売れっ子コピーライターの「働き方」を変えた一匹の猫
<情報工場 「読学」のススメ#46>『捨て猫に拾われた男』(梅田 悟司 著)
少し前に「ネコノミクス」という言葉が流行った。「アベノミクス」に引っ掛けたもので、「猫の経済効果」を表す際に用いられる。震源は関西大学の宮本勝浩名誉教授が計測、2016年2月に発表した「ネコノミクスの経済効果」だろう。宮本名誉教授は「阪神優勝」「カープ優勝」「大阪道頓堀のグリコの電光看板」「又吉直樹の芥川賞小説『火花』」など、いろいろな事象の経済効果を測りまくっていることで有名だ。
発表された「ネコノミクスの経済効果」は2015年の1年間でなんと約2.3兆円。単純に比較できないが、東京都が推計した東京五輪の経済効果が1年あたりに換算すると1.8兆円である。猫のエサ代や治療費、猫グッズ、猫カフェなどによる経済効果が、一大国際イベントを上回るのだ。
飼育数のデータを見ても、犬の飼育数が急減する一方、猫は横ばいのまま。現在、犬がまだわずかに上回るものの、その差は僅少だ。
そんな「猫ブーム」のおかげで、写真集をはじめとする、いわゆる「猫本」の出版点数も多くなっている。『捨て猫に拾われた男』(日本経済新聞出版社)もその一つに含まれる。ただし、類書とはちょっと毛色が違う(猫の毛並みの話ではない)。著者であるコピーライター/コンセプターの梅田悟司さんが、ともに暮らす一匹の黒猫から生き方や働き方のヒントを得た、というものだからだ。ちなみに、可愛いイラストは散りばめられているものの、写真は2点のみ。しかもモノクロだ(黒猫なのでカラーでもあまり変わらないだろうが)。
梅田さんは、広告制作でカンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞など国内外30以上の受賞がある売れっ子。著書『「言葉にできる」は武器になる』(日本経済新聞出版社)は15万部を超えるベストセラーになった。
熱しやすく冷めやすい日本人の気質から、昨今の「猫ブーム」がやがて下火になるのを梅田さんは危惧する。そこで「猫ブームの被害者が、猫であってはならない」「猫のためになる、いい猫ブームをつくりたい」との思いから、『捨て猫に拾われた男』を書くことにしたそうだ。
そんな、猫を愛してやまない梅田さんだが、もとは根っからの“犬派”だった。2012年、奥さんに誘われて猫の里親会(保護された捨て猫や被災猫の里親を探すための会)に出かけ、そこで1匹の黒猫と出会った。目が合った瞬間「一緒に暮らしてやっても、いいぞ」という声が聞こえたのだという。それが本書の主役、大吉くんだ。
大吉くんと暮らしていくうちに、梅田さんの座右の銘は「神は細部に宿る」から「すべては大した問題じゃない」に、ほぼ180度変わった。
大吉くんの生き方からは、昨今日本中の会社やビジネスパーソンが取り組もうとしている「働き方改革」のヒントも得られる。
「あえて空気は読まない」と題する項目には、「同僚や上司の手前遠慮して先に帰れない」といった、よくある残業をめぐる悩みを解消する、ある大吉くんの行動が描写されている。
大吉くんが一番お気に入りの居場所は、梅田さんやその奥さんの膝の上だ。梅田さんがトイレに行こうとして大吉くんの体を持ち上げると、膝に爪を立て必死で抵抗する。仕方がないのでちょっと我慢する。しばらくすると、飽きたのか、ぷいっと膝から下りてどこかへ行ってしまう。これ幸いと、トイレに行こうとすると、なんと大吉くんはトイレの扉の前に寝転がって行く手を阻むのだそうだ。まったく空気を読まない。でも憎めない。
梅田さんは、そんな大吉くんの習性(?)を見習い、「ここは空気を読んで、こうしたほうがいいよな」と思う「逆」を実行することを勧める。そうすれば自分の「存在感」が増す。
先ほどの「帰れない」ケースなどでは、あえて高らかに「仕事片づいたので帰ります!」と堂々と宣言してみたらどうだろうか。最近は生産性の向上が叫ばれているだけに、「あいつは効率的に仕事をこなすスゴいヤツだ」と思ってくれるかもしれない。「よし、俺も見習おう」という同僚が増えれば、職場全体の生産性向上にも貢献できる。
そう思われなくても、少なくとも「あいつは早く帰るヤツだ」と認識されることで、仕事はやりやすくなるのではないか。ただし、昼間しっかりと仕事をするのが前提。していなければ、ただの「空気を読めないヤツ」でしかない。
大吉くんが「存在感を示す」ことについては、「爪痕を残してナンボだろう」のパートでも触れられている。そう、猫を飼っている人なら避けて通れない「爪痕」問題だ。猫は至る所をガリガリやって爪痕を残す。飼い主の腕や膝も例外ではない。
壁やらフローリングの床やら、カーテンやらに遠慮なく爪痕を残す大吉くんから梅田さんは、「仕事でも『自分らしさ』という爪痕を残すべき」という教訓を得る。それまでは、「無事に終わらせる」「誰からも否定されないように仕上げる」といった無難な仕事をすることもあったが、それではいけないと反省したのだという。
あらゆるものに遠慮なく爪痕を残す。そう意識することで、梅田さんが取り組む仕事やプロジェクトに対する自らの姿勢が大きく変化したのだそうだ。
つまるところ、個人レベルの「働き方改革」とは、自分独自の働き方を確立し、存在感を示すことではないだろうか。爪痕を残すことが自信になり、やりがい、そして生きがいになる。
だが、「こうしなきゃ」と肩に力を入れることはない。あくまでしなやかな姿勢を保つことが大事。そう、猫のように。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『捨て猫に拾われた男』
