METI
ゆるキャラ、バズ動画、工場誘致…間違いだらけの地方活性化
文=日南市マーケティング専門官・田鹿倫基
東京一極集中をどう是正するか、移住者をどう増やすかなど、地方創生にまつわる議論や取り組みが盛り上がっている。政府は従来のような「日本全国一律に支援します」というスタンスから、「頑張る市町村を集中的にサポートします」というスタンスに大きく方針転換しつつある。 しかし、地域の問題が解決されるどころか、どんどん問題が悪化し泥沼にはまっている市町村もある。 なぜ、「残念な地方創生」が起こってしまうのか。
まずは「問題」と「課題」の混同だ。問題を解決するためには大きく3つのサイクルがある。(1)解決すべき問題の決定、(2)問題解決のための適切な課題の設定、(3)設定された課題を正確に実行するー。
問題とは「理想の姿と現実の姿のギャップ」のことをいい、課題は「そのギャップを埋めるために取り組むタスク」のことをいう。問題と課題の定義についてビジネスの場では当たり前のように区別されているが、こと地域活性化や地方創生の分野になると急に曖昧になってしまう。
地域の問題を解決するための3つのサイクルにおいて、官(行政)、民(企業)、政(政治家)の役割分担がとても重要なのだ。(1)の解決すべき問題の決定をするのは政治家(主に首長)だ。極論を言えば政治家はそのために住民から投票というカタチで選ばれている。どの問題を解決するのか、それをやってくれるリーダーを選ぶのが首長選挙である。
次に(2)の問題解決のための適切な課題の設定は民間が得意とする領域だ。理想と現実を的確に把握し、その差を埋めるための課題をロジカルに設定する力は民間企業の商品・サービス改善で培われている。
そして最後の(3)の設定された課題を正確に実行することに関しては官(行政)が最も得意とする領域だろう。そもそも行政は一定の試験に合格している人たちの集団。与えられた課題(タスク)を正確に時間内に処理する力の高い人たちの集まりのはず。 一方で自ら課題を設定する機会は多くない。
自治体の施策といえば、同じようなイベントをやったり、ゆるキャラを作ったり、動画を作ったり…。果たしてそれが地域の問題解決につながるのか疑問なのに実施しているのは、適切な課題の設定が苦手な意思決定組織だからともいえる。
例えば、移住促進PR動画を公開したところ瞬く間に話題になり、再生回数が100万回を超え、全国放送でも何回も取り上げられた自治体がある。では、その後、移住者の数に変化はあったのか?統計を見る限りは、動画を公開する前よりもその自治体への転入者は減少している。
作られた動画のクオリティーはとても高く、面白い仕掛けもされていて、つい何度も見てしまう。動画の再生回数を増やす、という観点からすると大成功だった。
ただ、これはあくまで動画のできが素晴らしかっただけであり、移住者を増やすために設定した課題が移住PR動画をバズらせる、ということにすり替わってしまっている。
戦後から長い間、 地方公務員は国の各省庁からスキームと補助金がセットになったメニューを出され、そこから自分たちが取り組みたい課題を決めて導入すればよかった。それを民間事業者に発注しておけば地域経済は回っていた。人口も増加していたので筋の悪い課題を設定していても、自然と問題が解決されていた。
しかし、日本は世界でもまれに見るスピードで高齢化が進み、人口の急激な減少が見込まれ、もはや日本が参考にできる国がなくなった。国もこれまでのように成功国の事例を補助金メニューにカスタマイズして、全国の市町村に導入するだけではダメだということを悟った。当然、市町村側のマインドも変わらなければならない。
「問題」と「課題」の混同と同様に、自治体が陥りやすい残念な地方創生は、「目的」と「目標」が乖離してしまうケースだ。目標というのは「標(しるべ)」と書くようにどこか行きたい場所があり、そこに向かうために参考にする案内板のようなもの。
実際の案内板にも◯◯まであと5kmと書いてあるように、目標は数値化もしくは言語化されている。一方、目的は「的(まと)」と書くように到達したい、もしくは到達すべき場所、状態のこと指し、必ず数値化・言語化できるとは限らない。
人口問題にあてはめてみよう。人口減少を少しでも緩和することを目的にすると、「毎年500人が減っていれば、それを300人に抑えて、30年後に人口◯万人の維持を目指す」となってしまう。施策の中に目標数値を入れること自体はよいが、この目標が「人口の絶対数」で正しいのかを冷静に考える必要がある。
日本の人口は2008年の1億2800万人を頂点に減少局面に入り 、このままいけば2041年に1億人の大台を下回ってしまうと言われている。1億人といえば1966年の頃だ。
「1966年のころは1億人でもすっごく賑わいがあったよ!」と昔を思い出して言う人もいるが、1966年の日本の平均年齢は29歳。
