iPS細胞使った再生医療が心疾患領域へ
大阪大学の沢教授らが臨床研究に挑む
iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療がまた一歩、実用化に近付いた。大阪大学の沢芳樹教授らによるiPS細胞由来の心筋シートを心臓病患者に移植する臨床研究が厚生労働省から大筋認められた。2018年度中にも移植される。iPS細胞を使った臨床研究で、心疾患対象は世界初。今後、国内ではパーキンソン病など多くの臨床研究が予定されており、阪大の計画に寄せられる期待は大きい。
沢教授の研究で対象となるのは、血管の詰まりなどが原因で心臓の筋肉に血液が届かなくなる「虚血性心筋症」により、重症心不全となった患者。心不全は生活習慣病と関係しており、患者は国内で数万人と言われる。
研究では、3人の患者に対し、自分の細胞ではない他家由来のiPS細胞から作った心筋細胞シートを心臓に移植する。移植した細胞は3カ月程度で脱落する。1年かけて患者の経過を観察し、主に安全性を評価する。
他家のiPS細胞を移植した場合、細胞の生着維持に免疫抑制剤の投与が必要となる。厚労省の専門部会の審議では、免疫抑制剤の投与理由や、投与期間を患者に分かりやすい文言に改めるよう指示があったものの、これらが修正され厚労相に認められれば、いよいよ治療へと移る。
ヒトiPS細胞は、07年に京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥教授が作成に成功した。当時、研究者の間では5年で治療に使える段階になるといわれていた。政府は3年で指針を定め、13年には関連法をつくるなど、臨床研究を行う土台作りを迅速に進めてきた。
臨床研究に「国の理解」―安全性が主要評価項目
iPS細胞の臨床研究を進める理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーは、「iPS細胞の臨床研究は、ルールの厳しくない国が勝つ。国も理解を示してくれたので、法整備ができた」と振り返る。文部科学省もiPS細胞を臨床応用するためのロードマップを作成し、重要課題として研究費を投入している。
高橋プロジェクトリーダーのチームは17年、他家由来のiPS細胞から作製した細胞シートを、網膜の難病「加齢黄斑変性」の患者の目に移植する研究を始めた。実際の治療で自分の細胞ではなく、他家由来のiPS細胞を利用できれば、より早く移植用の細胞を作り、患者に提供できる。
今回の阪大の臨床研究でも、他家由来の細胞を治療に使う。臨床研究では安全性が主要評価項目となっており、これが成功すれば、他人のiPS細胞を使った再生医療の道が大きく開ける。
このビジョンを支えているのが、CiRAの「iPS細胞ストックプロジェクト」だ。良質なiPS細胞を作製・貯蔵し、治療に応じて提供できるシステムを構築中だ。
阪大のように他家由来のiPS細胞を使った臨床研究が行われることについて、京大の山中教授は「心臓病にとどまらず、ほかのさまざまな疾患を対象としたプロジェクトでも、iPS細胞ストックを使えるよう、より良い細胞を十分に提供したい」とコメントしている。
眼や心臓に続き、iPS細胞を使った臨床研究は着実に広がっている。京大の高橋淳教授らは、パーキンソン病の患者への臨床試験を18年度中に始めるため、申請を準備している。神経伝達物質であるドーパミンの基になる「ドーパミン神経前駆細胞」を脳に移植し、症状の改善を図る。同大では血液中の「血小板」が減少する患者を対象に、患者にiPS細胞由来の血小板を投与する計画もある。
さらに慶應義塾大学の福田恵一教授らは、iPS細胞由来の高純度心筋細胞を心臓組織に注射で打ち込むという新手法を開発しており、心臓病患者への臨床研究を18年中にも開始する。
iPS細胞を使った臨床研究は急速に進んでいるものの、現段階の研究計画や国の審議では、安全性に議論の焦点を特に当てている。今後、症例数が増えるに連れて、得られるデータ数も増え、安全性に関する知見が蓄積されていく。
一方で、iPS細胞を使う再生医療が実用化されるには、臨床研究で患者への有効性を評価する段階まで引き上げる必要がある。安全でなければ使えないが、効果がなければ医療としての意味は失われる。
