トヨタのギル・プラット、「ロボティクス・フォー・ハピネス」を語る
三つの共感で日本が世界をけん引できる
三つの共感について話したい。一つ目はロボット間の共感。次にロボットと人間の間の共感。三つ目はロボット研究者への共感だ。
30億年の生命の進化を振り返ると5億4000万年前にカンブリア爆発が起き、生物の形が大きく変わった。これは「目」が誕生したためだと考えられている。お互いを見られるようになり、食べ物を探し、捕食者から身を守れるようになった。視覚によって動物の進化が加速した。
まさに同じことがロボットの世界でも起きている。ディープラーニング(深層学習)のおかげでロボットは世界を見て認識できるようになった。そして音や声を聞いて理解できるようになった。これは非常に大きな変革だ。
次にホモサピエンスは7万年前にコミュニケーションを獲得し、抽象的な意味や対話を通じて社会を構築した。小さな動物の集まりが、何万、何百万という社会としてつながった。この進化はまだロボットでは起きていないが、まさに起きようとしている。
それがクラウドロボティクスだ。ロボットの頭脳はどこに存在するべきか考えてほしい。膨大なデータ量、グローバルな通信環境、そしてまだまだ小さい電池容量。これらを考えるとロボットの頭脳はロボットの中ではなく、クラウドに置くべきだ。
すべてのロボットが、お互いの体験から学ぶことができる。これはホモサピエンスがコミュニケーションで社会を構築し、協業できるようになったことと同じだ。あるロボットが新しいことを学んだら、その体験をほかのロボットと共有する。このインパクトは大きい。
人間は同時に何人の話を聞けるだろうか。私は1人。みなさんは2人ならどうにか聞けたとしても、3人は無理だろう。コンピューターはどうか。恐らく100万以上の情報を同時にやりとりできる。そして経験を共有する。
そのためには機械学習を追究して、「思考」を実現させたい。これは非常にエキサイティングな研究だ。何百万というコンピューターが協調する分散型の学習技術や、膨大な情報から不要な情報を捨てる技術も重要になる。
次はロボットと人間の間の共感について「不気味の谷」という現象を挙げたい。ロボットを人間に似せていくと、ゾンビや機械人間のような不気味さを感じるようになる。この不気味の谷を越えると本当に人間のようなロボットができる。
一方、DARPA(米国防高等研究計画局)の競技会「ロボティクスチャレンジ(DRC)」では観客がロボットの一挙一動に沸いた。ロボットが転ぶと悲鳴が上がり、ロボットが階段を上ってゴールすると、月面に着陸したかのうように喜んでくれた。この力で不気味の谷を越えられる。
最後に、ロボット研究者とロボット競技における人間同士の共感について触れたい。DRCは2011年の東日本大震災を受けて競技会をデザインした。災害に強い社会をつくることが最重要テーマだった。そして産業に刺激を与えて、競技会を触媒とするかを考えた。
まず放射能災害では人間が防護服を着て現場に駆け付けることが難しい。そのため人間が遠隔地からロボットを操作して現場に投入することになる。そこでDRCでは通信が確保できず寸断される場面を設定した。最小限の通信量の指令でロボットを動かす技術と、限られた情報からロボットの状況を予測する技術を参加チームに求めた。
日常生活に例えると、店にいるのに携帯がうまくつながらない状況を考えてほしい。妻に買い物を頼まれたが、それが何かわからない。
そこで妻の欲しそうなものを考える。この予測ができるのは私の脳に妻の予測モデルがあるためだ。ロボットも同様で、通信が悪くても予測で対処する技術開発を促し各チームはそれらを実現した。
そして最も大きい成果が人材だ。世界から人材が集まり、運営ボランティアは300人以上、参加メンバーは500人以上で、1万人以上の観客が来てくれた。
開発を競ったメンバーたちはその後、ベンチャーをいくつも起業し、成功している。WRSによってロボティクス分野は大きく変わるだろう。特に日本は高齢化社会に向けて、世界をロボットAIで先導していってくれるだろう。テクノロジーをリードする素晴らしい人材を輩出できるだろう。
Gill A. Pratt(ギル・プラット)
米トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の最高経営責任者(CEO)として自動運転技術の研究を指揮。
1961年米国生まれ。
マサチューセッツ工科大学(MIT)で電気工学・コンピューターサイエンスの博士号を取得後、MITとオーリンカレッジにて、准教授、教授として教鞭をとる。
1983年~2005年、3つのベンチャー企業を立ち上げるとともに、オーリンカレッジの設立に携わる。
2010年~2015年、DARPA*1のプログラム・マネージャーとして、ロボットなどの複数のプログラムを指揮する。その内の一つが、DARPA Robotics Challenge。Robotics Challengeを通じて、「人と協調するロボット技術」の世界を切り拓き、ロボット・人工知能研究において世界の研究者から注目されている。>
