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【PFN社長・西川徹】AIとコネクテッドインダストリーズの未来を話そう
コネクテッド・インダストリーズ(CI)ではデータを介して機械や人、企業、産業がつながり、付加価値の創出や社会課題の解決を目指す。特に工場の工作機械やロボット、自動車はデータの源泉として期待されている。データの質が高く、システムを高度化できた時の投資効果が大きい。人工知能(AI)ベンチャーとしてファナックやトヨタ自動車などと対等な連携を築き、AI研究でも先端を走るプリファードネットワークスの西川徹社長に聞いた。
ーCIにおいてAIの果たす役割は。
「ディープラーニング(深層学習)などのAI技術が、機械や異分野の産業をつなぐ中核技術になる。現状、異なる機械をつなぐだけでも、プロトコルや仕様、言語を整合させることは困難だ。細かな差異まで多分野で調整するには膨大なコストがいる」
「そこで深層学習を用いて全体を最適化する。深層学習なら標準プロトコルでなく、データから機械が学習し、柔軟に対応することができる。つながる機械、つながる分野が増えると、より多くのデータが集まり、さらに学習の精度が上がる。AIが賢くなるとつながる範囲が広がり、指数関数的に広がっていくだろう。いずれデータからプロトコルを自動的に作る時代になるだろう。深層学習が文字通り中核技術になる」
ー異なるシステムをAIでまとめて最適化すると品質管理やメンテナンスが大変になりませんか。
「そのためにもシミュレータの進化が求められる。あらかじめ学習結果をシステムに反映させたらどうなるか、シミュレーションで検証する。シミュレーションが大規模になるため、そのパラメーター調整などに深層学習を使うことになるだろう。シミュレータの進化にも深層学習が貢献する」
ーAIの開発において、大量のデータと、大きなコンピューティングパワーをもつプレーヤーがより賢いAIを開発し、よりデータを集める競争構造になっています。データとコンピューティングパワーの二つが競争力となる状況はいつまで続きますか。
「それが競争力でなくなるイメージが沸かない。データを学習させるとAIが賢くなり、サービスが向上してより多くのデータを集められる。AIはより賢くなり、データが集まりと、終わりがみえない」
「ただし扱うデータは変わる。ロボットは現在は産業用ロボットが中心だが、サービスロボットやパーソナルロボットが普及するだろう。自動運転も大量のデータを生み出していく。いまあるデータよりもこれから湧き出てくるデータをどうやって扱うかが競争になる」
ー産業用ロボットや工作機械メーカーの研究開発をみると、ロボットのピッキングや工作機械の条件最適化など、いまある機械の一部機能の自動化が中心です。装置からデータを集めることがネックとなるため、複数の装置をAIで最適化するようになるまで時間がかかりそうに思います。
「最初から工場全体をAIで最適化するよりも、個別に取り換えることのできる単体のロボットや工作機械を高度化し、次にそれを連携させて工場全体をボトムアップで最適化していく方がハードルは低い。工場全体からデータを集めるために、すべての装置を置き換えるわけにもいかない。今できているところを効率的にすることから最初に手をつけ、それがつながり、全体に広げていくというステップだ」
「我々はAIをより賢くし、人に近いところで共存し、柔軟な対応ができる機械を実現したい。そうなれば人と機械の協調が加速する。現在は人が機械に合わせて仕事をしているが、これでは利用シーンが限定される。賢い機械が人に歩み寄るといろんな場面に利用シーンが広がる」
ー西川社長が提唱してきたエッジヘビーコンピューティングが認知され、国の開発プロジェクトが始まります。一方、自動車やロボットなどの端末に計算機を置くのか、通信会社が構想するように通信ネットワークの最縁に計算機を置くのか、さまざまなエッジコンピューティングのモデルが提案されています。どこに落ち着くのでしょうか。
「たとえば深層学習で画像認識して、リアルタイムにロボット制御に反映させるなど、リアルタイムの判断が必要なものは通信のレイテンシーを短くするためにロボットなどのエッジで処理せざるを得ない。リアルタイムの判断が不要なものはエッジで処理する必要はない。『分析』はクラウド、『判断』はエッジと考えるといいだろう」
