揺れる東芝「社長交代」過去3回の会見で語られたこと

企業が変化・変質していくヒントが見え隠れ

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2年前の社長交代会見。左から西田氏、田中氏、佐々木氏

佐々木氏が昇格「構造改革プログラムを徹底的に推進する」


 <2009年3月19日付>
 東芝は18日開いた取締役会で佐々木則夫取締役兼執行役副社長(59)が社長に昇格する人事を決めた。西田厚聰社長は(65)は代表権のない会長に就任、岡村正会長(70)は相談役に退く。6月下旬の株主総会後の取締役会で正式決定する。

 佐々木副社長は入社後一貫して原子力畑を歩み、米原子力会社・ウエスチングハウス(WH)買収を取り仕切った。社会インフラを軸に成長する戦略の中、手腕を生かす。佐々木副社長は「技術革新をベースに新しい東芝像をつくる」と抱負を語った。

 西田社長は05年に就任。原子力や半導体の大型投資など「攻めの経営」を徹底。西田社長は「構造改革の後、成長軌道に乗せる役目は同じ人が務めるのがいい」と交代理由を説明。西田社長は経団連副会長に就任予定で財界活動に軸足を移す。

 佐々木則夫副社長は「半導体も含めた構造改革プログラムを徹底的に推進するほか、事業の選択と集中をさらに発展・加速させる。時代に合わせて東芝を進化させる」と抱負を述べ、西田厚聰社長が進めた改革路線を継続する方針を示した。

 西田社長は交代理由について「経営環境が厳しい中で構造改革の道筋を付けた。早く回復させて成長路線に乗せるには、構造改革の実行とその後の運営を同じ人物が実施するのが良いと考えた」と述べた。

 次期社長の選考について、西田社長は「社長に就任した時から後継者として何人かを候補者に絞って見てきた。その中から佐々木副社長を選んだ。自分一人で決めた」「東芝はエネルギーとエレクトロニクスが事業領域。佐々木副社長はエネルギー事業の経験と実績がある。今までの判断力、実行力があれば直接経験したことのない電子デバイスも率いていける」と複数候補者の中から一人に絞ったことを明かした。
 
 これを受けて、佐々木副社長は「社会インフラ事業と半導体などの電子デバイス事業は時間感覚が違う。両事業の時間感覚に合わせて判断していくことが大切だ。個別ビジネスはこれから習得していく。担当役員もいるため、一致団結してやっていきたい」とした。
 
 交代を決めた時期について、西田社長は「続投でなく交代が指名委員会で決まった際にはあなた(佐々木副社長)にしたいと、昨年末に本人に打診した。3月3日に正式に指名委員会に推薦したい旨を話した」と述べた。佐々木副社長は、打診を受けた時の感想を「環境が厳しい時に社長を受けることにかなり悩んだ」とした。

【素顔】原子力の配管設計が大局観を養うきっかけに


 長期的な視野を持ち体系的に物事を見る親分肌。入社以来、原子力事業一筋だ。原子力プラントの配管設計という初仕事が今も原体験として自身を支える。プラント全体を知らないとできない配管設計が大局観を養うきっかけになった。

 その大局観が生きた象徴的な例が06年の米ウエスチングハウス(WH)買収交渉で実務責任者を務めた時だ。2050年の原子力事業について、WHを買収した場合としなかった場合のシナリオを作成。これが約6000億円の巨額買収の決定打となった。

 仕事には厳しいが、やさしい面もあるとは社内からの声。東芝グループ20万人を束ねる親分はアメとムチの使い方も熟知しているようだ。
 
 独身ゆえか、多趣味の人でもある。マウンテンバイクやロードレーサーとアウトドア派かと思いきや、ジャズ鑑賞のような屋内での余暇の楽しみ方も知る。
 <略歴>
 1972年(昭47)早大理工卒、同年東芝入社。03年原子力事業部長、05年常務、07年専務、08年副社長。東京都出身。
 (肩書き、年齢は当時)

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