<名将に聞くコーチングの流儀#08> 県立厚木高校ダンスドリル部 高橋祐有氏
考えることを楽しむことが技術や経験の不足を打ち破る
ジャズダンスやラインダンス、ポンダンス、ヒップホップなどを組み合わせたダンスドリル。アメリカ発祥のこの競技で、神奈川県の公立高校がたびたび世界を驚かせている。厚木高校ダンスドリル部「IMPISH(インピッシュ)」は2017年3月に国際大会である全米大会へ12年ぶりに出場。準グランプリに輝いた。多くの部員がダンス競技未経験者で入部する同部の方針は、補欠をつくらず、全員が参加すること。しかも、県内有数の進学校でもある同校の部員は3年生への進級時に部を引退する。強豪校は部内選考を行い、3年生を含む選抜された部員で大会に臨む中、1、2年生のみのメンバーで出場し、常に上位に進出する。就任2年でチームを飛躍させた顧問の高橋祐有氏から限られたメンバーと時間で成果を残すためのコーチングの流儀を聞いた。
─ダンスドリルとはどんな競技ですか。。
「アメリカンフットボールやバスケットボールなどのハーフタイム、スポーツイベントの開閉会式で披露されるアメリカ発祥のダンスで、応援や応援指導を行うことです。解釈はいろいろありますが、繰り返し練習し、統率されたダンスの総称です。学校によって、チアリーディング部やチアダンス部、ダンスドリル部などと名乗っていますが、人を励ますチアスピリット、いつでも前向きで明るく元気に積極的にいることを心がけるポジティブスピリット、奉仕や助け合いの気持ちであるボランティアスピリットが競技の基本思想です。精神や理念が大切な競技です。IMPISH」もこの3つの精神を忘れず、1年生12人、2年生8人で活動しています。
─IMPISHはテレビドラマのモデルになったことがあるようですね。。
「06年に放送されたドラマ「ダンドリ。〜Dance☆Drill〜」のモデルになりました。私はIMPISHのOGで、1つ下の学年がモデルです。03年に1、2年生が国内の大会で優勝し、競技の統括団体から04年のNDA全米チアダンス選手権大会への出場を推薦されました。初出場のNDAでもグランプリ(優勝)を獲得し、校外からも注目されるようになりました」
「IMPISHは伝統として、部員は3年生への進級時に引退します。つまり1、2年生だけのチームです。部内選考も行わず、全員が大会に選手として出場します。ほかの高校生チームは3年生を含めた部内選考によって選出されたメンバーが出場することが多いです。他チームと比較して、さまざまな条件があることが特徴です。私は15年の厚木高校赴任と同時にダンスドリル部の顧問になりました。そうした中、16年11月開催の全日本チアダンス選手権大会のCheer Dance部門高校生編成で準優勝して17年3月開催のNDAへの出場推薦をいただきました。05年以来の出場で、準グランプリ(準優勝)になりました」
─就任2年目で12年ぶりにNDAへ出場し、準グランプリに輝きました。厳しい指導を課してこられたのですか。
「高橋 特にそうした覚えはありません。自らも競技経験があるので、演技中のつま先の伸びや足首の方向など細かい技術に留意した仕上げ的な要素の指導は行いますが、基本的には部員の自主性に任せた運営をしています」
「OGに外部コーチとして振付などの技術指導を行ってもらうこともありますが、部員たちが練習内容を決めて、練習の準備や片づけ、後輩への指導を行う伝統があります。毎年入部する部員の多くはダンス競技の未経験者ですが、歴代の顧問もこの競技の経験はありませんでした。そのため、大会参加の手続きや引率など、事務的なサポートを行い、部員たちの自治を基本に活動を進めてきた歴史があります」
─自主性に任せて成果を出す理想的な組織です。
「多くの部員は中学時、各校で成績上位だった生徒です。基本的に学力は高く、真面目で、品行方正も良いです。自主性は根付かせやすいです。ただ、注意しなければならないこともあります。それは真面目さゆえの危うさです]