ーPFNは、トヨタ・ファナックと対等なパートナーになっています。製造業の調達・購買など、大企業と中小企業の下請け関係からすると非常に奇異に見えます。なぜ対等な関係を築けたのでしょうか。
「どんな大企業もそうかというと、そうではないと思うが、トヨタもファナックも、自社で確かな技術を持っていて、スタートアップへのリスペクトもある。我々から信頼や対等な条件を引き出そうとして今の関係が実現したわけではない。技術に対する真摯な姿勢と結果をだしていくことで、お互いに信頼して協業できるようになったのだと思う。我々は、AIに関する主要な論文はすべて読み、徹底的に技術を極めようとしている。またパートナーからも自動車やロボットの技術を勉強させてもらっている。このような姿勢を評価して頂いているのだと思う」
ー論文が大量に投稿され、どんどんオープン化されます。AIのアルゴリズムは無料で公開され、放っておいても進化していく環境ともいえます。大企業にとってはアルゴリズムはあるものを使い、買えば集められるデータとコンピューティングパワーで資本力勝負に持ち込むのが得策に思えます。
「論文を読みオープンソースを使ってみることと、自ら研究して論文を書き、技術を開発して使えるようにすることではレベルがまったく違う。自分で作れなければ、使いこなせない。深層学習は夢のような万能な技術ではない。問題ごとに計算アーキテクチャーを選び、学習のパラメーターや調整方法も膨大にある。最先端を理解し、実装できるレベルでないと競争にならない」
ーAIベンチャーの多くが、ソフトウエアとそのビジネスモデル開発に注力しました。PFNは基礎研究から実装まで、ソフトウエアとハードウエアの両方を研究開発しています。ベンチャーの体力で可能なのでしょうか。
「むしろハードとソフトの両方をやらなくて良いのだろうか。ソフトの進化でハードの選択肢が広がり、その全体最適で戦うことになる。ハードウエアの仕組みを理解していないと、与えられたハードウエアによる制限ができてしまう」
「我々は深層学習だけでなく、HPC(高性能コンピューティング)やネットワークなどの多様な人材を集めている。ベンチャーにとってハードウエアの開発がとても難しいのは確かだ。我々は幸いパートナーに恵まれた。またソフトとハード両方の人材がそろっていて、商用のロボットを扱える環境は海外でもユニークであり、キャリアとしても魅力がある」
ーAI人材は高額報酬で引き抜き合戦になっています。
「優秀な人材にPFNを選んでもらうには、正当な対価としての報酬は必要条件だが、十分条件にはならない。優秀なエンジニアは成長することを重要視しているので、異分野の優秀な人材と働けること、面白い研究テーマがあること、潤沢な計算環境があることなど、いかに魅力的な環境にしていくかが重要。我々は140人の小所帯ながらGPU1,024基を使え、まもなく最新のNVIDIA Tesla V100を512基稼働させる。これだけ潤沢なコンピューティングパワーを使える環境は珍しい。また、トップレベルの国際学会での論文発表も積極的におこなっており、優秀なエンジニアにとってよい環境を提供できていると思う」
ー産業振興の視点ではPFNのようなベンチャーがいくつも登場して、大企業とAIベンチャーが連携し業界を革新していく姿が期待されています。
「有力ベンチャーが次々に登場して、たくさん並び立つ姿はイメージし難い。グーグルやアマゾン、フェイスブックなど、一握りの企業が動かしている業界もある」
「日本においては幸いにもAIベンチャーといえばPFNを挙げてもらえる。この状況は大変ありがたい。一方で、世界に目を向けると英ディープマインドなどがあり、国内もベンチャーがいくつも戦っている状況だ。自分たちが抜き出ているとは思っていない。むしろ競争の真っただ中にいる。徹底的に技術を極め、最善を尽くしていく」
【略歴】
1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修了。第30回ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会19位。大学院在学中の2006年に、株式会社Preferred Infrastructureを設立。2014年にはIoTにフォーカスしたリアルタイム機械学習技術のビジネス活用を目的とした株式会社PreferredNetworksを設立。>
