大学のロボット研究者と「現場」の距離は縮まるか
現場課題の整理は99%が論文にならず
大学のロボット研究に実用志向が広がっている。大学の研究者が実用化の直前まで技術を開発し、一昔前なら研究と見なされない細かな現場特有の問題にも挑戦。現場で本当に使えるロボットが生まれてきた。課題はユーザーの注文が体系立てられていない点。大学の実用研究を育てるためにはレベルの高いユーザーが不可欠だ。先週に開催された国際ロボット展で大学の研究者を取材した。
介護や農業などロボットから縁遠い分野などでは、ロボットの開発者と現場のユーザーの間の溝は深い。ユーザーからは「大学の研究は現場では使えない」、開発者からは「現場も本当のニーズが見えていない」との声が挙がる。研究者が現場に通って実機を作って試しても、開発の参考になるような答えや反応が返ってこないこともある。うまくいった例は何が違うのか。
豊橋技術科学大学の三枝亮特任准教授は病院や介護施設のコンシェルジュロボット「ルチア」を新東工業などと共同開発する。まず1年をかけて現場の課題を徹底的に洗い出した。三枝准教授は「現場の方もロボットを使った日常作業を想像できない。試作機を現場に持ち込み、試して改良する。これを繰り返して真のニーズを発掘していった」と振り返る。
ルチアは患者や車いすに追従して施設を案内する。さらに通行人の脚を計測して高齢者のすり足歩行や、片まひ患者のぶん回し歩行、パーキンソン病患者などの小刻み歩行を識別できる。
消灯した夜の施設を巡回し、徘徊(はいかい)患者をステーションに知らせたり、倒れている人を見つけたりと、昼夜問わずに働く。「企業と大学、医療施設が連携して、開発と現場検証を高速に何度も試せたことが大きい」(三枝准教授)という。
イチゴ摘みロボットを開発する宇都宮大学の尾崎功一教授は「開発当初から農家に持ち込んだことが良かった」と振り返る。収穫ロボの4輪を2輪に減らし、プランター配置に合わせて小型に設計した。
軟らかい土の上を確実に走れるため、移動モジュールだけでも重量物搬送用に製品化してほしいと注文が集まった。大型農園では合計100キログラムの薬液を散布する。「厳しいクレームをたくさん浴びることで実用の姿が見えてくる」という。
ただユーザーの注文が的を射ているとは限らない。東北大学の田所諭教授は「現場の課題を聞いて技術を整理する。この仕事の99%は論文にならない」と指摘する。
実用研究は論文効率が低く、業績作りには向かない。他人の研究をモノマネで作る方が簡単だが、モノマネは現場で別の課題にぶつかり、結局使えない。
「現場と向き合うには信念が必要」(田所教授)という。田所教授らは索状ロボット「能動スコープカメラ」を開発。圧縮空気を噴射して頭を持ち上げ、噴出向きを変えて首を振る。地震などで倒壊した建屋などの調査範囲を格段に広げた。
水田除草ロボを開発する会津大学の成瀬継太郎教授は「研究者が場当たり的に現場課題を解くよりも、課題を体系化して共有した方が良い」と指摘する。
例えば農業ロボ分野ではシステムインテグレーターが事業として成立していない。現場の課題を整理すると研究者が協力し合う開発ロードマップになり、システムインテグレーターにはビジネスの指針になる。
現場の課題が明確な産業用ロボットでも、大学研究者が現場の課題を共有できない問題があった。ロボットハンドを開発する金沢大学の渡辺哲陽准教授は「産ロボの現場課題はビジネスに直結する。
企業からの技術相談は秘密保持契約(NDA)で他の研究者には話せない」という。現場の課題を共有すれば体系化できるが、NDAに阻まれていた。
経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する国際ロボット競演会「ワールド・ロボット・サミット」では競技を通じて現場課題を共有する。
精密ギアの組み立てを競技として技術開発を競う。渡辺准教授らは同競技向けに精密さと柔軟さを両立したチャックハンドを開発。クリアランスが0・1ミリメートル以下と、かみ合わせが厳しい精密組み立てを実現した。「世界の7チームが挑戦したが成功したのは我々だけだった」と胸を張る。
