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ゼロックス統合、「カリスマ古森劇場」最終章の幕はいつ上がる?

「あと2―3年はやるといったがまた伸びそうだ」(古森氏)
ゼロックス統合、「カリスマ古森劇場」最終章の幕はいつ上がる?

会見する富士フイルムHD古森会長

 富士フイルムホールディングス(HD)は1月31日、米ゼロックスを買収することで合意したと発表した。米ゼロックスコーポレーションと富士ゼロックスを統合し、統合新会社の株式50・1%を取得して傘下に収める。富士フイルムHDの売上高は、約3兆3000億円規模となる。富士フイルムHDは外部への資金流出なしに、巨大な欧米のドキュメントビジネスを獲得する。これにより、ヘルスケア分野などへのM&A(合併・買収)を含む成長投資を継続する。

 米ゼロックスと富士ゼロックスとを統合した新「富士ゼロックス」は、単純合算で売上高が約2兆2000億円。米HPやキヤノンを超え、複写機などのドキュメントビジネスで世界最大規模となる。2018年7―9月期に一連の取引を終了する予定。

 先進国の複写機市場は、かつての高い成長率に比べ成熟傾向にあるが、安定した利益を生んでいる。オフィスの生産性を高める提案や商業・産業印刷市場での拡大、シナジーの創出により、売上高と利益を成長させる。同日都内で会見した古森重隆富士フイルムHD会長兼最高経営責任者(CEO)は、「(富士フイルムグループとして)最大事業であるドキュメントの強化と、成長投資の継続を同時に実現する」と意気込みを語った。早期にROE8%の実現を目指す。

 資金流出なしでの統合スキームについて、助野健児富士フイルムHD社長は「クリエイティブな手法」とした。具体的には、富士ゼロックスが富士フイルムHDの持つ自社株式の全75%を取得。

 一方、米ゼロックスは既存株主に特別配当25億ドルを拠出し、米ゼロックスの企業価値を引き下げ、富士ゼロックスと等価とする。その上で米ゼロックスと富士ゼロックスを統合。富士フイルムHDは富士ゼロックス株式を売却した資金を使い、統合新会社の第三者割当増資を引き受けて株式50・1%を取得する。

 富士ゼロックスは1962年の設立から56年間、富士フイルムグループと米ゼロックスの合弁会社として運営してきた。アジア・オセアニアのA3複合機でトップシェアを持ち、合弁会社として世界的にも成功事例だ。

 現在、米ゼロックスが欧米、富士ゼロックスがアジアと地域を分けて事業を行う。人工知能(AI)やインクジェット(IJ)技術などの新分野では効率が悪く、「国境線を引いていてはスピードが上がらない」(栗原博富士ゼロックス社長)とし、新会社に期待する。米ゼロックスは一部株主から経営状態の改善を求められており、救済の意味合いもありそうだ。

 経営統合により、22年度までに年17億ドル(1700億円)のコスト改善効果を見込んでおり、このうち12億ドル(1200億円)は20年度までに実現する。

 また、今回の統合を機に、富士ゼロックスは国内外で1万人の人員削減を実施する。過半数は海外で実施する方針で、早期退職の募集に加え、自然減などによる減少を見込む。19年度以降の構造改革効果は年500億円で、「抜本的な構造改革を実施する」(助野富士フイルムHD社長)と話す。

 新会社の取締役会議長には古森富士フイルムHD会長、CEOにジェフ・ジェイコブソン米ゼロックスCEOが就任する。取締役12人中7人は富士フイルムHDが指名し、5人は米ゼロックス取締役から指名する。栗原社長の取締役就任は未定。
                  

富士フイルムHDの戦略とは?


 富士フイルムホールディングス(HD)にとって、富士ゼロックスが手がけるドキュメント事業は売上高の半分を占める最大事業だ。もうひとつの事業会社である富士フイルムは写真フィルム市場の消失という危機を乗り越え、高機能材料や医薬品・医療機器といった複数領域で存在感を持つまでに成長した。富士ゼロックスはそんな“兄弟”の進化を利益面で支え続けた、影の立役者でもある。

 富士ゼロックスと米ゼロックスの経営統合で、富士フイルムHDは米ゼロックスが持つ高いブランド力を手に入れる。アジア・太平洋地域に加え、北米市場という世界最大の顧客基盤も獲得する。

 あわせて高機能材料やヘルスケア領域への積極投資にも引き続き重きを置き、両輪でもう一段の成長を目指す。古森会長兼CEOがかねて掲げてきた「売上高3兆円以上」という理想も達成する。

 古森会長兼CEOは、特に高機能材料や医薬品・医療機器について「まだ花開いていない種、果実になっていない花がたくさんある」と事業の将来性への手応えを示してきた。

 特定分野に絞り込むことはせず、逆に間口の広さを生かして複合的に攻める戦略だ。そうすることで時間軸が異なる事業を収益面で補完しあえるだけでなく、周辺市場の開拓が容易になる。

 今回の統合でも、画像処理技術や人工知能(AI)技術の融合などが視野に入る。古森スピリットを受け、ゼロックスの進化も確実に加速する。

<会見要旨>
富士フイルムHDの古森会長兼CEO、助野健児社長の一問一答は次の通り。


 ―統合の狙いは。
 古森氏 ドキュメント事業の先進国市場は成熟しているというがそう落ちていない。新興国市場も伸びる。複合機を売るだけでなく、ソリューション事業も展開できる。インク技術などオフィスに近接した印刷分野で未来を開いていける。

 ―統合の経緯は。
 古森氏 男女の仲に似ている。従来から米ゼロックスと協力できないかと考えていた。考え始めたのは1年半ほど前。相手の経営陣との深い信頼関係があって、スピーディーに決断できた。米ゼロックスを買収するには1兆円以上の資金が必要になる。成長事業に回す資金が窮屈になるので手が出なかった。今回の株式取得のスキームは非常にクリエイティブな手法だ。

 ―米ゼロックスの株主の反応は。
古森氏 統合でさまざまなメリットがある。企業価値も上がり、株価も上がる。納得してもらえる。

助野氏 新会社の発展を詳細に説明すれば、全株主から賛同が得られると確信している。

 ―富士ゼロックスの不適切会計問題が統合の契機となったのでしょうか。
 古森氏 あの案件を機に富士ゼロックスの経営陣が変わった。私も会長になった。ガバナンスも強化し、統合作業も手を抜かずやるので心配はいらない。

 ―CEOとしての総仕上げとなりますか。
 古森氏 以前、あと2―3年はやるといったがまた伸びそうだ。今回の統合の要にならないといけない。それが私自身の役目だ。
                   

(文=梶原洵子、堀田創平、村上毅)
日刊工業新聞2018年2月1日
鈴木岳志
鈴木岳志 Suzuki Takeshi 編集局第一産業部 編集委員
 古森会長兼CEOは社長時代に後任の適性を質問すると、ゴルフのドライバーの飛距離で自分より飛ばすことと冗談めかして話していた。1月31日の記者会見で引き際についての受け答えを聞いて、担当当時の記憶がよみがえった。結局いまだにCEOの座を譲っていないことから推測すると、ゴルフで古森会長を超える人材が育っていないということか。ゴルフの話は置いておくとして、グローバル競争にさらされる大企業の経営者は、やらないといけないことが絶えることはその椅子に座り続ける限りないだろう。長期政権を敷くカリスマ経営者は少なくないが、それぞれどんな引き際かを想像しながら待つ楽しさがある。

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