20年度に小学校で必修化、プログラミング教育はこの夏が熱い
ロボットメーカーやパソコンメーカーなど新規参入相次ぐ
日本のプログラミング教育が立ち上がるか分水嶺(れい)にある。2020年度の小学校での必修化に向け教材市場は活況だ。教材会社に加えてロボットメーカーやパソコンメーカーなど、海外勢を含めて新規参入が相次いでいる。一方で学校のカリキュラム(授業案)開発は道半ばだ。早くも面白くない授業が広がり、児童や生徒の興味をそぐのではないかと危惧されている。学びの現場を追った。
プログラミング教育などのIT教材の展示会では、中国・深圳のロボット教材ベンチャーが攻勢をかけている。「Mabot」、「DOBOT」、「mBot」。みな深圳のベンチャーの製品だ。電子機器受託製造(EMS)産業の集積を背景に、部品を安価に調達してロボットの価格を抑えて、世界に拡販している。
世界的な人工知能(AI)ブームでハイクラス層の教育熱が高まっている。AI時代に残る仕事に子どもたちが就けるようにと、STEM(科学・技術・工学・数学)教育が注目された。ロボットプログラミングはプログラミング(ソフト)とモノづくり(ハード)の両方を学べる。
メーカーにとっては電子部品や基板が剥き出しのままでも、モジュール売りで製品になるため参入障壁は高くない。そのため新規参入が急増した。深圳ベンチャーにとって、隣国日本のプログラミング教育必修化は大きなビジネスチャンスになる。代理店と組んで拡販に力を入れる。
日本ではプログラミング教育の教材選定とカリキュラム開発は佳境を迎えている。文部科学省の白間竜一郎審議官は「20年度の授業開始に向けて、先生は19年度中には準備を終えている必要がある。18年の夏休みはできるだけ多くの先生にプログラミングに触れてほしい」と説明する。
日本の教材各社も「この半年が勝負」と声をそろえる。この夏休みに教員向けの勉強会を開いて具体的な授業案をみせられないと、19年の夏休みに各教員が学校や生徒に合わせてカリキュラムを調整できなくなる。
シード・プランニング(東京都文京区)はプログラミング教育関連市場が25年に231億円と16年比6倍に成長すると予想する。プログラミング学習ツールやロボット工作キットを使った授業が想定される。文科省はパソコンがなくてもプログラミング的思考が学べるようカリキュラム整備を急ぐ。教員にとっても教材各社にとっても、この夏は熱くなりそうだ。
プログラミングのカリキュラム(授業案)開発では教材各社が先行する。小学校ではプログラミングという授業が増えるわけではなく、算数や理科など、現行の授業にプログラミング的思考を学ぶ要素が組み込まれるためだ。長年、教員と一緒に教材を改良してきた蓄積を生かして、現実的なカリキュラムに落とし込む。
学研エデュケーショナル(東京都品川区)とアーテック(大阪府八尾市)は民間の学習塾向けに提供している「もののしくみ研究室」のカリキュラムを学校向けに展開する。学研エデュケーショナルが小学校、アーテックが中学校を担当する。学研エデュケーショナルの前原達也編集長は「学校からの引き合いが多く、公教育向けの開発を急いでいる」と説明する。教材はブロック感覚でモーターやセンサーを組み立てられ、自動ドアや信号機など身近な機械を作れる。前原編集長は「学んだ子の2人に1人は、集中力が上がった」と胸を張る。
中学校プログラミング教材首位の山崎教育システム(東京都東村山市)は「プロッチ」を秋に発売する。1台3500円と低価格ながら、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボが開発したプログラミング学習ツール「スクラッチ」に対応させた。プログラミングに加え、プロッチを介してパソコンをつないでチャットができる。暗号通信を体験でき、サイバーセキュリティーを学ぶ授業に利用できる。同社の神喰(かみじき)洋光主任は「学校のパソコンの多くはセキュリティーのためネットにつなげなかった」と説明する。現場で使える形と予算に落とし込んだ。