「もともと、ダンスドリル部は野球部の応援や文化祭での発表など、校内で花形の部活動でしたが、03年の全米大会優勝後、さらに注目されるようになりました。すると次第に先輩が後輩に過剰な指導や礼儀作法を要求し、真面目な後輩がそれに従う歪んだ関係ができてしまっていたのです。先輩と後輩という関係の中で、礼儀や社会性、コミュニケーションが磨かれるのは良いのですが、過剰な指導を行う慣習ができてしまったのです」
─たとえばどんなことですか。
「決められた腕の形を一瞬で止めてつくる練習があります。簡単な動作ですが、長時間繰り返し行うのは大変です。経験が浅く、十分な筋肉がついておらず、身体ができあがっていない1年生にとってはさらに大変です。その練習を必要以上に長時間課し、腕が少しでも下がったときは強い言葉を浴びせることもありました。こうした様子を見た私は違和感を覚え、2年生を注意しました。すると、「私たちが1年生のときは乗り越えた」という答えが返ってきたのです」
「一生懸命さと上を目指す気持ちが強すぎ、行き過ぎた指導をしてしまうことがありました。しかし、過剰な指導を後輩に課すのは適切ではありません。こうしたことがエスカレートすると練習が苦痛になり、チームの雰囲気は悪くなります。だから、悪しき伝統は改めました。ダンスドリルはスキル以上に競技者の心が反映される競技です。チームのなかに1人でも競技を楽しくないと感じる選手がいれば、観客に響かず、審査員からの評価が得られません。そのことを話合いました」
─自主性に任せるのか管理するかの判断は難しいと思います。
「以前、大会が近づき、さまざまな練習を行わないといけない時期に「きわめ」という演技中の動作を確認する練習ばかりをしていたことがありました。貴重な練習時間を有効に使うために1種類の練習しかやらないのは効率が悪いです。ですが、指示を与えていると次第に考えなくなることが心配です。こうしたとき、指示を出すのではなく、問いかけによって、自ら気づくように指導者は導くべきだと思います」
「また、部活動の指導における難しさには、退部しようとする部員にどのように対応するかということもあります。過去に2年生への進級時に退部する意思を伝えに来た部員がいました。この時期は上級生になり、後輩を指導しながら自分も競技力を向上させないといけないことを辛く感じたり、受験を意識し、勉強に集中しないといけないのではないかという葛藤が生まれてくるのです。 こうしたときも基本的に本人の意思を尊重します。ただ、「心残りや誰かのためにがんばりたいと思う気持ちが少しでもあるなら、考えてみたら」と問いかけ、1週間与えます。そうすると1週間しないうちに退部の意思を撤回しに私のもとへ来ます」
「常に心がけていることは、「本当にこれで良いのか」と問いかけることです。指示を与えてしまうと、物わかりが良く、真面目な生徒ほど、従順に従い、考えなくなってしまうことがあります。問いを繰り返すと部員自身も理解が不十分なことに気がつきます。事あるたびに、それを繰り返し、考える習慣へとつなげることを心がけています」
─自分で考える習慣が競技力や経験の不足を補うということでしょうか。
「生徒を従わせるのではなく、考えさせて、自分の意見を言いやすい雰囲気や環境を指導者がつくることが組織運営の基本です。これがIMPISHの強さにつながっていると思っています。平凡なことかもしれませんが、部員の1人ひとりが心からダンスドリルを楽しんでいることも結果につながっている理由だと思っています」
「ダンスドリルの面白さは大技を繰り出したり、華やかさだけが評価されるのではなく、表現力や選手の表情、チームから醸し出されるパワーも得点の要素になります。日頃の考えて楽しみながら行っている活動が、大会の本番でも自然に発揮できているのかもしれません。雰囲気や一体感という感覚的なものが観客の胸を打ち、審査委員への好印象となることがあります。つまり最後まで何があるかわからないんです。社会での生活もそんな気がします。私自身もダンスが好きで、生徒もダンスを楽しんでいることが、乗り切るパワーの源になっているのだと思っています。どんなことがあっても、指導者の自分自身が最後の最後まで楽しむことを忘れないよう心がけています」
