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品質不正、「犯人捜しやノスタルジーには意味がない」

米倉誠一郎氏に聞く「むしろ日本の経営者は大局を捉えられているのか」
品質不正、「犯人捜しやノスタルジーには意味がない」

一橋大学特任教授の米倉誠一郎氏

 ー一連の品質不祥事をどう見ていますか。
 「これまで築いてきた資産と、これからを戦うための武器、その両方を自ら損なった。“日本品質”は他国が同じ水準に達するには膨大な時間とコストがかかる。まねこそできるが、甚大な努力が必要になる資産だった。データはIoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)技術で現場をカイゼンするための根底だ。データが改ざんされていたら、新技術を使おうと効くわけがない。過去と未来、両方の競争力を自ら棄却した」

 「いまでこそ現場を“エンパワーメント”というが、デミングが日本を称賛する前から、日本の現場は自らが改善の主体となり品質を作ってきた。米国では製造部門と検査部門が分断されていたが、日本は製造部門と検査部門が一体となってカイゼンしていった。品質は日本にとって重要な競争力だ。いかなるコストを払っても死守すべきだった。一度、信頼を失えば、それが泡と消える。中国や韓国メーカーに競争の余地を与えた。日本企業も現場はこの程度と思えば我々もやれる、日本品質を追い越せると思うだろう」

 ーIT化などで企業の組織構造が変化しています。階層的な“ピラミッド型”から、少数のトップの下に多数の従業員がフラットに並ぶ〝鍋ぶた型〟への組織改革への影響は。
 「ピラミッドのように組織の階層をいくつも積み上げ、再び多重のチェック機能を重ねれば不正防止には有効だろう。だが意思決定の速度が落ち、競争を戦えなくなる。この選択肢は選べない」

 「ITの進化で組織や現場の透明化が進んだ。鍋ぶた型組織のカギの一つが権限移譲だ。インダストリー4・0など、マスカスタマイゼーション(顧客ごとの特注仕様の大量生産)や変種変量生産は確実に進む。これまで賢い現場に裁量を与えて柔軟に対応してきた。この強みは日本の現場の誇りであり、おごりでもあったのだろう」

 「担当者が納入先の検査項目を把握し、それを鑑みてデータを書き換え、発覚を免れていた例は現場のレベルが高い証拠でもある。だが、ルールを破っては元も子もない。無駄なルール、規格は洗い出して直す必要がある。現場の裁量で違反すれば会社が倒れるリスクさえある」

 ー現場の強さは製造業だけの話ではありませんね。
 「『青年の船』のたとえ話がある。世界の若者が客船に乗って世界を回る話だ。船上規則に夜の10時以降は危険だから甲板にではいけないというルールがあった。だが若者にとって、夜のロマンスは醍醐味の一つ。日本人の若者は波や風、天候変化を確認して自身で安全を確保して甲板に出て行った。ルールの不備に自ら対応してルールを破ったのだ。対して海外の若者は船長にルールの修正を掛け合った。ルールの不合理性や安全性を訴えた」

 「契約社会で生きる人間にとっては当たり前で、不合理なルールでもルールを破ると罰せられることを知っている。破るよりルールを直すことを選ぶ。日本社会はあうんの呼吸が多く、現場が信頼され任されてきた。こうした例は多いのではないか。形骸化したルールや過剰品質の規格は破るのでなく、顧客と交渉して変えていくべきだ」

 「経営者はこれを機に自社の現場は大丈夫か声を聞くべきだろう。現場で解決できないのなら、経営として不合理なルールを変えやすい環境や顧客関係をつくるべきだ。現場にとっては自らを縛るルールを洗い出し、根本的に直す機会になる。日本の製造業全体にとっては、今回の品質不祥事から何を学べるか問われている」

 ーすでに形骸化したルールを抱える現場は少なくないと思います。フラットな組織に権限を与えつつ、過剰なルールで縛らない。このジレンマを抱えたままマスカスタマイゼーション(特注品の大量生産)などを進めると破綻しませんか。
 「今後はフラットな組織や変種変量生産の環境でいかにデータと信頼性を保証して品質を管理していくかが重要になる。インダストリー4・0など、変種変量生産は確実に進んでいく」

 「また製造業はすり合わせ技術の塊だ。社内だけでなく、事業者間でデータや技術の信頼性をいかに担保するか。製造時のプロセスデータ、検査データなどデータそのものは、記録を自動化すれば改ざんできなくなる。ただその解釈は自動化が難しい。また顧客ごとや環境変化に応じてサプライチェーン全体で対応する必要もある。日本の製造業にとって古くて新しい問題を突きつけられた。良い学びの機会になるだろう」

 ー経営者像も問われました。以前、日本の社長は〝工場長〟と皮肉られましたが、今回は現場と経営の距離を問題視されました。
 「経営に対して、『いまの社長は現場に来ないから。現場を知らないから』とノスタルジーに浸ってはいけない。世界中でゲームチェンジがあちこちで起きている中で、大局を見誤れば将来はない。経営者が現場に説得されてしまい『現場にいくと目が曇る』という言葉もある。経営と現場がきちんとコミュニケーションできているかが問題だ。大局を見る最高経営責任者(CEO)と現場を見る最高執行責任者(COO)が分担し協力すべきだ。必要ならば最高品質責任者(CQO)や最高製造責任者(CMO)を置けばいい」

 「経営者を現場軽視、コストカッターと批判する声もあるが、属人的な問題ではない。今回の不祥事は、犯人捜しやノスタルジーには意味がない。むしろ日本の経営者は大局をきちんと捉えられているのか疑問だ。品質不祥事で、日本企業は経営と現場、その両方が揺らいでいる。『日本の製造業は、どこに向かうのか、いまのままで行けるのか』と正面から問われている」
(聞き手=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年12月1日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
一連の品質不祥事は形骸化したルールや規格を洗い出す機会になる。そして品質管理を次のステージに移すチャンスだ。賢い現場に依存してきたジャスト・イン・タイム方式のサプライチェーンに、データに基づく品質保証が加わると、歩留まり管理と在庫調整以上の価値を生み出すようになる。産業界はこの不祥事を学習機会にできるだろうか。

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