教材各社を追い掛けるのが電機各社の新事業部門だ。ソニーはブロック型センサータグ「MESH(メッシュ)」を展開する。人感センサーや発光ダイオード(LED)などをプログラミングで連動させて簡単なIoT(モノのインターネット)を構築できる。照明とつないでMESHが人を検知したら明かりを点け、時間がたったら消すなど、日常生活で使えるプログラミングが可能だ。カリキュラムはウェブで公開して教員の間で共有を促す。ソニー新規事業創出部の沼田洋平氏は「実際に部屋の明かりがつくと子どもはとても喜ぶ」と目を細める。
スクラッチのようなソフトウエア中心の教育の難点は成果がコンピューターの中に閉じてしまう点だ。画面の中のキャラクターの動きをプログラムしても、ゲームに慣れた子どもに目新しさはない。そこでゲームを作っても市販品の面白さにはかなわず、白けてしまう課題があった。ハードとの連動で自分の部屋や家をコントロールできる。東京大学の越塚登教授は「自分と部屋や地球がプログラミングでつながると気が付くことが大切。地球規模の環境問題に自分たちが何かできるとわかると勉強への姿勢が変わる」と期待する。
ロボットメーカーもプログラミング教育市場に熱い視線を注ぐ。ロボットプログラミングの強みは実際に機体が動く点だ。プログラムを書いたらそのままロボットで試せるため試行錯誤のループが短い。ロボット同士のバトルやロボットとお客さんのコミュニケーションを題材に授業を組み立てられる。
富士ソフトはロボット相撲ができる小型ロボ「プロロ」を2018年度内に発売する。手のひらサイズの機体に対物センサーや床の色を識別するカラーセンサーなどを搭載。プログラミングの授業に多いライントレースや障害物回避、迷路探索は対応済みだ。
すでに都内の中学校で実証が進んでいる。授業の目玉はロボット相撲。ライントレース用の黒線を土俵に見立ててぶつかり合い、相手をひっくり返した方が勝ちだ。相手を検出したら素早く側面に回り込むプログラムを書けると勝率が上がる。
小学生向けの体験会も開催している。「小学生はバトルに燃える。負けて悔しいと次のアイデアを考えてプログラムを書く。勝負にのめり込んだ結果、プログラミングを学んでいる」(マイクロロボット事業推進部の井原亮リーダー)。
コミュニケーションロボットも有望だ。ソフトバンクは「ペッパー」を小中学校282校に貸し出し、授業やカリキュラム開発に利用してもらっている。子どもたちはロボットの動きをプログラミングするだけでなく、接客コミュニケーションのデザインに取り組んでいる。
学校や観光地でペッパーが案内役として接客する際に、まず相手が何を知りたいか、何に困っているか絞り込む。課題に応じて案内する内容を変えるには、たくさんの対話フローを状況ごとに分類し、整理して書くことになる。
プログラムそのものに興味がなくても、コミュニケーションを通してプログラミング的思考を学べる。
シャープの「ロボホン」も、MITメディアラボが開発したプログラミング学習ツール「スクラッチ」に対応させ、学校教育に展開している。同社の松ヶ下正之主任は「学校からの引き合いは多い。大型のヒト型ロボで授業を試し、同じカリキュラムをそのままロボホンでできないかと相談される」と明かす。ロボホンは機体が小さく教室の移動が簡単だ。ロボットが転倒して、相手にけがをさせるリスクもないため学校で使いやすい。
コミュニケーションロボットの武器は音声認識や顔認識などの人工知能(AI)技術だ。すでに機能としては実現しているため、スクラッチなどのプログラミング学習ツールに対応させるだけですむ。名前を呼べると、それだけで相手との距離をグッと縮められる。ロボット工作キットに価格面で対抗するのは難しいため、AIを教育に取り込み付加価値を示す必要がある。
