最近話題の企業不祥事、ITでどこまで防げる?
個人の情報発信を活用
日本を代表する企業の不正や不祥事が相次ぎ、産業界全体の信用力低下が懸念される事態になっている。だが企業の巨大化やグローバル化、事業の専門化で、サプライチェーン全体を完璧に統治するのは難しい。不正、不祥事をいかに防ぐか―。個人の情報発信を活用し、事前に芽を見つける取り組みが始まっている。
NTTデータ経営研究所(東京都千代田区)は、会員制交流サイト(SNS)「ツイッター」への投稿を解析し、不祥事のリスクを予見する可能性について調査研究を行った。親会社のNTTデータは、ツイッターに投稿された全量データを分析できる契約を結んでいる。無数の投稿を人工知能(AI)による言語解析にかけて、有益な情報を抽出することを狙った。
調査研究のテーマの一つは、企業名と不祥事を想定させる「偽装」「ねつ造」「セクハラ」といった「ダイレクトキーワード」の出現推移の解析だ。過去の不祥事の例を検証したところ、家電メーカーA社は発覚直前にダイレクトキーワードが急増する明確な予兆はなかったが、同業他社に比べ長期間にわたって出現率が高かった。出現率が大きく伸びた2014年半ばも、目立った不祥事報道はない。NTTデータ経営研究所の大塚俊和シニアマネージャーは、「(企業風土など)潜在的なものが表れたのではないか」と分析する。
また、同様に自動車メーカーX社とY社の車種について否定的な過去の投稿をAIで比較解析し、X社の車種に特徴的な言葉を「隠れキーワード」として自動的に抽出した。その結果、出てきたのは、燃費やエンジン音、タイヤといった普通の言葉ばかり。これが、13年−16年の否定的な投稿の中に高い割合で出現していた。事前にこうした情報を取得していれば、背後に問題が起きている可能性を推測し、調査できる可能性がある。
NTTデータ第一公共事業部市場創造推進室の小林信雄課長は「何らかの予兆は見てとれる」と説明する。今回の解析はBツーC企業を対象としたが、「BツーB企業でもガバナンスのリスクが見えるかもしれない」(堀雅樹NTTデータ第一公共事業部市場創造推進室課長代理)という。個人投資家同士のコミュニケーションで話題になっていれば、解析にひっかかる。間接的に企業文化が見える可能性もある。
今後、NTTデータ経営研究所は、この技術をコンサルティングのツールとして、リスク分析やマーケティングなどの用途に提案する。中長期的な企業の成長性を示す指標としてESG(環境・社会・企業統治)情報が注目されているが、東芝のような高評価を得ていた企業もあっという間に窮地に追い込まれており、「ESGも万能ではない」(大塚シニアマネージャー)。
ESG情報に加え、個人が発する情報を把握すれば、いち早く問題を見つけられる可能性が高まる。「サプライチェーン管理にもニーズがある」(小林課長)とみて、キーワード設定や解析精度の向上などの研究を続ける。
調達先の不正の兆候を知る手がかりとなるシステムを、米ブルーナンバー財団(ニューヨーク)が提供している。インターネットで情報を収集し、世界に点在する調達先の社会的健全性を評価するシステムとして15年に運用を始めた。日本では全日本空輸(ANA)が機内食、花王が洗剤の原料であるパーム油のサプライチェーンに連なる企業の確認に活用している。
ブルーナンバーを利用する大企業は、調達先企業にIDを持ってもらい、社名、住所といった基本情報、品質・環境分野の認証を登録してもらう。情報はウェブサイトの地図上に表示され、自然破壊や汚職、地域紛争がないか、調達先の所在地を把握できる。ID登録が増えると2次、3次、その先の調達先も明らかとなり、大企業はサプライチェーンをたどれる。
日本でブルーナンバーの業務窓口となっている日本トレースブルー合同会社(東京都渋谷区)の岡田美穂代表は「調達先の労働者の不満を見抜ける可能性がある」と話す。
IDは調達先の従業員にも付与できる。従業員が賃金や勤務時間の情報を入力すれば、大企業は「(調達先が)低賃金、長時間労働時間を強制している」といった情報が得られる。大企業は取引額と付き合わせて、調達先が“ブラック企業”か判断できる。
過酷な労働環境は、不正の土壌を生む。調達先で手抜き作業が横行し、最終製品が市場で品質問題を起こせば、大企業も損失を被る。過酷な労働実態が明らかになるだけでもダメージだ。実際、海外では有名アパレルや電子機器の生産委託先による長時間労働の強制などが社会問題となっている。途上国へサプライチェーンが広がり、調達先の現地監査が難しくなっている日本企業も、突然に信頼が失墜する危険性がある。
不買運動などに発展して“炎上”する前に、労働者の不満を察知することがリスク回避となる。岡田代表は「ブルーナンバーは改善のメカニズム。問題が大きくなる前に調達先へアドバイスができる」と話す。
調達先も自ら情報を発信し、透明性を示すことで新規取引先を増やす機会となる。12月初旬時点での登録ID数は1年前の6倍の6000件に増えた。アパレル会社の生産委託先が集積するバングラデシュだけで1万件が追加される予定だ。
日本では売上高至上主義、納期厳守といった圧力が、不正を生む土壌となっていると指摘されている。経営陣が短期の利益を追求するあまり、現場が無理をして不正を始めるとの意見も聞かれる。いち早く異変に気づき、改善していく仕組みをどう構築するか、経営の姿勢が問われている。
