元グーグル副社長・村上憲郎氏から見た「Googleが考える近未来」
「IoT、ビッグデータ、AI、が切り拓くスマートコミュニティ」基調講演より
人工知能によってロボットが執事になる日がやって来る
ビッグデータには3段階あると思う。とりあえず社内にそれなりに蓄積されているリレーショナルデータベースの上に、蓄積されているデータを統計処理くらいしたらどうか、というのが最初のサジェスチョンだ。もちろん経験と勘も大事だが、せっかく社内に蓄積しているさまざまなデータを、エクセルでもいいので統計処理までやってもらいたい。
次は「ビッグデータ1.5」という段階。21世紀初頭から大量のデータ集積を遂げてきたグーグルが、2004年に社内の仕組みとしてマップリデュースというものを公にした。これは論文の形で知財を求めていない。ビッグデータという、「ビッグ」という意味合いでデータが社内でとんでもないサイズになりつつあることを、経営層やシステムエンジニアがしっかり話し合うべきだ。
「ビッグデータ 2.0」はディープラーニングによるブレークスルーが起こる
データがとんでもないサイズになり、エクセルはもちろん統計解析ソフト「SPSS」でもある種の限界が出た場合は、大規模データの並行処理でいろいろな知恵が出てきている。実はここまではでき上がっている。次のチャレンジとして「ビッグデータ 2.0」という段階に行くには、人工知能が問題となる。中でもマシンラーニング、機械学習をどう使うかが課題だ。
人間の脳には 300億の脳細胞、ニューロンがあって、その間を100兆のシナプスが1対他の形でつなぎ合ってニューラルネットワークを構成している。コンピューター上にこういうモデルで実現しようというのがニューラルネットワークというアイデアだ。ここへきて、マシンのコンピューティングパワーが改善されたということと、直近でいうと、いわゆるディープラーニングと呼ばれる新しいブレークスルーが起こり、一気に実用化していく段階に到達しつつある。それを使ったビッグデータの解析が「ビッグデータ2.0」だ。
人工知能の中では自然言語処理、ナチュラル・ランゲージ・プロセッシングというところが役に立ってきている。構文解析から、次の段階の意味解析へ進むが、ビッグデータに、このディープラーニングが使えないか、となってきた。例えば私の年齢や職業購買履歴といったリレーショナルデータベースを統計処理すれば何がしかのリコメンデーションもできるわけだが、そうではなく、何をどう食べ、どういうものに「いいね!」ボタンを押しているか、といった段階になると、やはりリコメンデーションのレベルも変わるのでないか。
米国はITの分野で他国を先んじているが、その理由は国防総省の予算がを湯水のごとく注ぎ込んだからだ。インターネットは冷戦構造が終わった1990年代に民間に開放され今や十分使わせていただいている。もう1つの目標が実は人工知能、アーティフィシャルインテリジェンス(AI)である。2年前にホワイトハウスがビッグデータに200億円を投じビッグデータ関連の最新技術の研究開発に取り組むと発表した。もう 「1.5」のは達成しているので「2.0」に上げるには、人工知能に巨額の予算を投じる必要が出てきた。
2年前の5月にはグーグルとNASA(アメリカ航空宇宙局)が「クアンタム・AI・ラボ」を設立した。カナダの量子コンピュータを使っている。クアンタム・AI・ラボを作ってくるだろうということは想定内だったが、想定外だったのは 前に「クアンタム」とついていたことだ。「D―Wave」というカナダの量子コンピュータを使うというのである。「D―Wave」のコンピュータが量子コンピュータであるかどうかという議論は、それ以来、延々と続いている。このD―Waveが採用している量子アニーリングという仕組みは、東工大の西森秀稔先生のチームがまず最初に発案したことを申しておきたい。
「アンドロイド」が「アンドロイド」に変わる
人工知能の文脈で「サイボーグ」「アンドロイド」という言葉を使っているが、アンドロイドというとグーグルのスマホのOSの名前である。もちろんそれは固有名詞で、もともとが知的なある水準を達した人工人間みたいなものを呼ぶ。最後に脳みそを機械で置きかえられるようになった時、サイボーグがいよいよアンドロイドという段階に達するということだ。アンドロイドといえば、スマホのOSを担当していたアンディ・ルービンが最後の仕事として世界のロボット会社を6社ほどを買収した。
世界のロボットのスマート化の流れとして、いよいよロボットの知能が、人間の知能と比べて遜色のない段階に達したら、機械のスマート化の結果としてのアンドロイドというものが生まれてくる。なぜこんな話をするかと言うと、私はグーグルを離れてもう4年半になるが、グーグルはバトラーサービスを実現しようとしていると推測する。バトラーというのは執事と呼ばれる職業。これは欧米の貴族階級が享受できるサービスで、執事さんという極めて誇り高い職業の方が、ご主人様の人生とともに生きるている。
今、アップルの「Siri」とか、グーグルの「Google Now」といったデジタル・パーソナル・アシスタントを既に使用していると思うが、これが完成した姿がバトラーサービスだ。どこかのデータセンターにいる村上担当の人工知能バトラーが、スマホに時々登場したり、タブレットに登場したり、もしかすると二足歩行のロボットという形をとるかもしれない。私に対して一緒に、私の人生を歩んでくれるということになる。自動走行車に私が乗ると、バトラーがその時は運転をやってくれているというわけだ。
村上憲郎(むらかみ・のりお)
村上憲郎事務所 代表取締役、エナリス代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)
1947年生まれ。70年京都大学工学部卒、同年日立電子のミニコンピュータのシステムエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、日本DECのマーケティング担当取締役、米国DEC本社勤務などを経て、2003年にGoogle米国本社 副社長兼 GoogleJapan代表取締役社長として日本におけるGoogleの全業務の責任者を務める。09年名誉会長、11年にGoogleを退任し村上憲郎事務所を設立した。14年12月からエナリス代表取締役社長兼CEO>
※日刊工業新聞社とモノづくり日本会議は6月17日に日刊工業新聞社創刊100周年記念シンポジウム「見えてきた近未来のスマートコミュニティ×ロボット~人工知能やIoTでコミュニケーション、コミュニティが変わる!~」を開催、村上氏が基調講演を務めた。
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