プログラミング教育の必修化に向けて市場は活況だが、学校は必ずしも新しく教材を購入するとは限らない。文部科学省のプログラミング教育の手引きには算数の時間に多角形を描いたり、理科で電池をつないで発光ダイオード(LED)を光らせる授業にプログラミングを入れる授業案などが紹介されている。教育普及に向けて現場にすでにある機材で授業ができるよう配慮している。
プログラミング教育の普及にはカリキュラム(授業案)開発の負担が重くのしかかる。教材会社はまずロボットなどを教員に配布しないとカリキュラムが作られない。だが優れたカリキュラムはまねされて広がり、その過程で高い教材を使わなくてすむように改良される。「ペッパー」で開発したカリキュラムが、より小型の「ロボホン」に転用される例もある。
自社の教材でしか学べないように制限すると教育現場から反感を買う。教材会社からは「カリキュラムはコピーされればおしまい。公立校に高い教材を買う余裕はない。本当にビジネスとして成立するかどうか、まだ誰にもわからない」という声も聞こえてくる。教育基盤を支えるプラットフォーマーの支援が重要になる。
日本マイクロソフト(MS)はパソコンメーカーなども参加する「ウィンドウズデジタルライフスタイルコンソーシアム」(WDLC、梅田成二会長=日本MS執行役員)でカリキュラム開発をサポートする。英BBCが開発したプログラミング教材「マイクロビット」4000個を小学校200校に寄贈。MSのプログラミング学習ツール「メークコード」も提供する。メークコードではプログラムを書き、実際に動くか試すことができる。
カリキュラムやプログラムはサイト上で共有する。梅田会長は「熱い先生に、この夏休みに研究してほしい。学びの共有を促してプログラミング教育の普及をサポートしたい」と意気込む。
プログラミング教育の普及はパソコンの需要を押し上げる。熱心な親が、子どもに自由にプログラミングできる環境を買い与えるためだ。国内のパソコン市場は約1000万台。そのうち個人向けは400万台とされる。市場が縮小する中、「教育用パソコンで50万台増と試算されている。非常に大きいインパクトがある」(梅田会長)。学校に配備されるパソコンも2018年度は1805億円が地方財政措置され、22年まで続く予定だ。プログラミング教育が順調に立ち上がれば、マイクロソフトやメーカーなど業界全体が恩恵を受ける。そのため先行して種をまく。
文科省の白間竜一郎審議官は「我々だけでは限界がある。WDLCの協力はタイムリーで大変ありがたい」と歓迎する。教材各社の競争だけでは消耗戦に陥るリスクもある。パソコン業界はまとまった。ビジネスとカリキュラム開発を両立させられるかもしれない。
プログラミング教育必修化に向けて教材やカリキュラムの開発環境は整いつつある。次の課題はカリキュラムそのものだ。面白くない授業が広がり、児童や生徒の興味をそぐのではないかと危惧されている。これは現行の算数や理科などの授業に無理にプログラミングを押し込んで、教育実施率を高める懸念があるためだ。もともとの授業を楽しめない子どもは、追加されたプログラミングを自分の可能性を広げるものと捉えることが難しいと予想される。
プログラミング教育で先行する英国では教員養成が不足し、必ずしも質の高い授業が広まらなかった。中学校1年生相当の全生徒に英BBCの「マイクロビット」を配布したが、授業で使われずに塾などに寄付されている。文部科学省プログラミング教育支援プロジェクトオフィサーの鵜飼佑氏は「日本も英国と同じ轍(てつ)を踏む可能性がある」と危惧する。
必修化や現行授業への導入を優先しすぎると、面白くない授業が広がる可能性がある。授業で消化不良になれば“プログラミング嫌い”を生むリスクもある。すでに「プログラミングで多角形を描き、お粗末なゲームを作らされ『勉強になりました』と言わされた子どもはどんな思い出を残すか」(教材メーカー)と指摘されている。