生産年齢人口がどんどん増えるときの1億人と、高齢者人口がどんどん増えるときの1億人は全く違う1億人なのだ。人口の絶対数ではなく、人口構成を見なければ、問題の重大さや、その問題解決のための課題設定はできない。
当たり前の話だが、生まれたての赤ちゃん、働き盛りのビジネスパーソンと100歳のおばあちゃんは同じ人口1人でも、その役割や必要な社会的援助は全然違う。そのような幅広い年齢の人を「一人」とカウントし、目標に設定することは間違った標になりかねない。
地方創生の文脈において「人口減少が問題だ」と指摘されるが、厳密に言うと、人口減少自体が問題なのではない。地域にとっての本当の問題はその地域の持続可能性が損なわれ、地域が消滅してしまうことである。それを防ぐために地域の持続可能性を高めることが大事なのだ。
それを踏まえて地方にとっての目的は何かというと、「地域に根ざす伝統や文化、産業、経済などを次世代(=若者)につなぎ、進化させ、地域の持続可能性を高める」ということになる。
では、地域の持続可能性を高めるためには何を標としなければならないのか。それは「地域の人口構成をドラム缶状に整える」ことだ。
その地域の適切な人口は、面積や産業、交通事情、周辺の地域との兼ね合いなどで変わる。しかし、どんな地域においても、人口構造が歪(いびつ)であれば、その地域の持続可能性は損なわれていく。
多くの若者が都会に出てしまって帰ってこなければ、そのうちその地域から出産適齢期の女性がいなくなり、子供が生まれなくなる。
逆に子供がたくさん生まれ、若い人がどんどん増えてくれば(昔の日本がそうであったように)働き口が不足してしまう。地方で廃校が増える問題も、都会で待機児童が出る問題も人口減少自体が原因なのではなく、「人口構造が歪なること」で発生している。
地域の人口構成が各世代同じ人数になっていれば(歪がなくドラム缶状になっていれば)、あたらしく幼稚園を作る必要もなく、介護施設を作る必要もなく、今あるインフラを維持修繕してだけで財政負担も少なくなる。
つまり、地方創生における地方側の目標は人口の絶対数に置くのではなく、世代間人口の歪みの是正に置くべきで、各年齢層の歪みを何%以内にする、といった数値を目標にしなければならない。
また、目標は目的との最短距離上に設定することを心がけないといけない。そうでなければ、目標は達成しているけれど、どんどん目的から離れていく、といった疲労感しか残らない残念な状況に追い込まれる可能性があるからだ。
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「問題」と「課題」の混同
まずは「問題」と「課題」の混同だ。問題を解決するためには大きく3つのサイクルがある。(1)解決すべき問題の決定、(2)問題解決のための適切な課題の設定、(3)設定された課題を正確に実行するー。
問題とは「理想の姿と現実の姿のギャップ」のことをいい、課題は「そのギャップを埋めるために取り組むタスク」のことをいう。問題と課題の定義についてビジネスの場では当たり前のように区別されているが、こと地域活性化や地方創生の分野になると急に曖昧になってしまう。
地域の問題を解決するための3つのサイクルにおいて、官(行政)、民(企業)、政(政治家)の役割分担がとても重要なのだ。(1)の解決すべき問題の決定をするのは政治家(主に首長)だ。極論を言えば政治家はそのために住民から投票というカタチで選ばれている。どの問題を解決するのか、それをやってくれるリーダーを選ぶのが首長選挙である。
課題の設定は民間が得意
次に(2)の問題解決のための適切な課題の設定は民間が得意とする領域だ。理想と現実を的確に把握し、その差を埋めるための課題をロジカルに設定する力は民間企業の商品・サービス改善で培われている。
そして最後の(3)の設定された課題を正確に実行することに関しては官(行政)が最も得意とする領域だろう。そもそも行政は一定の試験に合格している人たちの集団。与えられた課題(タスク)を正確に時間内に処理する力の高い人たちの集まりのはず。 一方で自ら課題を設定する機会は多くない。
自治体の施策といえば、同じようなイベントをやったり、ゆるキャラを作ったり、動画を作ったり…。果たしてそれが地域の問題解決につながるのか疑問なのに実施しているのは、適切な課題の設定が苦手な意思決定組織だからともいえる。
例えば、移住促進PR動画を公開したところ瞬く間に話題になり、再生回数が100万回を超え、全国放送でも何回も取り上げられた自治体がある。では、その後、移住者の数に変化はあったのか?統計を見る限りは、動画を公開する前よりもその自治体への転入者は減少している。
