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トヨタ「GR」ブランド誕生秘話 章男社長の屈辱と挑戦

社内から猛反発、「トヨタ」の看板許されず
トヨタ「GR」ブランド誕生秘話 章男社長の屈辱と挑戦

「GR」発表会でハンドルさばきを披露する「モリゾウ」こと豊田社長(昨年9月)

 トヨタ自動車の市販車のスポーツカーブランド「GR」。このGRはGAZOO(ガズー)レーシングの略で、2017年4月に発足したトヨタのガズーレーシングカンパニーが主導して展開している。モータースポーツ活動を通じて得た知見を商品開発に生かし、収益にもつなげる好循環な手法を目指しているが、ガズーには「変革」という大きな使命がある。そこには、豊田章男社長が経験した悔しい思いがあった。

 「大企業トヨタではできないことができる」。ガズーレーシングカンパニーに期待する豊田社長のこの言葉には、実感がこもっている。その意味を深く理解するには、時計の針を約20年前に戻さねばならない。

 1996年、豊田社長はトヨタ生産方式(TPS)を販売店の業務改善につなげる活動を広めるために新設された「業務改善支援室」の課長だった。そこで取り組んだのが、販売店の下取り車を展示する前に画像で紹介するシステム「中古車画像システム」。「画像の動物園(zoo)」という意味で「Gazoo(ガズー)」と名付けた。

 当時、豊田社長の部下としてガズーの立ち上げに尽力した友山茂樹副社長は「トヨタブランドを名乗ることができずに、ガズーと名乗った」と回顧する。

 インターネットが普及する前の先進的な事業だったため、社内からは「通用しないのではないかと猛反発を受けた」(友山副社長)という。ガズーは機能拡充などを経て発展し、そのノウハウは後に車載情報通信システム「G―BOOK」などに結びついたが、この時の悔しさを豊田社長は忘れていない。

 それから約10年がたった07年、豊田社長はまたしても悔しさをかみしめる。人とクルマを鍛え、豊田社長が提唱する「もっといいクルマづくり」に生かそうとドイツで毎年開かれる「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」に初参戦した時のこと。

 ライバルメーカーが開発中のクルマを駆る中、協力者や予算が限られた豊田社長らは中古のスポーツセダン「アルテッツァ」をレース仕様に改造して臨んだ。ここでも「トヨタ」を名乗ることが許されず、チーム名にガズーと付けた。

もっと波風を


 「どんどん波風を社内でも立ててほしい」。豊田社長は自身がガズーの冠で挑戦してきた実体験から、ガズーレーシングカンパニーの変革に向けたチャレンジ精神に期待を寄せている。 

 16年4月に社内カンパニー制を導入したトヨタの中で、ガズーレーシングカンパニーは1年後に発足した最後発で最小のカンパニー。社内で分断していたモータースポーツ活動も統合しており、事業展開をしやすい環境も整えた。

 そして17年9月に大々的に発表されたのがスポーツカーブランドのGRだった。ニュルブルクリンクでのテスト走行や全日本ラリーなどのモータースポーツ活動での知見や経験を存分に盛り込み、数量限定販売の「GRMN」をブランドの頂点に、量販スポーツモデル「GR」、ミニバンなどにも設定する「GRスポーツ」で構成。17年度は小型車「ヴィッツ」やプラグインハイブリッド車(PHV)「プリウスPHV」、ミニバン「ヴォクシー」など9車種をそろえて順次、設定車種を広げていく。

 GRでは刺激的なコンセプト車も登場した。「現役のレーシングカーからスポーツカーをつくるというトヨタにとって全く新しい挑戦が始まっている」(友山副社長)。

 それが世界耐久選手権(WEC)で鍛えたハイブリッド技術を生かしたコンセプト車「GRスーパースポーツコンセプト」だ。ル・マン24時間レースや富士6時間レースで構成するWECへの参戦について豊田社長は「ハイブリッドもエコだけではない。走りでも挑戦できる」と語っており、その思いを表現してみせた。

 3月に開かれたスイスのジュネーブモーターショーでは、独BMWと共同開発して16年ぶりに復活させたスポーツ車「スープラ」のレーシングコンセプトモデル「GRスープラ・レーシング・コンセプト」を世界初披露した。スープラのベース車両は19年前半の発売を予定している。

 トヨタは世界ラリー選手権(WRC)にも昨シーズンから18年ぶりに復帰し、モータースポーツ活動を積極化している。ガズーレーシングカンパニーのプレジデントを務める友山副社長はモータースポーツを通じ、世界に通用するスポーツカーの商品化や新しい仕事のやり方への挑戦、そして景気に左右されない永続的なモータースポーツ活動の実現などを目標に掲げる。
WECで採用するハイブリッド技術を生かした「GRスーパースポーツコンセプト」

(文=名古屋・今村博之)
日刊工業新聞2018年5月3日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
巨費のかかるモータースポーツでは自立した収益の確保は難しいが、ガズーレーシングカンパニーはGRブランドを軸にして挑戦を続ける。それは、ガズーの根底にある変革の意志にほかならない。 (日刊工業新聞名古屋支社・今村博之)

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