東京大学の越塚登教授は「まず楽しむことが大切。その上でコンピューターを使うとすごいことができることを体験してほしい」という。小学校ではプログラミングを学ぶことよりも、コンピューターを使うためや楽しむためにプログラミングが必要と気が付くことが第一になる。
楽しい授業として音楽や体育などが挙げられる。マイクロビットを楽器に見立ててリズムを生成して合奏すると、歌に自信のない子どもも楽しめる。
学研エデュケーショナル(東京都品川区)は社会科見学にプログラミング教育を導入した。小学5年生がナブテスコの工場を見学し、自動ドアを工作キットで作った。住設機器メーカーでは自動開閉トイレを作るなど、身近な機械が製造される現場を知ることで、その仕組みは自分にも手が届くと実感する。前原達也編集長は「見学受け入れ企業からは好評だ。学校と地域産業を結ぶお手伝いがしたい」という。CSR部門との連携を模索する。
体育や休み時間も有望だ。もともとマイクロビットのような小型コンピューターは身近な遊びを拡張すると期待されてきた。かくれんぼでは鬼が電波強度をもとに隠れた子を探したり「ドロケイ」の泥棒役と警察役をデジタルに入れ替えたりとさまざまな遊びが作られてきた。子どもたちはルールを自分で作って遊んで、もっと面白くしようとする中でプログラミングに慣れていくと期待される。
プログラミング教育は、まず子どもの“楽しい”の中にプログラミングを導入する必要がある。無理に授業に導入してプログラミング嫌いを増やさないためだ。最有望科目は体育だ。体育の“学び”は“遊び”に直結する。縄跳びをカウントしてゲーム化したり、ドッジボールのルールをデジタルに改変するなど候補は多い。
文部科学省の白間竜一郎審議官は「体育の授業で学んだことを、休み時間に自分たちで試して楽しむ環境が理想」と期待する。ただ「体育とプログラミングに距離があり、ピンとくる先生がほとんどいない」(スポーツ庁)という状況だ。
そんな中、山口市の文化施設の山口情報芸術センター(YCAM)は体育をプログラミング教育の柱に据えた。まずドッジボールを「ボールを投げる」と「相手がボールをとる」、「周りがカバーする」など、個々の動作に分解して時系列に整理する。そこに「もし半数は目隠しだったら」、「コートに大穴が空いていたら」「もし片手しか使えなかったら」と条件を加え、流れがどう変わるか考える。
その上で「目隠しの人がボールをとったら3人生き返る」などルールを修正し、実際にプレーして面白いか確認する。競技のフローや条件変更を考えることはプログラミング的思考そのものだ。
センサー内蔵ボールやウエアラブル機器でルールをデジタルに変えれば直接的なプログラミングになる。1人がボールを持てる時間をタイマーで制限したり、LEDで表示したりと、プログラミングツールで実現できる。
YCAMでカリキュラム開発をした朴鈴子氏は「まず最初にプログラムなしで論理的な考え方を体験させ、その上でプログラミングツールを使ってスポーツをより面白くすると、スムーズに導入でき子どものやる気が引き出せる」と説明する。YCAMでは生徒の人数や授業時間に合わせて授業パターンを作成した。離島などの少人数校から大規模校まで対応できる。YCAMと連携する運動会協会(横浜市都筑区)の西翼理事は「スポーツは自分で作れると子どもの意識が変わった」と手応えは大きい。
こうしたスポーツ開発はスポーツの幅を広げる。家族や地域の人が集まる運動会の種目を子どもたちに考えさせる。「もしリレー選手がお婆ちゃんだったら」、「もしお父さんが玉入れのカゴを背負って逃げたら」と家族を巻き込むための種目を開発する。スポーツ庁はスポーツ人口拡大を政策目標に掲げ、スポーツをする気のないかたくなな層の切り崩しが課題だった。子どもが自分のために作ったスポーツを断れる親は多くない。運動会が学校や地域の課題を解くきっかけになるかもしれない。