-猫背の背中に教えられた生き方のヒント
梅田 悟司 著
日本経済新聞出版社
224p 1,200円(税別)>
発表された「ネコノミクスの経済効果」は2015年の1年間でなんと約2.3兆円。単純に比較できないが、東京都が推計した東京五輪の経済効果が1年あたりに換算すると1.8兆円である。猫のエサ代や治療費、猫グッズ、猫カフェなどによる経済効果が、一大国際イベントを上回るのだ。
飼育数のデータを見ても、犬の飼育数が急減する一方、猫は横ばいのまま。現在、犬がまだわずかに上回るものの、その差は僅少だ。
そんな「猫ブーム」のおかげで、写真集をはじめとする、いわゆる「猫本」の出版点数も多くなっている。『捨て猫に拾われた男』(日本経済新聞出版社)もその一つに含まれる。ただし、類書とはちょっと毛色が違う(猫の毛並みの話ではない)。著者であるコピーライター/コンセプターの梅田悟司さんが、ともに暮らす一匹の黒猫から生き方や働き方のヒントを得た、というものだからだ。ちなみに、可愛いイラストは散りばめられているものの、写真は2点のみ。しかもモノクロだ(黒猫なのでカラーでもあまり変わらないだろうが)。
「いい猫ブームをつくりたい」
梅田さんは、広告制作でカンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞など国内外30以上の受賞がある売れっ子。著書『「言葉にできる」は武器になる』(日本経済新聞出版社)は15万部を超えるベストセラーになった。
熱しやすく冷めやすい日本人の気質から、昨今の「猫ブーム」がやがて下火になるのを梅田さんは危惧する。そこで「猫ブームの被害者が、猫であってはならない」「猫のためになる、いい猫ブームをつくりたい」との思いから、『捨て猫に拾われた男』を書くことにしたそうだ。
そんな、猫を愛してやまない梅田さんだが、もとは根っからの“犬派”だった。2012年、奥さんに誘われて猫の里親会(保護された捨て猫や被災猫の里親を探すための会)に出かけ、そこで1匹の黒猫と出会った。目が合った瞬間「一緒に暮らしてやっても、いいぞ」という声が聞こえたのだという。それが本書の主役、大吉くんだ。
大吉くんと暮らしていくうちに、梅田さんの座右の銘は「神は細部に宿る」から「すべては大した問題じゃない」に、ほぼ180度変わった。
遠慮なく“爪痕”を残すつもりで働く
大吉くんの生き方からは、昨今日本中の会社やビジネスパーソンが取り組もうとしている「働き方改革」のヒントも得られる。
「あえて空気は読まない」と題する項目には、「同僚や上司の手前遠慮して先に帰れない」といった、よくある残業をめぐる悩みを解消する、ある大吉くんの行動が描写されている。
大吉くんが一番お気に入りの居場所は、梅田さんやその奥さんの膝の上だ。梅田さんがトイレに行こうとして大吉くんの体を持ち上げると、膝に爪を立て必死で抵抗する。仕方がないのでちょっと我慢する。しばらくすると、飽きたのか、ぷいっと膝から下りてどこかへ行ってしまう。これ幸いと、トイレに行こうとすると、なんと大吉くんはトイレの扉の前に寝転がって行く手を阻むのだそうだ。まったく空気を読まない。でも憎めない。
梅田さんは、そんな大吉くんの習性(?)を見習い、「ここは空気を読んで、こうしたほうがいいよな」と思う「逆」を実行することを勧める。そうすれば自分の「存在感」が増す。
先ほどの「帰れない」ケースなどでは、あえて高らかに「仕事片づいたので帰ります!」と堂々と宣言してみたらどうだろうか。最近は生産性の向上が叫ばれているだけに、「あいつは効率的に仕事をこなすスゴいヤツだ」と思ってくれるかもしれない。「よし、俺も見習おう」という同僚が増えれば、職場全体の生産性向上にも貢献できる。
そう思われなくても、少なくとも「あいつは早く帰るヤツだ」と認識されることで、仕事はやりやすくなるのではないか。ただし、昼間しっかりと仕事をするのが前提。していなければ、ただの「空気を読めないヤツ」でしかない。
大吉くんが「存在感を示す」ことについては、「爪痕を残してナンボだろう」のパートでも触れられている。そう、猫を飼っている人なら避けて通れない「爪痕」問題だ。猫は至る所をガリガリやって爪痕を残す。飼い主の腕や膝も例外ではない。
壁やらフローリングの床やら、カーテンやらに遠慮なく爪痕を残す大吉くんから梅田さんは、「仕事でも『自分らしさ』という爪痕を残すべき」という教訓を得る。それまでは、「無事に終わらせる」「誰からも否定されないように仕上げる」といった無難な仕事をすることもあったが、それではいけないと反省したのだという。
あらゆるものに遠慮なく爪痕を残す。そう意識することで、梅田さんが取り組む仕事やプロジェクトに対する自らの姿勢が大きく変化したのだそうだ。
つまるところ、個人レベルの「働き方改革」とは、自分独自の働き方を確立し、存在感を示すことではないだろうか。爪痕を残すことが自信になり、やりがい、そして生きがいになる。
だが、「こうしなきゃ」と肩に力を入れることはない。あくまでしなやかな姿勢を保つことが大事。そう、猫のように。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
-猫背の背中に教えられた生き方のヒント
梅田 悟司 著
日本経済新聞出版社
224p 1,200円(税別)>
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