AIが賢くなるとつながる範囲が広がる
ーCIにおいてAIの果たす役割は。
「ディープラーニング(深層学習)などのAI技術が、機械や異分野の産業をつなぐ中核技術になる。現状、異なる機械をつなぐだけでも、プロトコルや仕様、言語を整合させることは困難だ。細かな差異まで多分野で調整するには膨大なコストがいる」
「そこで深層学習を用いて全体を最適化する。深層学習なら標準プロトコルでなく、データから機械が学習し、柔軟に対応することができる。つながる機械、つながる分野が増えると、より多くのデータが集まり、さらに学習の精度が上がる。AIが賢くなるとつながる範囲が広がり、指数関数的に広がっていくだろう。いずれデータからプロトコルを自動的に作る時代になるだろう。深層学習が文字通り中核技術になる」
ー異なるシステムをAIでまとめて最適化すると品質管理やメンテナンスが大変になりませんか。
「そのためにもシミュレータの進化が求められる。あらかじめ学習結果をシステムに反映させたらどうなるか、シミュレーションで検証する。シミュレーションが大規模になるため、そのパラメーター調整などに深層学習を使うことになるだろう。シミュレータの進化にも深層学習が貢献する」
AIで工場全体の最適化よりも…
ーAIの開発において、大量のデータと、大きなコンピューティングパワーをもつプレーヤーがより賢いAIを開発し、よりデータを集める競争構造になっています。データとコンピューティングパワーの二つが競争力となる状況はいつまで続きますか。
「それが競争力でなくなるイメージが沸かない。データを学習させるとAIが賢くなり、サービスが向上してより多くのデータを集められる。AIはより賢くなり、データが集まりと、終わりがみえない」
「ただし扱うデータは変わる。ロボットは現在は産業用ロボットが中心だが、サービスロボットやパーソナルロボットが普及するだろう。自動運転も大量のデータを生み出していく。いまあるデータよりもこれから湧き出てくるデータをどうやって扱うかが競争になる」
ー産業用ロボットや工作機械メーカーの研究開発をみると、ロボットのピッキングや工作機械の条件最適化など、いまある機械の一部機能の自動化が中心です。装置からデータを集めることがネックとなるため、複数の装置をAIで最適化するようになるまで時間がかかりそうに思います。
「最初から工場全体をAIで最適化するよりも、個別に取り換えることのできる単体のロボットや工作機械を高度化し、次にそれを連携させて工場全体をボトムアップで最適化していく方がハードルは低い。工場全体からデータを集めるために、すべての装置を置き換えるわけにもいかない。今できているところを効率的にすることから最初に手をつけ、それがつながり、全体に広げていくというステップだ」
「我々はAIをより賢くし、人に近いところで共存し、柔軟な対応ができる機械を実現したい。そうなれば人と機械の協調が加速する。現在は人が機械に合わせて仕事をしているが、これでは利用シーンが限定される。賢い機械が人に歩み寄るといろんな場面に利用シーンが広がる」
「分析」はクラウド、「判断」はエッジ
ー西川社長が提唱してきたエッジヘビーコンピューティングが認知され、国の開発プロジェクトが始まります。一方、自動車やロボットなどの端末に計算機を置くのか、通信会社が構想するように通信ネットワークの最縁に計算機を置くのか、さまざまなエッジコンピューティングのモデルが提案されています。どこに落ち着くのでしょうか。
「たとえば深層学習で画像認識して、リアルタイムにロボット制御に反映させるなど、リアルタイムの判断が必要なものは通信のレイテンシーを短くするためにロボットなどのエッジで処理せざるを得ない。リアルタイムの判断が不要なものはエッジで処理する必要はない。『分析』はクラウド、『判断』はエッジと考えるといいだろう」
スタートアップへのリスペクト
ーPFNは、トヨタ・ファナックと対等なパートナーになっています。製造業の調達・購買など、大企業と中小企業の下請け関係からすると非常に奇異に見えます。なぜ対等な関係を築けたのでしょうか。