プログラミング教育などのIT教材の展示会では、中国・深圳のロボット教材ベンチャーが攻勢をかけている。「Mabot」、「DOBOT」、「mBot」。みな深圳のベンチャーの製品だ。電子機器受託製造(EMS)産業の集積を背景に、部品を安価に調達してロボットの価格を抑えて、世界に拡販している。
世界的な人工知能(AI)ブームでハイクラス層の教育熱が高まっている。AI時代に残る仕事に子どもたちが就けるようにと、STEM(科学・技術・工学・数学)教育が注目された。ロボットプログラミングはプログラミング(ソフト)とモノづくり(ハード)の両方を学べる。
メーカーにとっては電子部品や基板が剥き出しのままでも、モジュール売りで製品になるため参入障壁は高くない。そのため新規参入が急増した。深圳ベンチャーにとって、隣国日本のプログラミング教育必修化は大きなビジネスチャンスになる。代理店と組んで拡販に力を入れる。
日本ではプログラミング教育の教材選定とカリキュラム開発は佳境を迎えている。文部科学省の白間竜一郎審議官は「20年度の授業開始に向けて、先生は19年度中には準備を終えている必要がある。18年の夏休みはできるだけ多くの先生にプログラミングに触れてほしい」と説明する。
日本の教材各社も「この半年が勝負」と声をそろえる。この夏休みに教員向けの勉強会を開いて具体的な授業案をみせられないと、19年の夏休みに各教員が学校や生徒に合わせてカリキュラムを調整できなくなる。
シード・プランニング(東京都文京区)はプログラミング教育関連市場が25年に231億円と16年比6倍に成長すると予想する。プログラミング学習ツールやロボット工作キットを使った授業が想定される。文科省はパソコンがなくてもプログラミング的思考が学べるようカリキュラム整備を急ぐ。教員にとっても教材各社にとっても、この夏は熱くなりそうだ。
教材各社先行、画面から実世界へ
プログラミングのカリキュラム(授業案)開発では教材各社が先行する。小学校ではプログラミングという授業が増えるわけではなく、算数や理科など、現行の授業にプログラミング的思考を学ぶ要素が組み込まれるためだ。長年、教員と一緒に教材を改良してきた蓄積を生かして、現実的なカリキュラムに落とし込む。
学研エデュケーショナル(東京都品川区)とアーテック(大阪府八尾市)は民間の学習塾向けに提供している「もののしくみ研究室」のカリキュラムを学校向けに展開する。学研エデュケーショナルが小学校、アーテックが中学校を担当する。学研エデュケーショナルの前原達也編集長は「学校からの引き合いが多く、公教育向けの開発を急いでいる」と説明する。教材はブロック感覚でモーターやセンサーを組み立てられ、自動ドアや信号機など身近な機械を作れる。前原編集長は「学んだ子の2人に1人は、集中力が上がった」と胸を張る。
中学校プログラミング教材首位の山崎教育システム(東京都東村山市)は「プロッチ」を秋に発売する。1台3500円と低価格ながら、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボが開発したプログラミング学習ツール「スクラッチ」に対応させた。プログラミングに加え、プロッチを介してパソコンをつないでチャットができる。暗号通信を体験でき、サイバーセキュリティーを学ぶ授業に利用できる。同社の神喰(かみじき)洋光主任は「学校のパソコンの多くはセキュリティーのためネットにつなげなかった」と説明する。現場で使える形と予算に落とし込んだ。