(聞き手、文=日刊工業新聞出版局・成島正倫)
頑張りながら楽しむことで思わぬエネルギーが発揮されることがあります。指導者も生徒も楽しむことでプラスのパワーが引き出され、良い成果につながっていくのだと思います。
〈略歴〉たかはし ゆう 神奈川県立厚木高等学校 ダンスドリル部顧問>
チア・ポジティブ・ボランティアの競技精神を遵守
─ダンスドリルとはどんな競技ですか。。
「アメリカンフットボールやバスケットボールなどのハーフタイム、スポーツイベントの開閉会式で披露されるアメリカ発祥のダンスで、応援や応援指導を行うことです。解釈はいろいろありますが、繰り返し練習し、統率されたダンスの総称です。学校によって、チアリーディング部やチアダンス部、ダンスドリル部などと名乗っていますが、人を励ますチアスピリット、いつでも前向きで明るく元気に積極的にいることを心がけるポジティブスピリット、奉仕や助け合いの気持ちであるボランティアスピリットが競技の基本思想です。精神や理念が大切な競技です。IMPISH」もこの3つの精神を忘れず、1年生12人、2年生8人で活動しています。
─IMPISHはテレビドラマのモデルになったことがあるようですね。。
「06年に放送されたドラマ「ダンドリ。〜Dance☆Drill〜」のモデルになりました。私はIMPISHのOGで、1つ下の学年がモデルです。03年に1、2年生が国内の大会で優勝し、競技の統括団体から04年のNDA全米チアダンス選手権大会への出場を推薦されました。初出場のNDAでもグランプリ(優勝)を獲得し、校外からも注目されるようになりました」
「IMPISHは伝統として、部員は3年生への進級時に引退します。つまり1、2年生だけのチームです。部内選考も行わず、全員が大会に選手として出場します。ほかの高校生チームは3年生を含めた部内選考によって選出されたメンバーが出場することが多いです。他チームと比較して、さまざまな条件があることが特徴です。私は15年の厚木高校赴任と同時にダンスドリル部の顧問になりました。そうした中、16年11月開催の全日本チアダンス選手権大会のCheer Dance部門高校生編成で準優勝して17年3月開催のNDAへの出場推薦をいただきました。05年以来の出場で、準グランプリ(準優勝)になりました」
─就任2年目で12年ぶりにNDAへ出場し、準グランプリに輝きました。厳しい指導を課してこられたのですか。
「高橋 特にそうした覚えはありません。自らも競技経験があるので、演技中のつま先の伸びや足首の方向など細かい技術に留意した仕上げ的な要素の指導は行いますが、基本的には部員の自主性に任せた運営をしています」
「OGに外部コーチとして振付などの技術指導を行ってもらうこともありますが、部員たちが練習内容を決めて、練習の準備や片づけ、後輩への指導を行う伝統があります。毎年入部する部員の多くはダンス競技の未経験者ですが、歴代の顧問もこの競技の経験はありませんでした。そのため、大会参加の手続きや引率など、事務的なサポートを行い、部員たちの自治を基本に活動を進めてきた歴史があります」
悪しき伝統は改める
─自主性に任せて成果を出す理想的な組織です。
「多くの部員は中学時、各校で成績上位だった生徒です。基本的に学力は高く、真面目で、品行方正も良いです。自主性は根付かせやすいです。ただ、注意しなければならないこともあります。それは真面目さゆえの危うさです]
「もともと、ダンスドリル部は野球部の応援や文化祭での発表など、校内で花形の部活動でしたが、03年の全米大会優勝後、さらに注目されるようになりました。すると次第に先輩が後輩に過剰な指導や礼儀作法を要求し、真面目な後輩がそれに従う歪んだ関係ができてしまっていたのです。先輩と後輩という関係の中で、礼儀や社会性、コミュニケーションが磨かれるのは良いのですが、過剰な指導を行う慣習ができてしまったのです」
─たとえばどんなことですか。