30億年の生命の進化を振り返ると5億4000万年前にカンブリア爆発が起き、生物の形が大きく変わった。これは「目」が誕生したためだと考えられている。お互いを見られるようになり、食べ物を探し、捕食者から身を守れるようになった。視覚によって動物の進化が加速した。
まさに同じことがロボットの世界でも起きている。ディープラーニング(深層学習)のおかげでロボットは世界を見て認識できるようになった。そして音や声を聞いて理解できるようになった。これは非常に大きな変革だ。
次にホモサピエンスは7万年前にコミュニケーションを獲得し、抽象的な意味や対話を通じて社会を構築した。小さな動物の集まりが、何万、何百万という社会としてつながった。この進化はまだロボットでは起きていないが、まさに起きようとしている。
それがクラウドロボティクスだ。ロボットの頭脳はどこに存在するべきか考えてほしい。膨大なデータ量、グローバルな通信環境、そしてまだまだ小さい電池容量。これらを考えるとロボットの頭脳はロボットの中ではなく、クラウドに置くべきだ。
すべてのロボットが、お互いの体験から学ぶことができる。これはホモサピエンスがコミュニケーションで社会を構築し、協業できるようになったことと同じだ。あるロボットが新しいことを学んだら、その体験をほかのロボットと共有する。このインパクトは大きい。
人間は同時に何人の話を聞けるだろうか。私は1人。みなさんは2人ならどうにか聞けたとしても、3人は無理だろう。コンピューターはどうか。恐らく100万以上の情報を同時にやりとりできる。そして経験を共有する。
そのためには機械学習を追究して、「思考」を実現させたい。これは非常にエキサイティングな研究だ。何百万というコンピューターが協調する分散型の学習技術や、膨大な情報から不要な情報を捨てる技術も重要になる。
次はロボットと人間の間の共感について「不気味の谷」という現象を挙げたい。ロボットを人間に似せていくと、ゾンビや機械人間のような不気味さを感じるようになる。この不気味の谷を越えると本当に人間のようなロボットができる。
一方、DARPA(米国防高等研究計画局)の競技会「ロボティクスチャレンジ(DRC)」では観客がロボットの一挙一動に沸いた。ロボットが転ぶと悲鳴が上がり、ロボットが階段を上ってゴールすると、月面に着陸したかのうように喜んでくれた。この力で不気味の谷を越えられる。
最後に、ロボット研究者とロボット競技における人間同士の共感について触れたい。DRCは2011年の東日本大震災を受けて競技会をデザインした。災害に強い社会をつくることが最重要テーマだった。そして産業に刺激を与えて、競技会を触媒とするかを考えた。
まず放射能災害では人間が防護服を着て現場に駆け付けることが難しい。そのため人間が遠隔地からロボットを操作して現場に投入することになる。そこでDRCでは通信が確保できず寸断される場面を設定した。最小限の通信量の指令でロボットを動かす技術と、限られた情報からロボットの状況を予測する技術を参加チームに求めた。
日常生活に例えると、店にいるのに携帯がうまくつながらない状況を考えてほしい。妻に買い物を頼まれたが、それが何かわからない。
そこで妻の欲しそうなものを考える。この予測ができるのは私の脳に妻の予測モデルがあるためだ。ロボットも同様で、通信が悪くても予測で対処する技術開発を促し各チームはそれらを実現した。
そして最も大きい成果が人材だ。世界から人材が集まり、運営ボランティアは300人以上、参加メンバーは500人以上で、1万人以上の観客が来てくれた。
開発を競ったメンバーたちはその後、ベンチャーをいくつも起業し、成功している。WRSによってロボティクス分野は大きく変わるだろう。特に日本は高齢化社会に向けて、世界をロボットAIで先導していってくれるだろう。テクノロジーをリードする素晴らしい人材を輩出できるだろう。
米トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の最高経営責任者(CEO)として自動運転技術の研究を指揮。
1961年米国生まれ。
マサチューセッツ工科大学(MIT)で電気工学・コンピューターサイエンスの博士号を取得後、MITとオーリンカレッジにて、准教授、教授として教鞭をとる。
1983年~2005年、3つのベンチャー企業を立ち上げるとともに、オーリンカレッジの設立に携わる。
2010年~2015年、DARPA*1のプログラム・マネージャーとして、ロボットなどの複数のプログラムを指揮する。その内の一つが、DARPA Robotics Challenge。Robotics Challengeを通じて、「人と協調するロボット技術」の世界を切り拓き、ロボット・人工知能研究において世界の研究者から注目されている。>
日刊工業新聞電子版2017年10月10日