クルマ1台丸ごと数値化、マツダは自動車開発を一変させるか
「モデルベース開発」最前線
現実世界の現象を表した数理モデルを用い、コンピューターでシミュレーションを繰り返して製品を開発する「モデルベース開発(MBD)」。マツダは、自動車の開発を全面的にMBDで行えるような改革を進めている。今後自動運転や電動化により車載システムの大規模化が進めば、業界全般でいっそうMBDへのシフトが進むはずだ。自動車開発のあり方を一変させる取り組みを取材した。
「これが、車1台分のモデルを表した図です。要はマツダが目指す車づくりのエッセンスを表したもので、門外不出。マンダラ(仏教の世界観を1枚の絵で表した宗教画)と呼ぶ人もいます」―。
マツダ統合制御システム開発本部の足立智彦首席研究員が示したのは、マツダが取り組むMBDの全体像を示した図だ。3重の大きな同心円の中に、さまざまな模式図や部品類が描き込まれ、使うシミュレーションツールの具体名も書いてある。
マツダは2019年に発売予定の電気自動車(EV)から、車1台の開発に丸ごとMBDを適用する。だが、車1台丸ごとのMBDとは具体的にどんなことなのか。
マツダがMBDに取り組み始めたのは04年のこと。11年6月に一部改良して発売した「デミオ」には、新開発の「スカイアクティブ」ガソリンエンジンを搭載。燃費はガソリン1リットル当たり30キロメートル(10・15モード)とハイブリッドシステムを使わない車ではトップクラスの性能を達成した。
この開発で決め手になったのがMBDだ。エンジンや駆動機器において約700項目にのぼる機能をリストアップして数理モデル化し、燃費性能を高めるシミュレーションを繰り返した。
特にエンジンを開発できた一番のポイントになったのが、広島大学と共同で燃料噴霧のメカニズムを解明し、シミュレーションできるようになったことだったという。
さらにこれが車1台分のMBDとなると、数理モデル化する項目は数万種類にのぼる。
MBDの概念自体、大きく広がる。これまで自動車業界でMBDは、主に制御システムの開発に使われていた。それがマツダ用語のMBDは「車、制御、乗員、環境の四つをすべてモデル化・数値化し、実車レスで“突き抜けた”商品の開発を目指す」(足立首席研究員)ことを指す。当然ながら、多くの解析ソフトを組み合わせて使いこなす必要がある。
こうした壮大な構想を1枚の図としてまとめたのが、先ほどの“マンダラ図”だ。3重の同心円の中心部には開発する車の車台の図を据え、制御・駆動、操縦安定性、乗り心地という三つの主要な開発項目ごとのモデルがそれを取り囲む。
企画・構想設計を表したこのモデルを中心とし、同心円の外側に行くほど基本設計から詳細設計へとブレークダウンして、より詳細な項目を網羅するようになっており、最終的には数万項目の数理モデルで構成される。
では、この壮大なモデルをどう実現し、どう使いこなして車を開発していくのだろうか。
2019年に発売する電気自動車(EV)から、1台の車すべての開発にモデルベース開発(MBD)を適用するマツダ。そこでは数万点に上る自動車のさまざまな機能を数理モデル化し、システム上でシミュレーションできるようにする。
そのためには自動車の開発プロセス自体を改革することが不可欠。「MBD戦略を実行する上で、人材育成とモデル流通は必須」(足立智彦統合システム開発本部首席研究員)として策を講じた。
人材育成では16年に広島大学と共同でMBD基礎講座を開設。18年までの3年間で約900人のマツダ社員が受講しており、17年からは社外にも受講者を広げている。
こうして育成したエンジニアを動員してモデル化を進めている。中心を担うのは実験担当部門だ。「実験の人は車のことをよく知っている。
だから仕事の中身を変えようと。操縦安定性ならばタイヤやステアリングのどの機能が重要なのかを特定し、モデリングしてもらっている」(同)。
かたやモデル流通では、標準的な仕様に沿ったモデルを部品メーカーとの間で広くやりとりできるようにする。開発の早い段階でモデルを使って部品メーカーとすりあわせながらシミュレーションを繰り返すことで、大規模な手戻りをなくし、期間短縮や効率向上につなげるのが狙いだ。
このために、産学官連携組織であるひろしま自動車産学官連携推進会議(ひろ自連)を通じて地場サプライヤーの底上げに取り組んできた。
ひろ自連のMBD専門部会での検討内容と並行する形で、広島県が17年10月に「ひろしまデジタルイノベーションセンター」を開設。スパコンや各種解析ソフトの提供から人材育成まで支援し、地場企業の対応力を高めつつある。「MBDの取り組みの本当の姿とは、次の世代に向けた企業の変革なんです」と、足立首席研究員は強調する。
ただ、こうして全社を挙げて取り組むMBDも、現実世界の開発のあり方をそのままコンピューターに持ち込むのでは意味がない。
自動運転などで開発規模が爆発的に増大すれば、いずれ行き詰まるのは目に見えている。MBDを使って「賢い開発」「いい開発」をすることが肝心だ。
マツダがMBDの肝とするのが「コモンアーキテクチャー」だ。車種ごと、仕様ごとに部品間で共通の構造を持たせ、開発の効率化とラインアップの充実を同時に達成する設計手法だが、重要なのは共通の構造として何を選ぶか。