「決められた腕の形を一瞬で止めてつくる練習があります。簡単な動作ですが、長時間繰り返し行うのは大変です。経験が浅く、十分な筋肉がついておらず、身体ができあがっていない1年生にとってはさらに大変です。その練習を必要以上に長時間課し、腕が少しでも下がったときは強い言葉を浴びせることもありました。こうした様子を見た私は違和感を覚え、2年生を注意しました。すると、「私たちが1年生のときは乗り越えた」という答えが返ってきたのです」
「一生懸命さと上を目指す気持ちが強すぎ、行き過ぎた指導をしてしまうことがありました。しかし、過剰な指導を後輩に課すのは適切ではありません。こうしたことがエスカレートすると練習が苦痛になり、チームの雰囲気は悪くなります。だから、悪しき伝統は改めました。ダンスドリルはスキル以上に競技者の心が反映される競技です。チームのなかに1人でも競技を楽しくないと感じる選手がいれば、観客に響かず、審査員からの評価が得られません。そのことを話合いました」
部員が意見を言いやすい環境を整える
─自主性に任せるのか管理するかの判断は難しいと思います。
「以前、大会が近づき、さまざまな練習を行わないといけない時期に「きわめ」という演技中の動作を確認する練習ばかりをしていたことがありました。貴重な練習時間を有効に使うために1種類の練習しかやらないのは効率が悪いです。ですが、指示を与えていると次第に考えなくなることが心配です。こうしたとき、指示を出すのではなく、問いかけによって、自ら気づくように指導者は導くべきだと思います」
「また、部活動の指導における難しさには、退部しようとする部員にどのように対応するかということもあります。過去に2年生への進級時に退部する意思を伝えに来た部員がいました。この時期は上級生になり、後輩を指導しながら自分も競技力を向上させないといけないことを辛く感じたり、受験を意識し、勉強に集中しないといけないのではないかという葛藤が生まれてくるのです。 こうしたときも基本的に本人の意思を尊重します。ただ、「心残りや誰かのためにがんばりたいと思う気持ちが少しでもあるなら、考えてみたら」と問いかけ、1週間与えます。そうすると1週間しないうちに退部の意思を撤回しに私のもとへ来ます」
「常に心がけていることは、「本当にこれで良いのか」と問いかけることです。指示を与えてしまうと、物わかりが良く、真面目な生徒ほど、従順に従い、考えなくなってしまうことがあります。問いを繰り返すと部員自身も理解が不十分なことに気がつきます。事あるたびに、それを繰り返し、考える習慣へとつなげることを心がけています」
─自分で考える習慣が競技力や経験の不足を補うということでしょうか。
「生徒を従わせるのではなく、考えさせて、自分の意見を言いやすい雰囲気や環境を指導者がつくることが組織運営の基本です。これがIMPISHの強さにつながっていると思っています。平凡なことかもしれませんが、部員の1人ひとりが心からダンスドリルを楽しんでいることも結果につながっている理由だと思っています」
「ダンスドリルの面白さは大技を繰り出したり、華やかさだけが評価されるのではなく、表現力や選手の表情、チームから醸し出されるパワーも得点の要素になります。日頃の考えて楽しみながら行っている活動が、大会の本番でも自然に発揮できているのかもしれません。雰囲気や一体感という感覚的なものが観客の胸を打ち、審査委員への好印象となることがあります。つまり最後まで何があるかわからないんです。社会での生活もそんな気がします。私自身もダンスが好きで、生徒もダンスを楽しんでいることが、乗り切るパワーの源になっているのだと思っています。どんなことがあっても、指導者の自分自身が最後の最後まで楽しむことを忘れないよう心がけています」
(聞き手、文=日刊工業新聞出版局・成島正倫)
〈私のコーチングの流儀〉
頑張りながら楽しむことで思わぬエネルギーが発揮されることがあります。指導者も生徒も楽しむことでプラスのパワーが引き出され、良い成果につながっていくのだと思います。
〈略歴〉たかはし ゆう 神奈川県立厚木高等学校 ダンスドリル部顧問>
日刊工業新聞「工場管理2017年11月号」」