産業ガス国内最大手、大陽日酸が海外メジャーに挑む
メジャーの巨大化は事業拡大の好機
産業ガス国内最大手の大陽日酸が、東南アジアでの地位を確立しつつある。歴史的に仏エア・リキードや独リンデといった“海外メジャー”が優勢とされる地で、現地同業の買収や用途開発・提案を重ねることで着実に事業を拡大。ミャンマーではメジャーに先駆けて現地での供給・販売体制を築き、知名度を上げた。鉄鋼や化学、医療といった産業の成長が見込める中、さらなる需要を取り込み海外メジャーに迫る。
現地統括会社タイヨウ・ニッポン・サンソ・ホールディングス・シンガポールの石川紀一社長(大陽日酸常務執行役員)は、東南アジアでのシェアを「10年後に足元の10%から25―30%にする」と力を込める。
視線の先にあるのは、メジャーを抜いて立つ域内首位の座。狙いを定めるのは成熟した感が強いシンガポール市場ではなく、マレーシアやタイ、ベトナム、ミャンマーといった新興国市場だ。
石川社長は東南アジア全体の産業ガス市場を「年率10%で伸び、10年後には5000億円になる」と見通す。この25%となると、売上高で1200億―1300億円が求められる計算だ。とはいえ、従来事業の延長だけでは伸びに限界も出てくる。
そこで成長の原動力として磨きをかけるのが、2014年に設けた地域統括会社の「機能強化」と、統括会社が主導する「積極的な戦略投資」だ。
産業ガスの用途開発・提案は機能強化の一つで、すでに花開いた案件もある。域内で盛んなエビの養殖に目を付け、まずは生きたまま運ぶ際、袋に酸素を封入する手法を採用にこぎ着けた。
これを足がかりに、養殖施設に泡沫(ほうまつ)曝気装置や高効率の酸素溶解装置を提案中。担当者は「酸素溶解度の最適化に加え、高密度養殖や成長速度の短縮といった利点への注目度が高い」と手応えを示す。
その上で、東南アジア事業の主導権を本社から地域統括会社に移していく。具体的にはシンガポールとマレーシアのほか、フィリピン、タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシアで展開する合弁事業の一部で本社が持つ株式を段階的に移行し、安全基準の浸透や経営資源を迅速に投入する機動力を高める。現地スタッフの採用も増やし、域内や本社で将来の経営や技術を担える人材に育てる。
現地での供給力拡充も打ち出す。成長途上にあるマレーシアでガス供給の“最上流”にあたるプラント建設を検討。顧客の足元に空気分離装置(ASU)を設けるオンサイトプラントも訴求し、サプライヤーではなくメーカーとしてのポジションを盤石にする。
タイやベトナムでASUを増設したり各地に根ざした同業・販売会社の買収も加速させ、成長市場で見込める潜在需要を確実に捉える。
大陽日酸にとって、シンガポールのリーデン・ナショナル・オキシジェン(LNOX)は特別な存在だ。前身の一つは、旧日本酸素(現大陽日酸)が現地の鉄鋼大手などと1982年に立ち上げたナショナル・オキシジェン。北米に次ぐ海外進出の象徴として、アジア発の“メジャー”を志向し市場を開拓してきた。同社は今も、東南アジア事業をけん引する最前線にある。
リーデンは64年の設立で、石油・ガス開発各社を中心に溶接材料や溶接機、安全保護具などを生産・販売してきた大手企業だ。
11年に大陽日酸の傘下に入り、14年にナショナル・オキシジェンと統合して現在の社名になった。LNOXのスティーブン・タム会長は、「統合により電子産業・医療用ガスから溶接関連まで事業領域が急拡大し、チャンスも一気に広がった」と振り返る。
現在、LNOXの柱は「産業ガス」と「溶接関連器具・安全保護具」の2本。18年度の売上高は、原油市況の悪化が響いた前年度を16・2%上回る2億6500万シンガポールドル(約213億円)となる見通しだ。
石油精製や造船、病院向け需要で先行者利益が見込めるマレーシア東部での産業ガス供給や、石油市況の回復に伴う溶接関連の伸びが寄与するとみている。
特にマレーシアでの溶接材料や安全保護具の生産・仕入れ販売は、「ゼネコンや各種製造業からの引き合いが旺盛で、年10%以上の成長が見込める有望市場」(LNOXのケルビン・リー社長)と位置付ける。
この機にあらゆる顧客を囲い込むことで石油・ガス開発向けで生じる需要のバラツキを吸収できるようにし、安定して収益を確保できる体制を築く戦略も掲げる。