臨床研究を準備する再生医療の研究者は、「有効性の根拠が薄い研究でも、iPS細胞を使った再生医療といえば飛びついてしまう。患者にとって意味のある治療法を発展させないといけない」と主張する。
(文=安川結野、斎藤弘和)
他家由来の細胞シート移植
沢教授の研究で対象となるのは、血管の詰まりなどが原因で心臓の筋肉に血液が届かなくなる「虚血性心筋症」により、重症心不全となった患者。心不全は生活習慣病と関係しており、患者は国内で数万人と言われる。
研究では、3人の患者に対し、自分の細胞ではない他家由来のiPS細胞から作った心筋細胞シートを心臓に移植する。移植した細胞は3カ月程度で脱落する。1年かけて患者の経過を観察し、主に安全性を評価する。
他家のiPS細胞を移植した場合、細胞の生着維持に免疫抑制剤の投与が必要となる。厚労省の専門部会の審議では、免疫抑制剤の投与理由や、投与期間を患者に分かりやすい文言に改めるよう指示があったものの、これらが修正され厚労相に認められれば、いよいよ治療へと移る。
ヒトiPS細胞は、07年に京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥教授が作成に成功した。当時、研究者の間では5年で治療に使える段階になるといわれていた。政府は3年で指針を定め、13年には関連法をつくるなど、臨床研究を行う土台作りを迅速に進めてきた。
臨床研究に「国の理解」―安全性が主要評価項目
iPS細胞の臨床研究を進める理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーは、「iPS細胞の臨床研究は、ルールの厳しくない国が勝つ。国も理解を示してくれたので、法整備ができた」と振り返る。文部科学省もiPS細胞を臨床応用するためのロードマップを作成し、重要課題として研究費を投入している。
高橋プロジェクトリーダーのチームは17年、他家由来のiPS細胞から作製した細胞シートを、網膜の難病「加齢黄斑変性」の患者の目に移植する研究を始めた。実際の治療で自分の細胞ではなく、他家由来のiPS細胞を利用できれば、より早く移植用の細胞を作り、患者に提供できる。
今回の阪大の臨床研究でも、他家由来の細胞を治療に使う。臨床研究では安全性が主要評価項目となっており、これが成功すれば、他人のiPS細胞を使った再生医療の道が大きく開ける。
このビジョンを支えているのが、CiRAの「iPS細胞ストックプロジェクト」だ。良質なiPS細胞を作製・貯蔵し、治療に応じて提供できるシステムを構築中だ。
阪大のように他家由来のiPS細胞を使った臨床研究が行われることについて、京大の山中教授は「心臓病にとどまらず、ほかのさまざまな疾患を対象としたプロジェクトでも、iPS細胞ストックを使えるよう、より良い細胞を十分に提供したい」とコメントしている。
臨床研究、着実に拡大―質”問う視点が必要
眼や心臓に続き、iPS細胞を使った臨床研究は着実に広がっている。京大の高橋淳教授らは、パーキンソン病の患者への臨床試験を18年度中に始めるため、申請を準備している。神経伝達物質であるドーパミンの基になる「ドーパミン神経前駆細胞」を脳に移植し、症状の改善を図る。同大では血液中の「血小板」が減少する患者を対象に、患者にiPS細胞由来の血小板を投与する計画もある。
さらに慶應義塾大学の福田恵一教授らは、iPS細胞由来の高純度心筋細胞を心臓組織に注射で打ち込むという新手法を開発しており、心臓病患者への臨床研究を18年中にも開始する。
iPS細胞を使った臨床研究は急速に進んでいるものの、現段階の研究計画や国の審議では、安全性に議論の焦点を特に当てている。今後、症例数が増えるに連れて、得られるデータ数も増え、安全性に関する知見が蓄積されていく。
一方で、iPS細胞を使う再生医療が実用化されるには、臨床研究で患者への有効性を評価する段階まで引き上げる必要がある。安全でなければ使えないが、効果がなければ医療としての意味は失われる。
臨床研究を準備する再生医療の研究者は、「有効性の根拠が薄い研究でも、iPS細胞を使った再生医療といえば飛びついてしまう。患者にとって意味のある治療法を発展させないといけない」と主張する。
(文=安川結野、斎藤弘和)
日刊工業新聞2018年5月18日