(文=松木喬、梶原洵子)
SNS分析 キーワード抽出、AI分析
NTTデータ経営研究所(東京都千代田区)は、会員制交流サイト(SNS)「ツイッター」への投稿を解析し、不祥事のリスクを予見する可能性について調査研究を行った。親会社のNTTデータは、ツイッターに投稿された全量データを分析できる契約を結んでいる。無数の投稿を人工知能(AI)による言語解析にかけて、有益な情報を抽出することを狙った。
調査研究のテーマの一つは、企業名と不祥事を想定させる「偽装」「ねつ造」「セクハラ」といった「ダイレクトキーワード」の出現推移の解析だ。過去の不祥事の例を検証したところ、家電メーカーA社は発覚直前にダイレクトキーワードが急増する明確な予兆はなかったが、同業他社に比べ長期間にわたって出現率が高かった。出現率が大きく伸びた2014年半ばも、目立った不祥事報道はない。NTTデータ経営研究所の大塚俊和シニアマネージャーは、「(企業風土など)潜在的なものが表れたのではないか」と分析する。
また、同様に自動車メーカーX社とY社の車種について否定的な過去の投稿をAIで比較解析し、X社の車種に特徴的な言葉を「隠れキーワード」として自動的に抽出した。その結果、出てきたのは、燃費やエンジン音、タイヤといった普通の言葉ばかり。これが、13年−16年の否定的な投稿の中に高い割合で出現していた。事前にこうした情報を取得していれば、背後に問題が起きている可能性を推測し、調査できる可能性がある。
NTTデータ第一公共事業部市場創造推進室の小林信雄課長は「何らかの予兆は見てとれる」と説明する。今回の解析はBツーC企業を対象としたが、「BツーB企業でもガバナンスのリスクが見えるかもしれない」(堀雅樹NTTデータ第一公共事業部市場創造推進室課長代理)という。個人投資家同士のコミュニケーションで話題になっていれば、解析にひっかかる。間接的に企業文化が見える可能性もある。
今後、NTTデータ経営研究所は、この技術をコンサルティングのツールとして、リスク分析やマーケティングなどの用途に提案する。中長期的な企業の成長性を示す指標としてESG(環境・社会・企業統治)情報が注目されているが、東芝のような高評価を得ていた企業もあっという間に窮地に追い込まれており、「ESGも万能ではない」(大塚シニアマネージャー)。
ESG情報に加え、個人が発する情報を把握すれば、いち早く問題を見つけられる可能性が高まる。「サプライチェーン管理にもニーズがある」(小林課長)とみて、キーワード設定や解析精度の向上などの研究を続ける。
ブルーナンバー 調達先にID、“ブラック企業”を察知
調達先の不正の兆候を知る手がかりとなるシステムを、米ブルーナンバー財団(ニューヨーク)が提供している。インターネットで情報を収集し、世界に点在する調達先の社会的健全性を評価するシステムとして15年に運用を始めた。日本では全日本空輸(ANA)が機内食、花王が洗剤の原料であるパーム油のサプライチェーンに連なる企業の確認に活用している。
ブルーナンバーを利用する大企業は、調達先企業にIDを持ってもらい、社名、住所といった基本情報、品質・環境分野の認証を登録してもらう。情報はウェブサイトの地図上に表示され、自然破壊や汚職、地域紛争がないか、調達先の所在地を把握できる。ID登録が増えると2次、3次、その先の調達先も明らかとなり、大企業はサプライチェーンをたどれる。
日本でブルーナンバーの業務窓口となっている日本トレースブルー合同会社(東京都渋谷区)の岡田美穂代表は「調達先の労働者の不満を見抜ける可能性がある」と話す。
IDは調達先の従業員にも付与できる。従業員が賃金や勤務時間の情報を入力すれば、大企業は「(調達先が)低賃金、長時間労働時間を強制している」といった情報が得られる。大企業は取引額と付き合わせて、調達先が“ブラック企業”か判断できる。
過酷な労働環境は、不正の土壌を生む。調達先で手抜き作業が横行し、最終製品が市場で品質問題を起こせば、大企業も損失を被る。過酷な労働実態が明らかになるだけでもダメージだ。実際、海外では有名アパレルや電子機器の生産委託先による長時間労働の強制などが社会問題となっている。途上国へサプライチェーンが広がり、調達先の現地監査が難しくなっている日本企業も、突然に信頼が失墜する危険性がある。
不買運動などに発展して“炎上”する前に、労働者の不満を察知することがリスク回避となる。岡田代表は「ブルーナンバーは改善のメカニズム。問題が大きくなる前に調達先へアドバイスができる」と話す。
調達先も自ら情報を発信し、透明性を示すことで新規取引先を増やす機会となる。12月初旬時点での登録ID数は1年前の6倍の6000件に増えた。アパレル会社の生産委託先が集積するバングラデシュだけで1万件が追加される予定だ。
日本では売上高至上主義、納期厳守といった圧力が、不正を生む土壌となっていると指摘されている。経営陣が短期の利益を追求するあまり、現場が無理をして不正を始めるとの意見も聞かれる。いち早く異変に気づき、改善していく仕組みをどう構築するか、経営の姿勢が問われている。
(文=松木喬、梶原洵子)
日刊工業新聞2017年12月27日