そのために打つ手は三つある。まず、今後3年をかけてマレーシアの販売代理店を現在の300社から500社に拡大する。併せてインターネット通販の使い勝手を向上し、ショールームを兼ねた直営店の新設も検討する。「とにかくお客さまとの接点を増やす」(タム会長)狙いだ。
人気の安全保護具ブランドで持つ独占販売権や、自社を含む30社以上の品ぞろえも訴求する。
「パートナーの企業文化や基本方針を尊重する」。地域統括会社タイヨウ・ニッポン・サンソ・ホールディングス・シンガポールの石川紀一社長(大陽日酸常務執行役員)が、東南アジアへの進出で最も重きを置いてきた点だ。
現地同業との合弁を軸とし、事業拡大にも現地スタッフを育成して応える。日本人駐在員は増やさない。それを“海外メジャー”と異なる手法と評価する関係者は多い。
日本では製造業各社の海外移転が進んだ結果、産業ガス市場が成熟。大陽日酸は新たな収益の柱を育てようとアジアや米国での合弁設立やM&A(合併・買収)を推し進め、確実に成長に結びつけてきた。
主な対象は空気分離装置(ASU)のような生産設備を構える同業と、これらメーカーや化学工場から各種ガスを仕入れてボンベに充填・供給する地域の販売会社だ。
その成果は大きい。2018年3月期の業績予想では、国内ガス事業の売上高3410億円に対し米国とアジア・オセアニアを足した海外ガス事業は2670億円とほぼ互角。特に今期は仏エア・リキードから米国の一部事業を買収した上乗せ効果も寄与する。大陽日酸の市原裕史郎社長は「北米ではメジャーと遜色ない生産能力と市場シェアを手に入れた」と胸を張る。
それでも、世界規模ではメジャーの背中は遠い。メジャー同士で相次ぐ経営統合も一因だ。16年に首位のエア・リキードが当時6位の米エアガスを買収。18年内には2位の独リンデと3位の米プラクスエアも統合手続きを終える見通しで、世界シェアはこの2大グループだけで60%を超えてくる。現時点で約6%の大陽日酸は、さらに厳しい戦いを強いられるようにも見える。
だが、メジャーの巨大化は大陽日酸にとって事業拡大の好機でもある。例えばリンデとプラクスエアの場合、シェアが高まる国や地域では事業売却を求められる公算が大きい。
市原社長としては「知識も経験もある領域で経営する自信もある」だけに、最優先でメジャーから売却される事業の取得を目指す姿勢を明確にしている。
(文=堀田創平)
現地統括会社タイヨウ・ニッポン・サンソ・ホールディングス・シンガポールの石川紀一社長(大陽日酸常務執行役員)は、東南アジアでのシェアを「10年後に足元の10%から25―30%にする」と力を込める。
視線の先にあるのは、メジャーを抜いて立つ域内首位の座。狙いを定めるのは成熟した感が強いシンガポール市場ではなく、マレーシアやタイ、ベトナム、ミャンマーといった新興国市場だ。
石川社長は東南アジア全体の産業ガス市場を「年率10%で伸び、10年後には5000億円になる」と見通す。この25%となると、売上高で1200億―1300億円が求められる計算だ。とはいえ、従来事業の延長だけでは伸びに限界も出てくる。
そこで成長の原動力として磨きをかけるのが、2014年に設けた地域統括会社の「機能強化」と、統括会社が主導する「積極的な戦略投資」だ。
産業ガスの用途開発・提案は機能強化の一つで、すでに花開いた案件もある。域内で盛んなエビの養殖に目を付け、まずは生きたまま運ぶ際、袋に酸素を封入する手法を採用にこぎ着けた。
これを足がかりに、養殖施設に泡沫(ほうまつ)曝気装置や高効率の酸素溶解装置を提案中。担当者は「酸素溶解度の最適化に加え、高密度養殖や成長速度の短縮といった利点への注目度が高い」と手応えを示す。
その上で、東南アジア事業の主導権を本社から地域統括会社に移していく。具体的にはシンガポールとマレーシアのほか、フィリピン、タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシアで展開する合弁事業の一部で本社が持つ株式を段階的に移行し、安全基準の浸透や経営資源を迅速に投入する機動力を高める。現地スタッフの採用も増やし、域内や本社で将来の経営や技術を担える人材に育てる。
現地での供給力拡充も打ち出す。成長途上にあるマレーシアでガス供給の“最上流”にあたるプラント建設を検討。顧客の足元に空気分離装置(ASU)を設けるオンサイトプラントも訴求し、サプライヤーではなくメーカーとしてのポジションを盤石にする。