教材各社を追い掛けるのが電機各社の新事業部門だ。ソニーはブロック型センサータグ「MESH(メッシュ)」を展開する。人感センサーや発光ダイオード(LED)などをプログラミングで連動させて簡単なIoT(モノのインターネット)を構築できる。照明とつないでMESHが人を検知したら明かりを点け、時間がたったら消すなど、日常生活で使えるプログラミングが可能だ。カリキュラムはウェブで公開して教員の間で共有を促す。ソニー新規事業創出部の沼田洋平氏は「実際に部屋の明かりがつくと子どもはとても喜ぶ」と目を細める。
スクラッチのようなソフトウエア中心の教育の難点は成果がコンピューターの中に閉じてしまう点だ。画面の中のキャラクターの動きをプログラムしても、ゲームに慣れた子どもに目新しさはない。そこでゲームを作っても市販品の面白さにはかなわず、白けてしまう課題があった。ハードとの連動で自分の部屋や家をコントロールできる。東京大学の越塚登教授は「自分と部屋や地球がプログラミングでつながると気が付くことが大切。地球規模の環境問題に自分たちが何かできるとわかると勉強への姿勢が変わる」と期待する。
AIでコミュニケーション向上
ロボットメーカーもプログラミング教育市場に熱い視線を注ぐ。ロボットプログラミングの強みは実際に機体が動く点だ。プログラムを書いたらそのままロボットで試せるため試行錯誤のループが短い。ロボット同士のバトルやロボットとお客さんのコミュニケーションを題材に授業を組み立てられる。
富士ソフトはロボット相撲ができる小型ロボ「プロロ」を2018年度内に発売する。手のひらサイズの機体に対物センサーや床の色を識別するカラーセンサーなどを搭載。プログラミングの授業に多いライントレースや障害物回避、迷路探索は対応済みだ。
すでに都内の中学校で実証が進んでいる。授業の目玉はロボット相撲。ライントレース用の黒線を土俵に見立ててぶつかり合い、相手をひっくり返した方が勝ちだ。相手を検出したら素早く側面に回り込むプログラムを書けると勝率が上がる。
小学生向けの体験会も開催している。「小学生はバトルに燃える。負けて悔しいと次のアイデアを考えてプログラムを書く。勝負にのめり込んだ結果、プログラミングを学んでいる」(マイクロロボット事業推進部の井原亮リーダー)。
コミュニケーションロボットも有望だ。ソフトバンクは「ペッパー」を小中学校282校に貸し出し、授業やカリキュラム開発に利用してもらっている。子どもたちはロボットの動きをプログラミングするだけでなく、接客コミュニケーションのデザインに取り組んでいる。
学校や観光地でペッパーが案内役として接客する際に、まず相手が何を知りたいか、何に困っているか絞り込む。課題に応じて案内する内容を変えるには、たくさんの対話フローを状況ごとに分類し、整理して書くことになる。
プログラムそのものに興味がなくても、コミュニケーションを通してプログラミング的思考を学べる。
シャープの「ロボホン」も、MITメディアラボが開発したプログラミング学習ツール「スクラッチ」に対応させ、学校教育に展開している。同社の松ヶ下正之主任は「学校からの引き合いは多い。大型のヒト型ロボで授業を試し、同じカリキュラムをそのままロボホンでできないかと相談される」と明かす。ロボホンは機体が小さく教室の移動が簡単だ。ロボットが転倒して、相手にけがをさせるリスクもないため学校で使いやすい。
コミュニケーションロボットの武器は音声認識や顔認識などの人工知能(AI)技術だ。すでに機能としては実現しているため、スクラッチなどのプログラミング学習ツールに対応させるだけですむ。名前を呼べると、それだけで相手との距離をグッと縮められる。ロボット工作キットに価格面で対抗するのは難しいため、AIを教育に取り込み付加価値を示す必要がある。
パソコンが支える教育基盤
プログラミング教育の必修化に向けて市場は活況だが、学校は必ずしも新しく教材を購入するとは限らない。文部科学省のプログラミング教育の手引きには算数の時間に多角形を描いたり、理科で電池をつないで発光ダイオード(LED)を光らせる授業にプログラミングを入れる授業案などが紹介されている。教育普及に向けて現場にすでにある機材で授業ができるよう配慮している。