例えば、スカイアクティブエンジンの開発では部品形状ではなく燃焼特性をコモン要素に選んだ。これにより、エンジンの種類ごとに膨大なチューニングが必要だった関連システムの調整が一度で済むようになったという。
(文=広島・清水信彦)
「これが、車1台分のモデルを表した図です。要はマツダが目指す車づくりのエッセンスを表したもので、門外不出。マンダラ(仏教の世界観を1枚の絵で表した宗教画)と呼ぶ人もいます」―。
マツダ統合制御システム開発本部の足立智彦首席研究員が示したのは、マツダが取り組むMBDの全体像を示した図だ。3重の大きな同心円の中に、さまざまな模式図や部品類が描き込まれ、使うシミュレーションツールの具体名も書いてある。
マツダは2019年に発売予定の電気自動車(EV)から、車1台の開発に丸ごとMBDを適用する。だが、車1台丸ごとのMBDとは具体的にどんなことなのか。
マツダがMBDに取り組み始めたのは04年のこと。11年6月に一部改良して発売した「デミオ」には、新開発の「スカイアクティブ」ガソリンエンジンを搭載。燃費はガソリン1リットル当たり30キロメートル(10・15モード)とハイブリッドシステムを使わない車ではトップクラスの性能を達成した。
この開発で決め手になったのがMBDだ。エンジンや駆動機器において約700項目にのぼる機能をリストアップして数理モデル化し、燃費性能を高めるシミュレーションを繰り返した。
特にエンジンを開発できた一番のポイントになったのが、広島大学と共同で燃料噴霧のメカニズムを解明し、シミュレーションできるようになったことだったという。
さらにこれが車1台分のMBDとなると、数理モデル化する項目は数万種類にのぼる。
MBDの概念自体、大きく広がる。これまで自動車業界でMBDは、主に制御システムの開発に使われていた。それがマツダ用語のMBDは「車、制御、乗員、環境の四つをすべてモデル化・数値化し、実車レスで“突き抜けた”商品の開発を目指す」(足立首席研究員)ことを指す。当然ながら、多くの解析ソフトを組み合わせて使いこなす必要がある。
こうした壮大な構想を1枚の図としてまとめたのが、先ほどの“マンダラ図”だ。3重の同心円の中心部には開発する車の車台の図を据え、制御・駆動、操縦安定性、乗り心地という三つの主要な開発項目ごとのモデルがそれを取り囲む。
企画・構想設計を表したこのモデルを中心とし、同心円の外側に行くほど基本設計から詳細設計へとブレークダウンして、より詳細な項目を網羅するようになっており、最終的には数万項目の数理モデルで構成される。
では、この壮大なモデルをどう実現し、どう使いこなして車を開発していくのだろうか。
トヨタにも影響?
2019年に発売する電気自動車(EV)から、1台の車すべての開発にモデルベース開発(MBD)を適用するマツダ。そこでは数万点に上る自動車のさまざまな機能を数理モデル化し、システム上でシミュレーションできるようにする。
そのためには自動車の開発プロセス自体を改革することが不可欠。「MBD戦略を実行する上で、人材育成とモデル流通は必須」(足立智彦統合システム開発本部首席研究員)として策を講じた。
人材育成では16年に広島大学と共同でMBD基礎講座を開設。18年までの3年間で約900人のマツダ社員が受講しており、17年からは社外にも受講者を広げている。
こうして育成したエンジニアを動員してモデル化を進めている。中心を担うのは実験担当部門だ。「実験の人は車のことをよく知っている。
だから仕事の中身を変えようと。操縦安定性ならばタイヤやステアリングのどの機能が重要なのかを特定し、モデリングしてもらっている」(同)。
かたやモデル流通では、標準的な仕様に沿ったモデルを部品メーカーとの間で広くやりとりできるようにする。開発の早い段階でモデルを使って部品メーカーとすりあわせながらシミュレーションを繰り返すことで、大規模な手戻りをなくし、期間短縮や効率向上につなげるのが狙いだ。
このために、産学官連携組織であるひろしま自動車産学官連携推進会議(ひろ自連)を通じて地場サプライヤーの底上げに取り組んできた。
ひろ自連のMBD専門部会での検討内容と並行する形で、広島県が17年10月に「ひろしまデジタルイノベーションセンター」を開設。スパコンや各種解析ソフトの提供から人材育成まで支援し、地場企業の対応力を高めつつある。「MBDの取り組みの本当の姿とは、次の世代に向けた企業の変革なんです」と、足立首席研究員は強調する。
ただ、こうして全社を挙げて取り組むMBDも、現実世界の開発のあり方をそのままコンピューターに持ち込むのでは意味がない。
自動運転などで開発規模が爆発的に増大すれば、いずれ行き詰まるのは目に見えている。MBDを使って「賢い開発」「いい開発」をすることが肝心だ。
マツダがMBDの肝とするのが「コモンアーキテクチャー」だ。車種ごと、仕様ごとに部品間で共通の構造を持たせ、開発の効率化とラインアップの充実を同時に達成する設計手法だが、重要なのは共通の構造として何を選ぶか。
例えば、スカイアクティブエンジンの開発では部品形状ではなく燃焼特性をコモン要素に選んだ。これにより、エンジンの種類ごとに膨大なチューニングが必要だった関連システムの調整が一度で済むようになったという。
(文=広島・清水信彦)
日刊工業新聞2018年3月20日/21日