作られた動画のクオリティーはとても高く、面白い仕掛けもされていて、つい何度も見てしまう。動画の再生回数を増やす、という観点からすると大成功だった。
ただ、これはあくまで動画のできが素晴らしかっただけであり、移住者を増やすために設定した課題が移住PR動画をバズらせる、ということにすり替わってしまっている。
戦後から長い間、 地方公務員は国の各省庁からスキームと補助金がセットになったメニューを出され、そこから自分たちが取り組みたい課題を決めて導入すればよかった。それを民間事業者に発注しておけば地域経済は回っていた。人口も増加していたので筋の悪い課題を設定していても、自然と問題が解決されていた。
しかし、日本は世界でもまれに見るスピードで高齢化が進み、人口の急激な減少が見込まれ、もはや日本が参考にできる国がなくなった。国もこれまでのように成功国の事例を補助金メニューにカスタマイズして、全国の市町村に導入するだけではダメだということを悟った。当然、市町村側のマインドも変わらなければならない。
「目的」と「目標」の乖離
「問題」と「課題」の混同と同様に、自治体が陥りやすい残念な地方創生は、「目的」と「目標」が乖離してしまうケースだ。目標というのは「標(しるべ)」と書くようにどこか行きたい場所があり、そこに向かうために参考にする案内板のようなもの。
実際の案内板にも◯◯まであと5kmと書いてあるように、目標は数値化もしくは言語化されている。一方、目的は「的(まと)」と書くように到達したい、もしくは到達すべき場所、状態のこと指し、必ず数値化・言語化できるとは限らない。
人口問題にあてはめてみよう。人口減少を少しでも緩和することを目的にすると、「毎年500人が減っていれば、それを300人に抑えて、30年後に人口◯万人の維持を目指す」となってしまう。施策の中に目標数値を入れること自体はよいが、この目標が「人口の絶対数」で正しいのかを冷静に考える必要がある。
日本の人口は2008年の1億2800万人を頂点に減少局面に入り 、このままいけば2041年に1億人の大台を下回ってしまうと言われている。1億人といえば1966年の頃だ。
人口問題の本質
「1966年のころは1億人でもすっごく賑わいがあったよ!」と昔を思い出して言う人もいるが、1966年の日本の平均年齢は29歳。
生産年齢人口がどんどん増えるときの1億人と、高齢者人口がどんどん増えるときの1億人は全く違う1億人なのだ。人口の絶対数ではなく、人口構成を見なければ、問題の重大さや、その問題解決のための課題設定はできない。
当たり前の話だが、生まれたての赤ちゃん、働き盛りのビジネスパーソンと100歳のおばあちゃんは同じ人口1人でも、その役割や必要な社会的援助は全然違う。そのような幅広い年齢の人を「一人」とカウントし、目標に設定することは間違った標になりかねない。
地方創生の文脈において「人口減少が問題だ」と指摘されるが、厳密に言うと、人口減少自体が問題なのではない。地域にとっての本当の問題はその地域の持続可能性が損なわれ、地域が消滅してしまうことである。それを防ぐために地域の持続可能性を高めることが大事なのだ。
持続可能性を保つ
それを踏まえて地方にとっての目的は何かというと、「地域に根ざす伝統や文化、産業、経済などを次世代(=若者)につなぎ、進化させ、地域の持続可能性を高める」ということになる。
では、地域の持続可能性を高めるためには何を標としなければならないのか。それは「地域の人口構成をドラム缶状に整える」ことだ。
その地域の適切な人口は、面積や産業、交通事情、周辺の地域との兼ね合いなどで変わる。しかし、どんな地域においても、人口構造が歪(いびつ)であれば、その地域の持続可能性は損なわれていく。
多くの若者が都会に出てしまって帰ってこなければ、そのうちその地域から出産適齢期の女性がいなくなり、子供が生まれなくなる。
逆に子供がたくさん生まれ、若い人がどんどん増えてくれば(昔の日本がそうであったように)働き口が不足してしまう。地方で廃校が増える問題も、都会で待機児童が出る問題も人口減少自体が原因なのではなく、「人口構造が歪なること」で発生している。
世代間の歪みを是正
地域の人口構成が各世代同じ人数になっていれば(歪がなくドラム缶状になっていれば)、あたらしく幼稚園を作る必要もなく、介護施設を作る必要もなく、今あるインフラを維持修繕してだけで財政負担も少なくなる。
つまり、地方創生における地方側の目標は人口の絶対数に置くのではなく、世代間人口の歪みの是正に置くべきで、各年齢層の歪みを何%以内にする、といった数値を目標にしなければならない。
また、目標は目的との最短距離上に設定することを心がけないといけない。そうでなければ、目標は達成しているけれど、どんどん目的から離れていく、といった疲労感しか残らない残念な状況に追い込まれる可能性があるからだ。
<次のページ、観光客も工場誘致も逆効果?>