タイやベトナムでASUを増設したり各地に根ざした同業・販売会社の買収も加速させ、成長市場で見込める潜在需要を確実に捉える。
特別な存在「LNOX」
大陽日酸にとって、シンガポールのリーデン・ナショナル・オキシジェン(LNOX)は特別な存在だ。前身の一つは、旧日本酸素(現大陽日酸)が現地の鉄鋼大手などと1982年に立ち上げたナショナル・オキシジェン。北米に次ぐ海外進出の象徴として、アジア発の“メジャー”を志向し市場を開拓してきた。同社は今も、東南アジア事業をけん引する最前線にある。
リーデンは64年の設立で、石油・ガス開発各社を中心に溶接材料や溶接機、安全保護具などを生産・販売してきた大手企業だ。
11年に大陽日酸の傘下に入り、14年にナショナル・オキシジェンと統合して現在の社名になった。LNOXのスティーブン・タム会長は、「統合により電子産業・医療用ガスから溶接関連まで事業領域が急拡大し、チャンスも一気に広がった」と振り返る。
現在、LNOXの柱は「産業ガス」と「溶接関連器具・安全保護具」の2本。18年度の売上高は、原油市況の悪化が響いた前年度を16・2%上回る2億6500万シンガポールドル(約213億円)となる見通しだ。
石油精製や造船、病院向け需要で先行者利益が見込めるマレーシア東部での産業ガス供給や、石油市況の回復に伴う溶接関連の伸びが寄与するとみている。
特にマレーシアでの溶接材料や安全保護具の生産・仕入れ販売は、「ゼネコンや各種製造業からの引き合いが旺盛で、年10%以上の成長が見込める有望市場」(LNOXのケルビン・リー社長)と位置付ける。
この機にあらゆる顧客を囲い込むことで石油・ガス開発向けで生じる需要のバラツキを吸収できるようにし、安定して収益を確保できる体制を築く戦略も掲げる。
そのために打つ手は三つある。まず、今後3年をかけてマレーシアの販売代理店を現在の300社から500社に拡大する。併せてインターネット通販の使い勝手を向上し、ショールームを兼ねた直営店の新設も検討する。「とにかくお客さまとの接点を増やす」(タム会長)狙いだ。
人気の安全保護具ブランドで持つ独占販売権や、自社を含む30社以上の品ぞろえも訴求する。
アジア・米国市場に集中
「パートナーの企業文化や基本方針を尊重する」。地域統括会社タイヨウ・ニッポン・サンソ・ホールディングス・シンガポールの石川紀一社長(大陽日酸常務執行役員)が、東南アジアへの進出で最も重きを置いてきた点だ。
現地同業との合弁を軸とし、事業拡大にも現地スタッフを育成して応える。日本人駐在員は増やさない。それを“海外メジャー”と異なる手法と評価する関係者は多い。
日本では製造業各社の海外移転が進んだ結果、産業ガス市場が成熟。大陽日酸は新たな収益の柱を育てようとアジアや米国での合弁設立やM&A(合併・買収)を推し進め、確実に成長に結びつけてきた。
主な対象は空気分離装置(ASU)のような生産設備を構える同業と、これらメーカーや化学工場から各種ガスを仕入れてボンベに充填・供給する地域の販売会社だ。
その成果は大きい。2018年3月期の業績予想では、国内ガス事業の売上高3410億円に対し米国とアジア・オセアニアを足した海外ガス事業は2670億円とほぼ互角。特に今期は仏エア・リキードから米国の一部事業を買収した上乗せ効果も寄与する。大陽日酸の市原裕史郎社長は「北米ではメジャーと遜色ない生産能力と市場シェアを手に入れた」と胸を張る。
それでも、世界規模ではメジャーの背中は遠い。メジャー同士で相次ぐ経営統合も一因だ。16年に首位のエア・リキードが当時6位の米エアガスを買収。18年内には2位の独リンデと3位の米プラクスエアも統合手続きを終える見通しで、世界シェアはこの2大グループだけで60%を超えてくる。現時点で約6%の大陽日酸は、さらに厳しい戦いを強いられるようにも見える。
だが、メジャーの巨大化は大陽日酸にとって事業拡大の好機でもある。例えばリンデとプラクスエアの場合、シェアが高まる国や地域では事業売却を求められる公算が大きい。
市原社長としては「知識も経験もある領域で経営する自信もある」だけに、最優先でメジャーから売却される事業の取得を目指す姿勢を明確にしている。
(文=堀田創平)
日刊工業新聞2018年3月14日15日16日