ユーザーは個々に課題を出すと企業秘密に触れるが、協力して体系化された課題リストができれば、大学研究者の力を最大限引き出すことができる。
(文=小寺貴之)
介護や農業などロボットから縁遠い分野などでは、ロボットの開発者と現場のユーザーの間の溝は深い。ユーザーからは「大学の研究は現場では使えない」、開発者からは「現場も本当のニーズが見えていない」との声が挙がる。研究者が現場に通って実機を作って試しても、開発の参考になるような答えや反応が返ってこないこともある。うまくいった例は何が違うのか。
「現場と向き合うには信念が必要」
豊橋技術科学大学の三枝亮特任准教授は病院や介護施設のコンシェルジュロボット「ルチア」を新東工業などと共同開発する。まず1年をかけて現場の課題を徹底的に洗い出した。三枝准教授は「現場の方もロボットを使った日常作業を想像できない。試作機を現場に持ち込み、試して改良する。これを繰り返して真のニーズを発掘していった」と振り返る。
ルチアは患者や車いすに追従して施設を案内する。さらに通行人の脚を計測して高齢者のすり足歩行や、片まひ患者のぶん回し歩行、パーキンソン病患者などの小刻み歩行を識別できる。
消灯した夜の施設を巡回し、徘徊(はいかい)患者をステーションに知らせたり、倒れている人を見つけたりと、昼夜問わずに働く。「企業と大学、医療施設が連携して、開発と現場検証を高速に何度も試せたことが大きい」(三枝准教授)という。
イチゴ摘みロボットを開発する宇都宮大学の尾崎功一教授は「開発当初から農家に持ち込んだことが良かった」と振り返る。収穫ロボの4輪を2輪に減らし、プランター配置に合わせて小型に設計した。
軟らかい土の上を確実に走れるため、移動モジュールだけでも重量物搬送用に製品化してほしいと注文が集まった。大型農園では合計100キログラムの薬液を散布する。「厳しいクレームをたくさん浴びることで実用の姿が見えてくる」という。
ただユーザーの注文が的を射ているとは限らない。東北大学の田所諭教授は「現場の課題を聞いて技術を整理する。この仕事の99%は論文にならない」と指摘する。
実用研究は論文効率が低く、業績作りには向かない。他人の研究をモノマネで作る方が簡単だが、モノマネは現場で別の課題にぶつかり、結局使えない。
「現場と向き合うには信念が必要」(田所教授)という。田所教授らは索状ロボット「能動スコープカメラ」を開発。圧縮空気を噴射して頭を持ち上げ、噴出向きを変えて首を振る。地震などで倒壊した建屋などの調査範囲を格段に広げた。
水田除草ロボを開発する会津大学の成瀬継太郎教授は「研究者が場当たり的に現場課題を解くよりも、課題を体系化して共有した方が良い」と指摘する。
例えば農業ロボ分野ではシステムインテグレーターが事業として成立していない。現場の課題を整理すると研究者が協力し合う開発ロードマップになり、システムインテグレーターにはビジネスの指針になる。
開発の壁「秘密保持契約」
現場の課題が明確な産業用ロボットでも、大学研究者が現場の課題を共有できない問題があった。ロボットハンドを開発する金沢大学の渡辺哲陽准教授は「産ロボの現場課題はビジネスに直結する。
企業からの技術相談は秘密保持契約(NDA)で他の研究者には話せない」という。現場の課題を共有すれば体系化できるが、NDAに阻まれていた。
経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する国際ロボット競演会「ワールド・ロボット・サミット」では競技を通じて現場課題を共有する。
精密ギアの組み立てを競技として技術開発を競う。渡辺准教授らは同競技向けに精密さと柔軟さを両立したチャックハンドを開発。クリアランスが0・1ミリメートル以下と、かみ合わせが厳しい精密組み立てを実現した。「世界の7チームが挑戦したが成功したのは我々だけだった」と胸を張る。
ユーザーは個々に課題を出すと企業秘密に触れるが、協力して体系化された課題リストができれば、大学研究者の力を最大限引き出すことができる。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年12月1日の記事を一部修正