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リスクコミュニケーションで多くの企業に欠けていること

エンカツ社・宇於崎裕美社長インタビュー
**「リスクコミュニケーションの現場と実践」著者登場
―執筆の動機は何ですか。

「リスクコミュニケーションの担当者はいずれも単独で行動していて、横のつながりがない。広報のコンサルタントとしてさまざまな企業とお付き合いする中で、リスクコミュニケーションに関しては食品会社や、幼児と接する保育などの事業者が進んでいると感じていた。いずれも生活者にとって気になる分野だけに、いろいろな工夫をしている。食品業界などが実践している方法を、ほかの業界も応用したらどうかと考え、さまざまな分野で横断的に生かせる手法や考え方をまとめてみようと思い立った」

―本書のポイントは何ですか。

「食、保育、メディアの各界の専門家にリスクコミュニケーションの考え方や、実践されている手法を紹介していただき、総括として横浜国立大学リスク共生社会創造センターの野口和彦センター長に、本質を説いてもらった。企業や地方自治体などで苦労している担当者が成功事例を知れば、負担が軽くなるに違いない」

―リスクコミュニケーションの本質は何ですか。

「リスクコミュニケーションに不慣れな人の多くが、説得工作だと誤解している。だから短期的な成果を追求し、成果が出ないと思い悩む。でも説得工作ではない。相手との信頼関係を構築することが目的だ。相手が納得してくれず、意見が対立しても諦めないで、地道にコミュニケーションを続けることに意義がある」

「企業のトップもこの点を理解する必要がある。相手に納得してもらえず批判にさらされ続けるとしても、その事業が必要なら敢然と推し進める覚悟をしなければならない。ただしその時には、事業を進めることで生活者がどのようなメリットを得られるのか、リスクを冒さないとどんなデメリットがあるのかを、勇気を持って説明する必要がある。多くの企業はこのトレードオフについて、説明する積極性に欠ける」

―信頼関係づくりで重要なのは何ですか。

「相手の意見に耳を傾けることだ。相手の求めに対し、ここは変えられないけど、ここは希望に沿うべく頑張るといった具合に、双方にとってより良いものを目指す姿勢が求められる。自分は考えを一切変えず、相手に考えを変えるよう求めるばかりでは信頼関係は生まれない。相手が何に不安を感じているのか、それはなぜか、何を望んでいるのかを俯瞰(ふかん)し、問題の本質を見極めることが重要だ。ひょっとしたら不安の根源は、その会社の事業と別のところにあるかもしれない。そこに新しい商機が見つかる可能性もある」

―ほかの場面にも応用できそうですね。

「価値観や行動様式が違う人が共存するダイバーシティー社会でも、リスクコミュニケーションの考え方は重要になるだろう。人は自分が知らないものを恐れがちだが、相手を少しでも知れば、むやみに恐れることはなくなる。ダイバーシティー社会におけるコミュニケーションは互いを知り、信頼関係を築くといった点で、リスクコミュニケーションに通ずるものがある」
(聞き手・宇田川智大)

エンカツ社社長・横浜国立大学非常勤講師/宇於崎裕美氏

◇宇於崎裕美(うおざき・ひろみ)氏 エンカツ社社長・横浜国立大学非常勤講師
82年(昭57)横浜国大工卒、同年ユーエス・エシアテック・カンパニー(現ユサコ)入社。リクルート、電通バーソン・マーステラなどの勤務を経て97年エンカツ社を設立し社長。17年横浜国大リスク共生社会創造センター非常勤講師。北海道出身、59歳。
日刊工業新聞2018年11月5日

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