プログラミング教育の普及にはカリキュラム(授業案)開発の負担が重くのしかかる。教材会社はまずロボットなどを教員に配布しないとカリキュラムが作られない。だが優れたカリキュラムはまねされて広がり、その過程で高い教材を使わなくてすむように改良される。「ペッパー」で開発したカリキュラムが、より小型の「ロボホン」に転用される例もある。
自社の教材でしか学べないように制限すると教育現場から反感を買う。教材会社からは「カリキュラムはコピーされればおしまい。公立校に高い教材を買う余裕はない。本当にビジネスとして成立するかどうか、まだ誰にもわからない」という声も聞こえてくる。教育基盤を支えるプラットフォーマーの支援が重要になる。
日本マイクロソフト(MS)はパソコンメーカーなども参加する「ウィンドウズデジタルライフスタイルコンソーシアム」(WDLC、梅田成二会長=日本MS執行役員)でカリキュラム開発をサポートする。英BBCが開発したプログラミング教材「マイクロビット」4000個を小学校200校に寄贈。MSのプログラミング学習ツール「メークコード」も提供する。メークコードではプログラムを書き、実際に動くか試すことができる。
カリキュラムやプログラムはサイト上で共有する。梅田会長は「熱い先生に、この夏休みに研究してほしい。学びの共有を促してプログラミング教育の普及をサポートしたい」と意気込む。
プログラミング教育の普及はパソコンの需要を押し上げる。熱心な親が、子どもに自由にプログラミングできる環境を買い与えるためだ。国内のパソコン市場は約1000万台。そのうち個人向けは400万台とされる。市場が縮小する中、「教育用パソコンで50万台増と試算されている。非常に大きいインパクトがある」(梅田会長)。学校に配備されるパソコンも2018年度は1805億円が地方財政措置され、22年まで続く予定だ。プログラミング教育が順調に立ち上がれば、マイクロソフトやメーカーなど業界全体が恩恵を受ける。そのため先行して種をまく。
文科省の白間竜一郎審議官は「我々だけでは限界がある。WDLCの協力はタイムリーで大変ありがたい」と歓迎する。教材各社の競争だけでは消耗戦に陥るリスクもある。パソコン業界はまとまった。ビジネスとカリキュラム開発を両立させられるかもしれない。
まず楽しむことが大切
プログラミング教育必修化に向けて教材やカリキュラムの開発環境は整いつつある。次の課題はカリキュラムそのものだ。面白くない授業が広がり、児童や生徒の興味をそぐのではないかと危惧されている。これは現行の算数や理科などの授業に無理にプログラミングを押し込んで、教育実施率を高める懸念があるためだ。もともとの授業を楽しめない子どもは、追加されたプログラミングを自分の可能性を広げるものと捉えることが難しいと予想される。
プログラミング教育で先行する英国では教員養成が不足し、必ずしも質の高い授業が広まらなかった。中学校1年生相当の全生徒に英BBCの「マイクロビット」を配布したが、授業で使われずに塾などに寄付されている。文部科学省プログラミング教育支援プロジェクトオフィサーの鵜飼佑氏は「日本も英国と同じ轍(てつ)を踏む可能性がある」と危惧する。
必修化や現行授業への導入を優先しすぎると、面白くない授業が広がる可能性がある。授業で消化不良になれば“プログラミング嫌い”を生むリスクもある。すでに「プログラミングで多角形を描き、お粗末なゲームを作らされ『勉強になりました』と言わされた子どもはどんな思い出を残すか」(教材メーカー)と指摘されている。
