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割れても自己修復するガラス、非常識を世界で初めて可能に

割れても自己修復するガラス、非常識を世界で初めて可能に

自己修復樹脂ガラスは高強度であり、かつ破断しても室温圧着だけで接合・修復できる

 大量生産・消費という20世紀のパラダイムから脱し、真に持続可能な社会の構築は、現代を生きる人類の使命である。生分解性プラスチックは生物分解されるため、エネルギー消費の問題を部分的に回避できるが、実用化が進められているバイオプラスチックには強度や耐久性の問題が存在し、普及を阻んでいる。

 一方、人類を含むあらゆる生命体は損傷部位を自己修復する機能を持つ。21世紀にはいり修復機能を持つ材料が報告されはじめた。破断面が温和な条件下で何度も修復するゲルやゴムなどの柔らかい材料群である。

 この性質は、水素結合などの非共有結合形成の可逆性をもって実現しており、破断面にある高分子鎖が相互貫入し、非共有結合形成により絡み合う結果、破断組織が再生する。しかし、ガラスなどの固い材料は、構成する鎖の運動が凍結しているため、溶融しない限り修復しない。

 我々は世界初の自己修復樹脂ガラスを開発し、この常識を覆した。開発した樹脂ガラスはポリエーテルチオ尿素と呼ばれる高分子物質からなる。

 これは生体分子の表面に強く接着する「分子糊(のり)」と名付けた物質の合成中間体として設計されたが、固く、さらさらした手触りの表面をしていながら、破断面同士を押し付けているとそれらが融合する特別な性質を示すことに気が付いた。

 この材料の弾性率(>1GPa)、力学強度(32MPa)が著しく大きいことを考えると、破断面が修復する性質は驚くべきことである。材料の修復能を評価すると、室温では数時間の圧着で機械的強度が破損前と同等の値にまで回復した。

 この自己修復性樹脂ガラスと類似の構造を有する複数種の高分子を合成し、その力学強度や修復能を評価した結果、鎖が比較的短い高分子で局所的な運動性を保証しつつ、それらを水素結合で高密度に架橋し、高い力学強度を実現することの重要性が明らかになった。

 水素結合による高密度な架橋構造の形成は材料の脆性(ぜいせい)を高めるので一般には好ましくないが、チオ尿素が形成する水素結合は屈曲しており結晶化を促進しない。これは大きな魅力である。

 さらに、水素結合ペアの交換を容易にする機構の重要性も明らかになった。チオ尿素とエーテルは相溶性が高く、水素結合したチオ尿素同士がペアを交換する際に水素結合受容体として一時的に介入し、ペアの交換を容易にしている。

 ゴムやゲル状態の柔らかい高分子材料に加え、分子設計次第ではガラス状態にある固い高分子材料までもが自己修復できるようになった。この非常識を世界ではじめて可能にした本研究の歴史的意義は大きい。
(文=相田卓三創発物性科学研究センター副センター長)
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
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