AIと平和ー。辛い経験が導いた“他者理解を助ける機械”への挑戦

ティモ・ホンケラ教授が提唱する〈ピースマシン〉とは

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Facebookページ「Rauhankone: Timo Honkelan testamentti」より
 人工知能(AI)と平和-。フィンランドのAI研究の第一人者であるティモ・ホンケラ ヘルシンキ大学教授が提唱する「ピースマシン」の概念が、欧州を中心に広がり始めている。機械が言葉や感情を理解し、人間同士の相互理解を助けることで、争いをなくすことを目指す。AIの進む方向の一つとなるかもしれない。
ホンケラ教授は6月に東洋大学情報連携学部(INIAD)で開いた講演会で、この考えを日本に紹介した。

同じ言葉を使っても感情は違う


 ピースマシンの概念は、AIの研究テーマの一つ「自然言語理解」を発展させた先にある機械だ。言葉だけでなく、言葉の背景や感情などを把握して、コミュニケーション時の誤解を減らすことを想定する。国際的な交渉や集団内の合意形成、個人の話し合いなどの場で、誤解は大きな問題に発展することもある。誤解をなくすことは、平和への重要な一歩だ。

 人間は誰一人、同じ人生を経験していない。このため、同じ言葉を使っても、解釈や緊急性などが違い、わき上がる感情も違う。無意識に多くのことを想起して反応しているため、時には自分でも制御できない感情に振り回される。

 ピースマシン(機械)で人の言葉や行動、身体の状態、生活環境、経験などに関係する膨大な情報を分析し、アドバイスを受ければ、人間は相手の真意を理解し、自分の怒りなどの感情を抑えられるかもしれない。AIに加え、「IoT(モノのインターネット)技術も関係すると気づいた」とホンケラ教授は話す。

 人間はよくわからない相手に対して攻撃的になりやすい。攻撃し、抑えつけることで安心するのだ。だが、本当は、「自分が喜ぶために誰かのものを奪う必要はない」(ホンケラ教授)。機械の助けを借りて深く知り合うことで、避けられる争いもあるだろう。

分類的な思考を和らげる


「人の多面的な経験をシステムに反映する」と語るホンケラ教授(INIADでの講演)

 また、人間は何かを考える時、違いに着目して分類し、理解する方法を取ることが多い。だが、それは全体を考える妨げになることもある。「平和の実現に向けた交渉の時、いくつかの点で同意できなくても、他の数百以上の点で同意できるかもしれない。過度に分類的な思考は、それを見落としてしまう」(同)。機械が情報を忘れることはない。分類的な思考のクセを和らげることも重要だ。

 ホンケラ教授がピースマシンを着想した理由は、人生と深く関係する。死と向き合うことが研究者人生を方向づけてきた。一つ目は、幼い頃に経験した母の自殺。精神的に打ちのめされ、「世界を理解しよう」と考えて、10歳にして研究者を志した。もうひとつは、数年前に見つかった脳腫瘍。若い頃から研究に没頭してきた中、「死を目前に『何をしたいか』がはっきりとわかった。辛い経験がひらめきに導いてくれた」と話す。

 ホンケラ教授は2017年に考えをまとめた著書「Rauhankone(フィンランド語でピースマシン)」を発表し、大きな反響を集めた。海外ではこれに影響を受けた研究も始まっている。

命続く限り取り組む


 相手の膨大な情報を収集し、その特徴などを認識して、結果を人間に戻す。アイデアは簡潔だが、実現には世界各国からの研究への参加と技術開発が必要だ。AIやコンピューター研究者だけの仕事では終わらない。ホンケラ教授は、「この場から、テクノロジーを使って平和な社会を実現する共同作業を始めたい。私は命続く限り取り組む」と決意を語る。

 AIの歴史を振り返ると、将棋や囲碁、ロボット、自動運転などさまざまなテーマで大きな目標が研究推進の原動力となってきた。ピースマシンもAIを進化させる新たな〈グランドチャレンジ〉になっていくことが期待される。

坂村健INIAD学部長も「ピースマシンの考え方に共感した」という。

日刊工業新聞2018年7月4日

COMMENT

梶原洵子
編集局第二産業部
記者

「文化的な境界線を越えられるのではないか」と、ホンケラ教授は語っていました。これは、国や地域の境界だけでなく、高齢者と若者の間などいろいろな境界にも言えると思います。また、ホンケラ教授がピースマシンのアイデアを友人に話したところ、「『今、ポケットの中にピースマシンがあれば、こんなアドバイスをくれるのではないか』と思うだけで行動が変わった」と感想をくれた人もいたそうです。講演後の質疑応答で語った「自分にどれだけ時間があるか考えてほしい」という言葉も、心を打たれました。

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