「どんな大企業もそうかというと、そうではないと思うが、トヨタもファナックも、自社で確かな技術を持っていて、スタートアップへのリスペクトもある。我々から信頼や対等な条件を引き出そうとして今の関係が実現したわけではない。技術に対する真摯な姿勢と結果をだしていくことで、お互いに信頼して協業できるようになったのだと思う。我々は、AIに関する主要な論文はすべて読み、徹底的に技術を極めようとしている。またパートナーからも自動車やロボットの技術を勉強させてもらっている。このような姿勢を評価して頂いているのだと思う」
ー論文が大量に投稿され、どんどんオープン化されます。AIのアルゴリズムは無料で公開され、放っておいても進化していく環境ともいえます。大企業にとってはアルゴリズムはあるものを使い、買えば集められるデータとコンピューティングパワーで資本力勝負に持ち込むのが得策に思えます。
「論文を読みオープンソースを使ってみることと、自ら研究して論文を書き、技術を開発して使えるようにすることではレベルがまったく違う。自分で作れなければ、使いこなせない。深層学習は夢のような万能な技術ではない。問題ごとに計算アーキテクチャーを選び、学習のパラメーターや調整方法も膨大にある。最先端を理解し、実装できるレベルでないと競争にならない」
ーAIベンチャーの多くが、ソフトウエアとそのビジネスモデル開発に注力しました。PFNは基礎研究から実装まで、ソフトウエアとハードウエアの両方を研究開発しています。ベンチャーの体力で可能なのでしょうか。
「むしろハードとソフトの両方をやらなくて良いのだろうか。ソフトの進化でハードの選択肢が広がり、その全体最適で戦うことになる。ハードウエアの仕組みを理解していないと、与えられたハードウエアによる制限ができてしまう」
「我々は深層学習だけでなく、HPC(高性能コンピューティング)やネットワークなどの多様な人材を集めている。ベンチャーにとってハードウエアの開発がとても難しいのは確かだ。我々は幸いパートナーに恵まれた。またソフトとハード両方の人材がそろっていて、商用のロボットを扱える環境は海外でもユニークであり、キャリアとしても魅力がある」
自分たちが抜き出ているとは思っていない
ーAI人材は高額報酬で引き抜き合戦になっています。
「優秀な人材にPFNを選んでもらうには、正当な対価としての報酬は必要条件だが、十分条件にはならない。優秀なエンジニアは成長することを重要視しているので、異分野の優秀な人材と働けること、面白い研究テーマがあること、潤沢な計算環境があることなど、いかに魅力的な環境にしていくかが重要。我々は140人の小所帯ながらGPU1,024基を使え、まもなく最新のNVIDIA Tesla V100を512基稼働させる。これだけ潤沢なコンピューティングパワーを使える環境は珍しい。また、トップレベルの国際学会での論文発表も積極的におこなっており、優秀なエンジニアにとってよい環境を提供できていると思う」
ー産業振興の視点ではPFNのようなベンチャーがいくつも登場して、大企業とAIベンチャーが連携し業界を革新していく姿が期待されています。
「有力ベンチャーが次々に登場して、たくさん並び立つ姿はイメージし難い。グーグルやアマゾン、フェイスブックなど、一握りの企業が動かしている業界もある」
「日本においては幸いにもAIベンチャーといえばPFNを挙げてもらえる。この状況は大変ありがたい。一方で、世界に目を向けると英ディープマインドなどがあり、国内もベンチャーがいくつも戦っている状況だ。自分たちが抜き出ているとは思っていない。むしろ競争の真っただ中にいる。徹底的に技術を極め、最善を尽くしていく」
1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修了。第30回ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会19位。大学院在学中の2006年に、株式会社Preferred Infrastructureを設立。2014年にはIoTにフォーカスしたリアルタイム機械学習技術のビジネス活用を目的とした株式会社PreferredNetworksを設立。>