ニュースイッチ

仏壇屋さん発、木も布も使わず「漆だけ」で作った薄くて軽い酒器

武藤仏壇漆工
仏壇屋さん発、木も布も使わず「漆だけ」で作った薄くて軽い酒器

漆100%の酒器「thin」

 愛知県の伝統工芸「名古屋仏壇」。江戸時代初期からの伝統に清新な風を送るのが、武藤仏壇漆工(愛知県弥富市、0567・65・2818)の武藤久由さんだ。木などの素地を使わず、漆のみでできた酒器「thin(シン)」を製造する。

 「漆は、木や布に塗るもの」―この概念を覆したのが「thin」だ。飲み口の厚さは約1ミリメートルで、重さは最大で約35グラム。独特の形は、つぶすなどした紙コップの内側に約1カ月半かけて漆を20回ほど塗り重ね、乾燥させた後に型から外すことで完成する。「漆は液体なので造形が自由。角の鋭さや表面の質感も、巧みに表現できる」と語る。

 「『うるし』という言葉は誰もが知っている。しかし漆器を実際に持っている人は少ない、これからもさらに減っていくのではないか」と危機感を持っていた10年ほど前、子どもが食べていたゼリーのカップに着想を得た。「プラスチックには漆が密着しない。この性質を逆手に取れば、漆だけの器が作れるかもしれない」と試行錯誤を重ねた。「もともと理系の出身。実験が好きで、調べたり試したりを何度も繰り返した。漆は今も興味本位で触っている」と笑う。
 
 その後、切子の作家と連携した、漆の中にガラス片などの異素材を組み込んだ作品も完成。異素材を漆の中に組み込んで造形物を作る技術と、剥離しやすい材質の型に漆を塗り重ねて剥離させる技術は、現在特許を申請している。

 販売はインターネットのみ。しかし、「画面から見るだけでなく、実際に手に触れて試してみてほしい」という考えのもと、都内への進出も検討する。

 「thin」という名前には、英語の「薄い」という意味のほかに、「芯」まで漆だ、「心」ゆくまで楽しんでほしい、「新」しいタイプの漆器、という意味も込めた。既存の概念にとらわれない作品で、漆器への興味を引き出すことを目指す。「生活の中により取り入れたくなるモノを、漆で作っていきたい」と、武藤さんは意欲を燃やす。
「thin」を持ち、ほほえむ武藤さん

【メモ】名古屋仏壇は、1695年(元禄8年)に高木仁右衛門が仏壇専門店「ひろや」を創業したことが始まりとされる。豪華な装飾や、水害を想定したとされる土台の高さなどが特徴。「荘厳」「彫刻」などの「八職」と呼ばれる専門の職人が連携して製品を完成させる分業制をとり、その中で武藤仏壇漆工は仏壇の木材に漆を塗る「塗師」の役を担う。

日刊工業新聞では毎週金曜日に「プレミアムクラフト」を連載中。日本各地に225品目ある伝統的工芸品。高くて日常で使えないイメージがあるが、実際に使ってみると、磨き抜かれた実用性の高さに驚く。海外出張するビジネスマンや訪日外国人の手土産としても改めて注目を集めている。デザイナーと連携した新ブランドの設立など、現代の多様な消費者ニーズに合った新たな動きも出てきた。
日刊工業新聞2017年7月7日
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
この酒器はテレビ番組でも取り上げられたそう。漆器は晴れの時用というイメージがありましたが、ぜひ日常でも取り入れてみたいです。

編集部のおすすめ