目のアーティストはSuchmos。部下からデモ音源を紹介された時に「デビューしたら全店で売れ!」と言った思い出がある。

【略歴】やがわ・たつろう
1962年東京都出身。1995年広報部立ち上げスタッフとしてタワーレコードに入社。1998年ネオテニー広報担当部長。2001年タワーレコードデジタルビジネス事業部マネージャー兼広報部長。2004年NMNL経営企画室長。2007年よりタワーレコード広報室長。好きなアーティストはBOB MARLEY、邦楽では山下達郎、吉田美奈子、EGO-WRAPPIN'、Negicco、さくら学院など。注目のアーティストは新潟のご当地アイドルRYUTist。音楽性、パフォーマンス、メンバーのキャラクターのいずれもすばらしいと絶賛する。
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
B’zの特設サイトを見たことがきっかけで、渋谷店に行きました。カセットテープも置いてあることにかなり驚きました。現在の音楽産業については、ライブやフェスなどの「コト消費」がキーワードの一つになっています。タワーレコードも、全店舗合計で年間約1万件のインストア(店舗内)イベントを開催しています。今回の取材で印象的だったのは、利用者と共感できる環境作りを長年重視してきたこと。イベントや店内レイアウト、SNS、インターネット番組など、利用者との共感を生み出す場所や手段をたくさん持っていることもタワーレコードの強みだと感じました。

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