東京大学の越塚登教授は「まず楽しむことが大切。その上でコンピューターを使うとすごいことができることを体験してほしい」という。小学校ではプログラミングを学ぶことよりも、コンピューターを使うためや楽しむためにプログラミングが必要と気が付くことが第一になる。
楽しい授業として音楽や体育などが挙げられる。マイクロビットを楽器に見立ててリズムを生成して合奏すると、歌に自信のない子どもも楽しめる。
学研エデュケーショナル(東京都品川区)は社会科見学にプログラミング教育を導入した。小学5年生がナブテスコの工場を見学し、自動ドアを工作キットで作った。住設機器メーカーでは自動開閉トイレを作るなど、身近な機械が製造される現場を知ることで、その仕組みは自分にも手が届くと実感する。前原達也編集長は「見学受け入れ企業からは好評だ。学校と地域産業を結ぶお手伝いがしたい」という。CSR部門との連携を模索する。
体育や休み時間も有望だ。もともとマイクロビットのような小型コンピューターは身近な遊びを拡張すると期待されてきた。かくれんぼでは鬼が電波強度をもとに隠れた子を探したり「ドロケイ」の泥棒役と警察役をデジタルに入れ替えたりとさまざまな遊びが作られてきた。子どもたちはルールを自分で作って遊んで、もっと面白くしようとする中でプログラミングに慣れていくと期待される。
スポーツ人口拡大に貢献
プログラミング教育は、まず子どもの“楽しい”の中にプログラミングを導入する必要がある。無理に授業に導入してプログラミング嫌いを増やさないためだ。最有望科目は体育だ。体育の“学び”は“遊び”に直結する。縄跳びをカウントしてゲーム化したり、ドッジボールのルールをデジタルに改変するなど候補は多い。
文部科学省の白間竜一郎審議官は「体育の授業で学んだことを、休み時間に自分たちで試して楽しむ環境が理想」と期待する。ただ「体育とプログラミングに距離があり、ピンとくる先生がほとんどいない」(スポーツ庁)という状況だ。
そんな中、山口市の文化施設の山口情報芸術センター(YCAM)は体育をプログラミング教育の柱に据えた。まずドッジボールを「ボールを投げる」と「相手がボールをとる」、「周りがカバーする」など、個々の動作に分解して時系列に整理する。そこに「もし半数は目隠しだったら」、「コートに大穴が空いていたら」「もし片手しか使えなかったら」と条件を加え、流れがどう変わるか考える。
その上で「目隠しの人がボールをとったら3人生き返る」などルールを修正し、実際にプレーして面白いか確認する。競技のフローや条件変更を考えることはプログラミング的思考そのものだ。
センサー内蔵ボールやウエアラブル機器でルールをデジタルに変えれば直接的なプログラミングになる。1人がボールを持てる時間をタイマーで制限したり、LEDで表示したりと、プログラミングツールで実現できる。
YCAMでカリキュラム開発をした朴鈴子氏は「まず最初にプログラムなしで論理的な考え方を体験させ、その上でプログラミングツールを使ってスポーツをより面白くすると、スムーズに導入でき子どものやる気が引き出せる」と説明する。YCAMでは生徒の人数や授業時間に合わせて授業パターンを作成した。離島などの少人数校から大規模校まで対応できる。YCAMと連携する運動会協会(横浜市都筑区)の西翼理事は「スポーツは自分で作れると子どもの意識が変わった」と手応えは大きい。
こうしたスポーツ開発はスポーツの幅を広げる。家族や地域の人が集まる運動会の種目を子どもたちに考えさせる。「もしリレー選手がお婆ちゃんだったら」、「もしお父さんが玉入れのカゴを背負って逃げたら」と家族を巻き込むための種目を開発する。スポーツ庁はスポーツ人口拡大を政策目標に掲げ、スポーツをする気のないかたくなな層の切り崩しが課題だった。子どもが自分のために作ったスポーツを断れる親は多くない。運動会が学校や地域の課題を解くきっかけになるかもしれない。
日刊工業新聞2018年7月11、12、13、17、18、19日